情報
「昨日は、遅くなったから…眠い」
赤星麗菜は、大欠伸をした後、窓際の席から外を眺めていた。
先程の騒動は、冷静に見守っていた。
「お前は、あまり動くなよ。やつらに悟られてはいけない」
「わかってますよ」
頭の中に響くような声に、麗菜は頷いた。
「お前の力は、やつらにとっての切り札になる」
「はい」
麗菜は頷くと同時に、授業の終了を告げるチャイムが校内に響いた。
おもむろに席を立つと、目の前に生徒がいた。
「さっきは、大変だったね」
気さくに声をかけてきたのは、速水和恵だった。
「え!ああ…そうね」
作り笑いで頷いた麗菜に、和恵は微笑み、
「でも、大丈夫だから。あんな騒ぎで、この学校を嫌いにならないでね」
それだけ言うと、麗菜から離れた。
「いい子じゃないか」
頭に響く声に、麗菜は頷いき、
「はい」
他のクラスメイトへ駆け寄る和恵の後ろ姿を見送った。
そんな麗菜の視線には入らなかったが、和恵の向こう…窓を挟んで廊下を、輝が歩いていた。
「異世界ねえ〜」
周りを見回しても、学生しかいない。
それは、ブルーワルードの大月学園でも変わらなかった。
だけど、授業内容が違った。
魔物に関する情報や戦い方の授業がなかった。
「危機管理がないな。あっという間に蹂躙されるぞ」
ブルーワルードにいたときは、緊張感が足りないと言われていた輝であるが、平和ボケした空間も居心地が悪かった。
(それについさっき…あんな騒動があったのに…)
輝の鼻は、犬神を宿しているからか…人間の発する…所謂分泌物をかぎ分けることができた。
(あまり恐れていない。誰かが助けてくれると、安心しているからか)
輝は、足を止めた。
前から歩いてくる人物に、気付いたからだ。
「うん?」
突然足を止めた輝に気付き、里奈は首を傾げた。
(乙女レッド…結城里奈)
輝は、里奈をまじまじと見つめた。
(クッ!)
輝は顔をしかめた。
(そっくりじゃないか)
ブルーワルードにも、乙女ソルジャーはいた。
旧防衛軍の司令官だった結城哲也は、月の女神の力で新たな戦力を増強しょうとした。
その中には、月影ソルジャーの力も組み込まれていた。
「お前達は、邪魔よ」
学園の生徒達も巻き込んだ月下計画を阻止する為に、学園情報倶楽部は戦った。
しかし、乙女ダイヤモンドの力を手に入れた結城リオと…乙女レッドの力を手に入れた結城梨絵の姉妹に阻まれた。
その結果、学園情報倶楽部のメンバーは無期停学処分となったのだ。
「よわっちい〜犬ころ!」
輝を踏みつけて、笑う梨絵の姿が忘れられなかった。
(しっかりしろ!)
輝は、よみがえりそうになったトラウマをぐっと我慢すると、再び歩き出した。
「結城里奈さんだね。あなたに話がある。僕は、学園情報く」
「見つけたぞ!月影一派!」
里奈に話しかけた輝の後ろから、声がした。
「え!」
「い!」
驚く里奈と輝。
「学園情報倶楽部部長!香坂真琴!貴様を連行する!」
「え!」
「い!」
真琴の言葉にたじろぐ2人。
しかし、連れていかれたのは…輝だけだった。
「ええ!」
首根っこを掴まれて、廊下を引きずるように連れて行かれる輝を見送りながら、里奈は首を捻った。
「助かったけど…。なぜ?」
「とにかくだ。この世界の崩壊を防ぐ為に、我々はこの世界に呼ばれたと考えるのが、妥当だ!」
部室内で、高坂は緑とさやか…パソコンに向き合ったままの舞に告げた。
「都合がいい解釈かもしれないが、それ以外に我々がやるべきことはない」
高坂の力説に、舞はにやけながら、キーボードに指を走らせた。
検索サイトに、世界崩壊のワードを打ち込んだ。
画面上に現れる大量の文字を、目だけで舞は飛ばして読んでいく。
「ゲームとか〜映画とか…この世界は、滅びる話が好きですね」
舞は笑みを消して、画面を食い入るように見つめる。
「うちらの世界じゃ〜こんなのご法度ですよ。人間が滅ぶなんて」
「リアル過ぎるわ」
緑はソファーに座りながら、肩をすくめた。
「人間が滅んだら、魔物達がすべての地域を支配するだけですからね」
再び舞の指が、忙しく動き出した。
「この世界は、人間が支配している。繁栄の裏には、破滅がある」
高坂はちらりと、パソコンの画面を覗き見た。
「人間が支配しているのにですか?」
緑は、高坂に訊いた。
「だが…人間内で、差がある。平等ではないからな」
高坂は、フッと笑った。
「差ねえ〜。我々の世界もありましたけど…生きているのが、一番の成功者でしょ?」
「それは、つねに命を落とす危険がある者が感じる感覚だ。この世界では、紛争地域にでも行かない限りは、命の危機などない」
高坂は画面から視線を外すと、少し顔をしかめた。
「そんな安全な世界でありながら、破滅を夢見るか」
舞は、キーボードから手を離し、
「そんな願望の中に、不似合いなものを見つけましたよ」
にやりと笑った。
「うん?」
高坂は舞の後ろから、画面を覗き込んだ。
「希望ですよ」
「希望?」
「と言っても、絶望の後ですけどもね」
舞は、キーを指先で弾いた。
「?」
高坂は眉を寄せ、画面に映し出された文字を読み出した。
「世界が崩壊した後も、諦めずに希望を持って生きてほしい。そんなメッセージをある歌から感じた人が、書いているブログですよ」
舞は肩をすくめ、
「まあ〜詩を訳しても、そんなメッセージはありませんけど。単なるラブソングです」
「だけど…そう感じている人がいるのよね」
緑もそばに来て、画面を覗き込んだ。
「一万人いたら〜1人くらいかもしれないけど」
舞は、検索し過ぎて疲れた目を指でマッサージし出した。
「…でも、零ではないか」
高坂はパソコンから、離れた。
「まるで…パンドラの箱だな」
「パンドラの箱?」
緑は画面から目を離し、高坂を見た。
高坂は頷き、
「この世界の神話だ。あらゆる災害が詰まった箱。それを開けてしまった為に、世界に災害はばらまかれた。しかし、その箱の最後に入っていたのが、希望だ」
「イヒイヒ〜。それは、希望と呼びますかね」
舞は笑った。
「そうだな。希望ってのは、解釈で変わるし…絶望を回避する為に、本人が希望を見つけたらいい。それは、未来でも…自分の中にある過去の経験でも、希望は絶望しなければ、見つけられる」
「つまりね。最後に希望が残ったら駄目ってこと!そのパンドラって箱を開けさす前に、何とかしなければいけないってことですよね。高坂部長」
「ああ…。絶望の次に、希望じゃない。明らかに、その間に後悔がある。箱を開けた後悔が」
高坂は部員達を見回し、
「おそらく…今、パンドラの箱を開けようとしている者も、いずれ…後悔するはずだ。ただし…」
ここでぐっと拳を握り締めると、
「人ならばな」
吐き捨てるように言った。
「…」
今まで何か考え込み、ずっと無言だったさやかは、高坂の最後の言葉に目を瞑った。
「とにかく、その歌が聴きたい!」
高坂の願いに、
「ダウンロードしましょうか?」
舞はマウスに手を伸ばした。
「いや…こんな機械からでは、すべての音を聞き取れないかもしれない。CDを買うぞ!」
部室を出ようとする高坂に、緑が言った。
「うちら…この世界のお金持ってましたっけ?」
「う!」
高坂は怯んでしまった。
哲也達防衛軍との戦いの時から、いざというときに籠城する為に、ある程度の食料は確保し、二部屋ある内の奥のスペースは居住空間にしていた。
だから、当面の生活には困らないが…。
「我々の目下の敵は…お金という現実」
その場で崩れ落ちた高坂を見て、さやかはため息をつくと、ソファーから立ち上がった。
「CDを買うよりも、直に声を聴いた方がいいでしょ?」
さやかの手にはいつのまにか…二枚のチケットが握られていた。
「昨日と今日の二公演。あたしと行く?」
さやかは、崩れ落ちている高坂に訊いた。
「喜んで、お供致します」
高坂は元気よく立ち上がると、深々と頭を下げた。
「しかし〜よく手に入りましたね」
舞はマウスを動かし、
「ソールドアウトアウトになっていますよ」
画面を確認した。
「少し気になっていたのよ」
さやかは軽く肩をすくめた後、
「この世界に来たときからね」
手に持ったチケットを見つめた。
「気になっていた?」
頭を上げた高坂は訝しげに、さやかを見た。
「ええ…。実際は、この世界に来る前から」
少し視線を外したさやかに、高坂は眉を寄せ、
「どういうことだ」
「簡単よ。ブルーワールドでも、この曲はかかっていた。だけど、伝わるメッセージは違うみたいだけど…」
さやかは、記憶を探り出した。
「新聞部をやっていると、やはり…流行のファッションや音楽のチェックもかかせない。そんな中で、彼女の歌に出会った」
「!?」
睨むように自分を見るさやかに、高坂は息を飲んだ。
「そんな彼女の歌が…この世界でも流れていた。気になるじゃない」
突然、さやかは笑うと…高坂に背を向けた。
「ここで、ごちゃごちゃ言っても仕方がないわ。彼女に会いに行きましょう」
「待て!」
歩き出したさやかの肩に、高坂は後ろから手をかけた。
「その歌手の謎は、今から考えるが…。そのチケット代は、どこから出た?」
「あら?」
さやかは振り返ると、高坂に妖しく微笑んだ。
「報酬よ」
「報酬?」
「そうよ。理事長に会いに行った時に、この世界の為に働く報酬に関しても、話をしたのよ」
「な、何!?」
驚く高坂に、さやかはチケットを突きだし、
「あたし達は、この世界の為に動く義務はない。だけど〜動くならば、お金が必要です!」
にやりと笑った。
「く!」
顔をしかめた高坂とは違い、緑は拍手した。
「さすが!如月部長!頼りになるわ」
感心する緑。
「さあ〜行くわよ」
さやかは、自分の肩を掴んでいる高坂の腕を取ると、強引に歩き出した。
「お、お前達は〜学園内の様子を探れ!」
引きずられながら、高坂は舞と緑に指示を飛ばした。
「はいはい」
頷いた2人は、高坂達がいなくなった後、軽くため息をついた。
「それにしても…この世界に来てから休む暇はないわ」
緑は、制服のネクタイを指でほどくと、奥の部屋に進んだ。
「男連中がいない間に、シャワー浴びるわ。あんたはどうするの?」
「あたしゃ〜まだいいわ」
舞は再び、パソコンを向き合った。
「あ、そう」
ネクタイを取り、シャワー室に向かおうとしてから、緑は思い出した。
「ところで〜輝のやつはどうなったんだ?」
顔をしかめた緑に、舞はキーボードを叩きながらこたえた。
「さあねえ。でも、あいつは殺されても、死なないだろう」
「そうだな」
緑は納得して、隣の部屋に入った。
「へぇ〜」
その頃、拉致された輝は…西館の一室で尋問を受ける寸前だった。
「さあ〜吐いて貰うわよ。貴様らの目的を!」
椅子に座らされ、後ろ手に縛られた格好の輝の顔に、なぜがペンライトを当てながら、香坂真琴は詰め寄った。
「よく会うね」
大月学園を出て、調査がてらに歩き回っていたら、懐かしい場所に来た。
大路学園。
大月学園の姉妹高と言われているが…定かではない。
「思わず…ここに来てしまったな」
頭の中に響く声に、麗菜は頷いた。
「そうですね」
外から、校舎を見上げている時に…突然、後ろから声をかけられたのだ。
「え!」
驚きながら、麗菜は振り返った。
感傷に浸ってしまって、周囲に気を配るのを忘れていた。
すると、笑顔の和恵が立っていたのだ。
「赤星さんの家もこの辺なの?」
「う、うん…」
頷きながらも、麗菜は言い直した。
「ちょっと…離れてるかな」
「ふ〜ん」
言いにくそうな麗菜の雰囲気を察したのか…和恵は、話題を変えた。
「この学校には、あたしのお姉ちゃんが通ってたんだ」
感慨深気に、校舎を見上げる和恵の横顔を見つめ、麗菜は記憶を探っていた。
(お姉ちゃん…。速水先輩か…)
記憶の中にある速水香里奈の顔を思い出し、
(あまり似てない姉妹ね)
少し失礼なことを思ってしまった。
「そうだ!」
突然、和恵は笑顔になると、麗菜の方に顔を向けた。
「あたしんちは、この坂を真っ直ぐ上がった所にあるんだ」
正門前を、山手までのびていく道。
「!?」
麗菜は思わず、道の向こうに目をやった。
「少し寄っていかない?あたしんちは、お店をやってるの。コーヒーや紅茶くらいならご馳走するよ」
和恵の言葉に、麗菜の頭に声が響いた。
(ま、まさか…あそこか!)
驚きの声に、麗菜は頭の中で頷いた。
(おそらく…そうですよね)
そこは、伝説の場所だった。
「行こうよ」
少し躊躇っている麗菜の腕を強引に掴むと、和恵は山に向けて歩き出した。
「!?」
結構な力に、麗菜はびっくりしてしまった。
(ど、どうしますか?)
頭の中の声に訊いた。
(仕方がない。行くぞ)
(わかりました)
麗菜は、覚悟を決めた。
営業中よりも明るい光が、店内を照らしていた。
店の扉を開けると最初に飛び込んでくるのは、長いカウンター席。
その左側の奥には、ステージがあり、テーブル席が並んでいた。
「ある意味…本物だったわ」
カウンターに座り、ワイルドターキーの入ったグラスを転がしながら、天城志乃はこたえた。
「ある意味って?」
カウンター内で、煙草をくわえながら聞き返した女の名は、有原里美。普段は、この店を仕切っていた。
「里美先生は、歌手って何だと思いますか?」
グラスをカウンターに置くと、中の氷を見つめながら、志乃は質問した。
「まあ〜自己主張も踏まえて…メッセージを伝える為じゃないの?」
里美は煙草を灰皿に置くと、志乃のふさぎがちな瞳を見つめた。
「そうなんですけども…慈善事業のチャリティーソングでもない限り…まったく個性のない歌ってないと思うんですよ…」
ここまで口にしてから、志乃は自分の考えを否定した。
「いや、違う。あの歌い方はまるで…最後の遺言のような歌だった。己の明日はない。だからこそ…明日ある者に対しての思いやり…それとも、何もできない自分への悔しさ」
志乃は考え込んでしまった。
かつて、喉を壊し…二度と歌えないと宣告されたことがある志乃だからこそ、感じ得たものかもしれなかった。
「つまり…その遺言は」
里美は、志乃の言葉を続けた。
「あたし達…すべてのリスナーに向けられていると」
「そうなんですが…」
「…」
まだしっくりと来ない感じの志乃を見つめながら、里美は煙草を手に取ると、軽く肺の中に煙を吸い込んだ。
そして、煙を吐き出すと、煙草の先からも立ち上る煙に目をやり、
「いろんな歌手はいるわ。そのレダって子にも、いろんな事情が」
「並の歌手なら!」
志乃は突然、カウンターを叩いた。拳をぎゅっと握り締め、
「そんな風に思えるでしょう。あのレダの歌声には、魂をかけた真実があった!だけど、その真実の正体が」
「世界が終わるねえ」
里美は、煙草を灰皿にねじ込んだ。
「!」
驚いた志乃が思わず、顔を上げた。
「あら?意外かしら。あたしがわかったら」
里美は、首を傾げて見せた。
歌手ではなかったとはいえ、里美はドラマーとして活躍した時期があり、幼い頃の志乃を指導していたこともあったのだ。
「いえ…別に」
気まずそうにグラスを手に取ると、視線を逸らしながら、志乃は中身を飲んだ。
「まあ〜いいわ」
里美は笑いながら、新しい煙草を取り出し、口にくわえると、真剣な顔になった。
「でも…世界が崩壊するなんて…戦争でも起こるってこと?それはあり得ない。小競り合いは今もどこかであるけど…全面戦争なんて」
「だけど…否定できない強さが、彼女の歌にはある。それは、真剣に歌と向き合った人間ならば尚更…」
「志乃ちゃん?」
里美は、軽く震えている志乃の背中に気付いた。
「おばさん!只今!」
その時、唐突に扉が開いた。
夕方の眩しい日差しとともに、店内に入ってきたのは、和恵だった。
「お帰りなさい」
煙草を灰皿に置くと、里美は優しい笑顔で和恵を出迎えた。
「あのねえ!今日は友達を連れて来たんだ」
和恵は後ろに顔をやったが、そばに麗菜はいなかった。
「ここが…タブルケイ」
麗菜は店の前で立ち止まり、木造の店舗を見上げていた。
3人の歌姫を育てた場所。
学校の近くにありながら、なかなか行く勇気がなかった場所だった。
(そうか…。お前は初めてだったな)
頭の中の声も、どこか懐かしそうだ。
(部長はあるんですか!)
驚く麗菜に、声はフッと笑った。
(一度…如月とな)
「赤星さん!何やってるの!早く早く!」
店の中から、和恵が手招きした。
「ご、ごめんなさい」
麗菜は慌てて、走り出した。
「お店がとても、素敵だったから」
夕陽に照らされた木造の店と、すぐ目の前の山の迫力が、麗菜の心を久々に震わせていた。




