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嘆く闇

「それにしても…」


部室に逃げ込んだ高坂達は、ため息をついた。


「まさか…ここの世界も、情報倶楽部があるとはな」


「でも、美人でしたね!気が強そうなところもいい!」


輝だけは、嬉しそうである。


「まったく〜お前だけは」


緑は冷たい目で輝を一瞥した後、視線を高坂に向けた。


「部長。どうしますか?早くあたし達の世界に戻らないと」


「実際的には、あたし達の世界ではあるけど〜部長の世界ではないですよね」


部室の奥で、パソコンを叩いていた舞がにやりと笑い、


「高坂くん」


振り返った。


実世界の大月学園には、高坂の席が残っていた。


それも一年にだ。


ブルーワールドに移動した時、高坂は二年過去に飛ばされたのだ。


「そ、そうでしたね!部長は、僕と同じ年なんだ!」


改めて驚く輝に、高坂はフッと笑い、


「時間軸の詳しいことはわからないが…ブルーワールドで二年多く過ごしたのは事実だ。それに…」


少し顔をしかめ、


「この世界でのことは、ほとんど覚えてなかったしな」


天井を見上げた。


「まあ〜何にしても、あたし達がここに飛ばされたのが、偶然ではなく必然だったら」


舞はキーを叩く手を止め、


「何かしらの役目があるはずですよね」


椅子を回転させ、妖しく笑った。


「役目ねえ〜」


緑は肩をすくめた。


「ところで、さやかはどこにいった?」


高坂ははっとして、部室内を見回した。


「如月部長なら、この学園に新聞部をつくると、理事長に直談判に行きましたよ」


舞は再び、パソコンに向かうと、そう告げた。


「そうか…」


高坂は頷いた。


たまたま情報倶楽部の部室にいた為に、如月さやかもこちらに飛ばされたのだ。


社交的であるさやかのお陰で、スムーズに学園に入り込むことができた。


しかしも、高坂がこの世界からいなくなって、まだ2ヶ月程しか経っていないことになっていた。


(あちらの二年が、ここの2ヶ月という訳でもないな)


高坂はもう、この件で悩むことを止めた。


(とにかく…ここに戻った意味を探ろう)


部室から出た高坂が向かったのは、屋上だった。


同じ学園であっても、ブルーワールドから見える景色とは違っていた。


どこまでも広がる人工物。


ブルーワールドのように、遠くに魔物が飛んでいることはない。


(まだ…実感はないな。ここが、俺の世界だというな)


屋上を囲む金網に指をかけて、高坂は世界を凝視した。


「ここにいたのね」


突然、後ろから声をかけられたが、高坂は振り返ることをしない。


相手がわかっていたからだ。


「どうだった?何か思い出した?」


高坂の隣に来たのは、さやかだった。


「いや…別に…」


高坂はしばらく、さやかを見ずに、町並みを見つめ続けた。


「…」


さやかは、それ以上何も言わずに、ただ…高坂と同じように、後ろから町並みを見つめた。


「クッ」


軽く下唇を噛んでから、高坂は口を開いた。


「ただの事実確認だ。俺には、兄と妹がいた…。妹は兄に殺された。その兄が、ブルーワールドに恐らく逃げた。だから俺は…ブルーワールドに向かった」


「…」


さやかは、苦しそうな高坂の横顔に目をやった。


「なのに…俺は、ブルーワールドでも、やつを止めれなかった。それに、人殺しをさせない使命感はあるのに…妹を殺されたという実感がない。感情がわかないんだ。いや、怒りはあるのに…妹を殺されたのに!身を引き裂かれる程の憎しみがわいて来ない!」


高坂は金網を握り締め、


「俺は、こんなにも!薄情な人間なのか!」


自分自身への怒りで震えた。


「そ、そんなことは……!」


慰めようとしたさやかは、後ろに気配を感じ、振り返った。


すぐ後ろに、1人の男子生徒が立っていた。


いつのまに近くに来たのか…さやかはまったく、気付かなかった。


「高坂…」


男子生徒の声に、高坂は振り返った。


「中島!?」


「お帰り」


学生の名前が自然と出たことに驚く高坂に、中島は微笑んだ。その笑顔を見ていると、失った過去での学園生活を思い出していくように感じた。



「!?」


いや…すべては思い出すことはできない。


しかし、本当にここにいたことは…確信できた。


「た、ただいま…」


高坂は返事をした。


中島は微笑みながら頷くと、さやかにも頭を下げた。


そして、ゆっくりと高坂の横に来ると、町並みを見下ろしながら、話し出した。


「この世界は、危機に瀕しているらしい。詳しいことはわからないけど…」


中島はちらりと、高坂とさやかに目を向け、


「君達は意図的であり、偶然であったとしても…時空の歪みに巻き込まれて、この世界に来たことになる」


そのまま、空を見上げた。


「時空の歪みだと?」


高坂は掴んでいた金網から手を離すと、中島の方に体を向けた。


「…」


さやかは、中島の横顔を凝視していた。


「どうして、歪み出したのかはわからない。その歪みを元に戻す方法を、僕の仲間が考えている。勿論…月の女神もね」


「月の女神?」


さやかの呟きに、中島は顔を向けると微笑んだ。


「!?」


さやかは、その微笑みに息を飲んだ。とても優しく柔らかい笑みであるが…あまりにも優し過ぎたからだ。


「…で、俺達に何を言いに来たんだ?」


高坂は、軽く中島を睨んだ。


「別に…大したことじゃないよ」


中島は高坂に笑顔を向け、


「ただ…気をつけてほしいから」


今度は…心配そうな表情になった。


「ありがとう…。気をつけるよ」


高坂がそうこたえると、中島は満足そうに頷き、


「じゃあ」


そのまま屋上から消えた。


中島がいなくなっても、しばらく口を開かなかったさやかは軽く深呼吸をした後に、高坂に訊いた。


「今の彼は、人間なの?」


高坂は、中島が消えた屋上の出入口を見つめ、


「少なくとも、かつては…人間だったよ」


フッと笑った。


「それに…どんなに変わろうが…あいつの優しさは変わらないよ」


「思い出したの?」


「いや…」


高坂は首を横に振り、


「そう魂に刻まれている」


胸に手を当てた。







「〜で、あの馬鹿は何か知ってたの?」


生徒会室の前で、中に入らずに腕を組んで壁にもたれていた里奈は、出てきた夏希に訊いた。


「覚えていないらしいわ。あの変なパンツを手に入れた理由をね」


夏希は、肩をすくめて見せた。




「やはり…駄目か」


生徒会長が不在の部屋の中で、椅子に縛りつけられた半月ソルジャーに目線と合わせ、記憶を探っていた理香子はため息をつくと立ち上がった。


どんなに忘れたとしても、脳には残っているはずである。


しかし、それがない。


「これ以上やると、脳に障害が残るかもしれない」


虚ろな目で、椅子に座っている半月ソルジャーを見下ろす理香子に、蘭花が吐き捨てるように言った。


「こんなクズ。どうなってもいいでしょう」


「そんな訳にはいかない。記憶がなくても、やつらと接点があった。何かしらの痕跡が残っているかもしれない」


「だり〜いな」


生徒会室の隅で、携帯をいじっている蒔絵が欠伸をした。


「…」


その様子を無言で見つめていた加奈子は、おもむろに扉に向けて歩き出した。


「加奈子」


理香子は、扉に手をかけた加奈子の後ろ姿に声をかけた。


しかし、加奈子は振り返ることなく、廊下に出た。


「加奈子?」


深刻な顔をして、生徒会室から現れた加奈子を見て、里奈は眉を寄せた。


「…」


やはりこたえることなく、加奈子は廊下を歩き出した。


「どうしたんだろ?」


夏希は首を捻ったが、里奈は別に驚くことなく、廊下の壁にもたれ直し、加奈子の背中を見送ることもしなかった。


「相変わらずよ」





「…」


無言で、軽く前方を睨みながら歩く加奈子。


生徒会室がある中央館から西館に入ると、人はいなくなった。


「考えは決まったかな?平城山加奈子くん」


光が入らない廊下の闇の部分にもたれていた男は、西館に入ると同時に加奈子に声をかけた。


「君は一度、仲間を裏切り…闇に染まったはず。今はどんなに体裁を整えようが、闇に染まった体が元に戻るはずがない」


黒のスーツに黒のシャツ、黒のネクタイに身を包んだ男は、にやりと笑った。


「仲間を裏切った?あたしに仲間などいない。だから、裏切った訳ではない。それに…」


足を止めた加奈子の全身から、黒い霧のようなものが立ち上った。


「あたしは、闇に染まったのではない!闇こそが真のあたしの色だからだ!」


黒い霧が、加奈子を包むと…粒子が固まり、まるで皮膚のような質感になった。


「黒龍の魔獣因子」


黒ずくめの男は、加奈子の変幻を見て、興奮から体をぶるっと震わせた。


「は!」


竜の姿になった加奈子は口から、火の玉を吐き出した。


「素晴らしい!」


男は歓喜の声をあげると、両手を広げた。


そして、敢えて…火の玉を全身で受け止めた。


「な!」


逆に、火の玉を放った加奈子が、絶句した。


男の胸元を、黒い霧のようなものが守っていたからだ。


「あ、あたしと同じ!?」


「違いますよ。この闇はね」


加奈子の攻撃は、霧の中に吸い込まれた。


「人間の心の闇…。底無しの闇。一部の支配者に搾取され、一生報われることのない人の闇」


男はゆっくりと、加奈子に向かって手を伸ばした。


「この闇を晴らすことができるのは、個人の幸せではない。この世界そのものの絶望!そう!この世界はもうすぐ、破滅する。すべての人間は闇に落ちる。平等に!しかし、あなたは違う!この世界で生きることが、地獄のはずです!」


「何が言いたい?」


加奈子は変幻を解き、人間の姿に戻った。


「この世界はもうすぐ…ある世界と融合する!しかし、その世界は魔が支配する世界!つまり、あなたのような素晴らしい力を持つ存在は、向こうの世界でこそいかされるのです!」


少し芝居がかっているが、自己陶酔している男を、加奈子は訝しげに見ていた。

やがて、加奈子はフッと笑うと、男に背を向けた。


「下らんな。あたしはどこにいても、あたしだ。もしこのあたしを利用しょうとするやつが、いるならば…」


そして、歩き出した。


「殺すだけだ」


最後に殺意を込めてそう言った加奈子に、男は笑い…一呼吸置いてから言葉を発した。


「その覚悟が、普通の人間にない。殺す!殺すと言いながら、何と少ないことか!世の中!殺人が少なすぎる!」


「はあ?」


男の言葉に、加奈子は眉を寄せた。


「と思いません?この世界の不平等は多い!なのになぜ!人間は、我慢する!我々の努力を搾取するだけの人間を許す!恵まれた環境に生まれ、育っただけの人間をなぜ野放しにする!殺せばいい!奪えばいい!」


「お、お前!」


「いいですか?そんな人間よりも、下の人間の数は圧倒的に多いのですよ!」


男は、感情を爆発した。


「人間は社会的動物だ!しかし、奴隷ではない。働き蜂のように尽くせばいいのか!違う!人間は!人間は!」


「き、貴様!」


加奈子は思わず、乙女ケースを突きだした。


「人間ではない何かに!殺されるべきなのだ!人間同士の殺しが罪ならばな!」


「装着!」

「やめておけ…。人間は、誰も支配者にはなれない。それだけが、真理だ」


「え?」


加奈子は突然、後ろに現れた影にぞっとなった。身を震わせながらも、回し蹴りを放ったが…その足は、影に包まれた。


「!」


数秒後…影は消え、加奈子と男しかいなくなった。


にっと男は笑うと、拍手した。


「おめでとうございます!」


廊下に響く拍手の音に、加奈子は笑った。


「まあまあだな」


その声は、加奈子ではなかった。


「あなた様の復活を心から、お祝い申し上げます」


男はどこからか、黒薔薇の花束を取り出すと、跪きながら差し出した。


「闇の女神…デスペラードよ」


黒づくめの男の服装が、タキシードに変わった。


「フン!」


デスペラードは鼻を鳴らすと、加奈子の体の調子を確かめながら、周囲を見た。


「ここは…イオナの世界か…。成る程〜壊れてきているな」


そして、口許を歪めた。


「天空の女神にすべての力を奪われたが…我の力のもとは、すべての生物の絶望!」


タキシードの男は、笑った。


「この世界が崩壊し、すべての人が絶望した時…一人一人に闇は生まれる」


「そのすべての闇を食らえば…我は容易に復活する」


「九鬼真弓の肉体がなくてもな」


デスペラードとタキシードの男は、笑い合った。


「人間の闇こそが、この世で一番淀み…濃い!」


「それを提供してくれるのも、人間だとはな」


「互いに憎しみ合い、闇をつくればいい」


タキシードの男がデスペラードに近づくと、2人は融合した。


「この世界に、我を脅かす存在はいない」


「この世界の崩壊を早めてやろうぞ」


加奈子の体から、デスペラードの闇の魔力が溢れ出す。


「それは、できなくてよ」


デスペラードがいる廊下の先から、声がした。


「誰だ?」


振り向いた瞬間、デスペラードの目を光が射抜いた。


「ま、眩しい!?」


廊下中が光り輝き、そのあまりの眩しさに何も直視できない。


「な、何だ!この光は」


デスペラードは絶句した。


加奈子と同化したデスペラードの指先が、消えていくのだ。


「ただの光ではない!た、太陽のバンパイア!?ラ、ライか!い、いや!赤星浩一とかいうやつか!」


「失礼ね」


光の向こうから、声がした。


「レディをそんな人達と間違えるなんて」


「お、お前は!?」


光の中から現れたのは、学生服を着た男子生徒だった。


「光に照らされない闇は、ないわ」


男子生徒の唇に、笑みが浮かぶ。


「こ、この私が!こんなところでえ〜!」


デスペラードの体は、光の粒子を化して消えた。


すると、廊下全体を照らしていた光も消えた。


「ふ〜ん」


男子生徒は鼻を鳴らすと、廊下に倒れている加奈子を見下ろしながら、後ろに話しかけた。


「ねえ〜。この程度の闇が女神なの?」


「いえ…。お嬢様。この女神はまだ完全に復活していませんでしたので…」


廊下の角から、執事姿の真田が姿を見せた。


「だったら、もう少し泳がしたらよかったかしら?」


男子生徒は、加奈子のそばに落ちている乙女ケースに気付き、軽く蹴った。


「そうなれば…少し厄介になったことでしょう」


「そうよね。仮にも、おばさんになるんですもの」


男子生徒はクスッと笑うと、振り返った。


「真田」


「は」


名を呼ばれた真田は、頭を下げた。男子生徒の口調が変わったからだ。


「この世界をやつらの好きにはさせない」


「は」


「何故ならば〜」


男子生徒は身を捩り、


「地の底でもがき苦しむ民衆を、照らしてあげるのが!わたくしのお仕事!」


恍惚の表情をつくり、


「すべては、わたくしの光の許に生きる!そう!人間なんて、わたくしの光がなければ生きてゆけない。可哀想な生き物」


「その通りで、ございます…。開八神茉莉…お嬢様」


真田は深々と、頭を下げ、


「太陽は頭上にあります。しかし、おいそれとは見ることができません。人は、お嬢様のご加護の下で生きているのです」


「そんな哀れな人間を、わたくしは守っているのですよ。哀れで非力で卑しい人間達!だけど!」


男子生徒は、自分の体を抱き締め、


「綾瀬太陽様は違いますわ!あの方は、わたくしと同じ太陽!ですから…きちんとお守りし、わたくしのすべてを知ってもらうように」


真田を睨んだ。


「承知しております」


真田はまた、頭を下げた。


「だったらいいわ」


男子生徒は頷いた。


「しかし…」


真田は見えないように、にやりと笑った後、


「彼も幸せでしょう。お嬢様の身代わりになっているのですから」


ゆっくりと頭を上げて、微笑んだ。


「やっぱり〜そう思う?お前も」


「はい」


「きゃ!太陽様!」


自らを抱き締めながら、身を捩りまくる男子生徒に再び頭を下げた後、真田は背を向けると、時計を確認した。


「時間か」


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