開八神家
「うん?」
香坂と高坂が、互いに首を傾げている時、正門から東校舎に伸びる道で、蘭花とカマイタチの戦いは続いていた。
後方に一回転しながら、蘭花は乙女ケースを取り出した。
「装着!」
黒い光が蘭花を包むと、カマイタチが投げた鎌の側面を蹴り返した。
「何!?」
驚くカマイタチが返って来た鎌を受け止めた時には、蘭花は後ろにいた。
「お、乙女ブラックだと!?」
振り向こうとしたカマイタチの足を、乙女ブラックが払う。
「馬鹿な!」
背中からコンクリートの地面に倒れたカマイタチの目に、空中へ飛翔する乙女ブラックの姿が映る。
「乙女ブラックは、九鬼真弓のはずだ!」
「ブラックキック!」
倒れているカマイタチの首に、乙女ブラックの蹴りが突き刺さった。
「う!」
気を失ったカマイタチを見下ろしながら、乙女ブラックはさらに足を押し込んだ。
「乙女ブラックは、あたしだ!」
「何かが…起こっている」
世界の変化に、気付いた理香子の深刻な横顔を黙って見つめていた里奈は、はっとした。
「あたしは帰る!世界に何があっても帰る!」
つかつかと廊下を歩き出した里奈の背中を、見送る中島。
理香子はため息をついた。
「いいの?」
中島は理香子に訊いた。
「心配いらないと思う。あの子は巻き込まれ安い運命だから」
理香子も、里奈の遠ざかっていく後ろ姿を見送った。
「あたしは、帰る!やっと闇との戦いが終わったと思ったのに!」
苛つく里奈の耳に、拡声器の声が飛び込んで来た。
「結城里奈!結城里奈!乙女レッドの結城里奈!早く出てこいや!」
「う、うるさああい!」
里奈は窓を開けると、グラウンドに向かって叫んだ。
「そこか!」
黒タイツの男はにやりと笑い、拡声器を里奈の方に向けた。
「結城里奈!貴様を倒した後!他の乙女ソルジャーも根絶やしにしてくれるわ!」
「!」
黒タイツの男を睨んでいた里奈の視界の角に、グラウンドの端を小走りで走る女子生徒の姿が飛び込んで来た。
「あ!」
里奈は、その女子生徒を指差し、
「乙女ピンクが逃げる!」
叫んだ。
こうなったら、巻き添えがほしい。
鞄を抱き締めていた竜田桃子は、足を止め…びくっと体を震わせた。
「あ、あたしは…」
そして、目を瞑ると、再び走り出した。
「乙女ピンクじゃありませ〜ん!」
しかし、その前を戦闘員が塞いだ。
「貴様が、乙女ピンクか!」
黒タイツの男は、拡声器を桃子に向け、
「お初にお目にかかる」
嫌らしく口角をつり上げた。
「だから!あたしは!」
桃子が反論しょうとした時、道を塞ぐ戦闘員の後ろから巨大な何か飛んで来て、ぶつかった。
前のめりに倒れる戦闘員達。
「魔神カマイタチ!?」
戦闘員にぶつかったのは、気絶したカマイタチだった。驚く黒タイツの男の目に、桃子達の上を飛び越える黒い影が映る。
「乙女ブラック!九鬼真弓か!」
目の前に着地した乙女ブラックを苦々しく、黒タイツの男が睨み付けた。
「どいつも、こいつも…九鬼、九鬼と…」
乙女ブラックのサングラスが、光る。
「九鬼真弓!お、お前のせいで、私は目立たなくなったのだ!」
黒タイツの男の指差す指が、小刻みに震えている。
「月の女神を守るヒーロー!半月ソルジャーが、貴様のせいで!」
「フン」
乙女ブラックは鼻を鳴らすと、髪をかきあげ、
「ヒーロー?知らんな。そんな下腹が出たヒーローなど…」
じりじりと間合いを詰めていく。
「九鬼真弓!今日がお前の命日だ!結城里奈の前に、殺してやる!」
半月ソルジャーは、タイツの中に手を突っ込み、ナイフを取り出した。
乙女ブラックは目を細め、
「死ぬのは、お前の方だ。あたしを愚弄した報いは、死ぬことでしか償えない!」
両手を広げた。
すると、足元に風と光が集まって来る。
「ムーンエナジーか!」
その光に、半月ソルジャーは後退った。
「死ね!」
そのままジャンプすることなく、空中に浮かぶと、体を捻った。
「ブラックキック!」
「ひええ!」
半月ソルジャーは頭を抱え、踞った。
「は!」
気合いとともに、風を纏った足が、半月ソルジャーを狙い、落下する。
「嫌だ!」
情けなくも、絶叫する半月ソルジャーの前に、誰かが割って入った。
「何!?」
絶句する乙女ブラックの蹴りを、日本刀で受け止めるミニスカートで金髪の女。
「やはりか…」
軽く日本刀を押し出すと、乙女ブラックの蹴りを跳ね返した。
「お、お前は!」
着地と同時に、金髪の女を睨む乙女ブラック。
「フン!威勢だけはいいが、蹴りが軽い。やはり…偽者か」
刀をしまおうとする金髪の女子生徒に、守られた形になった半月ソルジャーはまだ震えながらも、強がって見せた。
「お前は、魔神イハンダー!よ、よくやったぞ!」
「フン」
イハンダーと言われた女子生徒は半月ソルジャーに見向きもしないで、ゆっくりと歩き出した。
「ど、どこに行く!」
「はあ〜?」
ここで初めて、半月ソルジャーの方を向いた。
鋭い眼光に睨まれ、半月ソルジャーの身が萎縮した。
「おれは、貴様らの仲間ではない。おれはただ…九鬼真弓の敵なだけだ。やつ以外の下らん相手をかまう暇はない」
と言い放つ金髪の女子生徒の死角に飛び込んだ乙女ブラックは、蹴りを放った。
「お、おい…」
その蹴りを刀の柄で受け止めた金髪の女子生徒は、サングラスの越しの乙女ブラックの目を睨んだ。
「無粋だな。今はただの女子高生だぜ?」
魔神イハンダーは、普段…十六夜小百合として、学生生活を送っていた。
「く!」
乙女ブラックが力を入れても、十六夜はびくともしない。
「まあ…いい。今日は特別だぞ」
フッと笑うと、一瞬で刀の力を抜き、乙女ブラックのバランスを崩させると同時に、蹴りを乙女ブラックの腹に叩き込んだ。
「う!」
離れる乙女ブラックに背を向けると、十六夜は刀を縦にして、
「イ、ハンダー!」
と叫びながら、横にした。
十六夜の姿が、女子高生から…メタリックボディのサイボーグへと変わった。
「相手をしてやる!」
「くそ!」
乙女ブラックの姿が消えた。
しかし、イハンダーの刃は消えたブラックをとらえる。
音速の戦いが始まった。
「フゥ〜。何やら騒がしいわね」
保健室の中で、ただ1人紅茶を楽しみながら、くつろいでいる女の名は、半田響子。
かつて、教育者でありながら闇に落ちた彼女は、今…まったりとした幸せに包まれていた。
「愛する人がいるって…こんなに、心が温かく幸せになるものなのね」
半田はクスッと笑うと、ディスクを頬杖をつきながら、置いたカップの側面を指で弾いた。
「幸せだわ…。あの頃のあたしは、どうかしてたわ」
自然と笑顔になった。
「ウフフフ…」
その時、運命の携帯が鳴った。
「誰かしら?そんな時間に」
携帯を手に取り、メールが届いていることを確認した。
「もお〜ダーリンだわ。仕事中はメールしないでって言ってるのに〜い。いけない人ね」
と言いながらも、嬉しそうな顔をしながら、メールを開いた。
「!?」
しばらくの沈黙の後、半田は携帯の画面を見ながら、叫んだ。
「何じゃこりゃあ!」
携帯を握り締めながら、半田の顔が、一瞬で鬼に変わる。
「別れるだとお!?す、好きな女ができただと!!」
半田は、腰かけていた椅子から立ち上がった。
「お、男なんてええ!」
着ていた白衣を脱ぎ捨てると、半田の姿は変わった。
「野郎ども」
「キイイ!」
保健室の扉が開き、戦闘員達が半田に敬礼した。
「男なんて!幸せなんて!ぶっ壊してやる!」
黒い鉄の下着に、黒の白衣を翻し、半田は再び闇へと戻った。
保健室を出ると、廊下の喧騒に笑い、スイカのような2つの胸を揺らしながら歩き出した。
そして、握り締めていた携帯を廊下に投げた。
「あのクズがくれた携帯など!」
半田の手から離れると、携帯は巨大化した。
「行け!魔神愛ホーンよ!幸せな未来が待っている生徒達を襲え!」
「ヘイ!女の逆恨みは恐いでえ〜」
愛ホーンの待ち受け画面には、幸せな2人のツーショット写真が映っているが、真ん中に亀裂が入っていた。
「誰が逆恨みだ!それと画面を変えろ!」
「ヘイ、ヘイ」
愛ホーンは邪魔くさそうに答えると、生徒達に襲いかかった。
「はははは!」
携帯片手に、大笑いする全身黒ずくめの男。
「我が名は、怪人縁切り!」
「キイイ!」
戦闘員達は襲った生徒達から、携帯を奪い、それを怪人縁切り屋に渡していた。
「たった一回のメールで、崩れる愛情や信頼〜!」
怪人縁切りは楽しそうに笑いながら、両手でメールを打ち、
「男と女。脆いものよのう!はははは」
天を仰いだ。
「乙女ブラック?蘭花か!」
半月ソルジャーの前に現れた乙女ブラックの姿を見て、身を乗り出した里奈の横に、元気になった夏希が駆け寄って来た。
「里奈!あたしにも行くわよ」
「どうしたの?あんた」
妙ににこにこして、嬉しそうな夏希に、里奈は首を傾げた。
「ち、ちょっとね」
はにかむ夏希の向こうでは、携帯を突き付けながら、恋人に詰め寄るカップル達の修羅場と化した廊下があったが…里奈の頭には、情報として飛び込んで来なかった。
男女のいざこざなど…里奈には、無縁の世界だからだ。
「お先に行くね!」
「え!」
夏希は、真意を悟られない為にか…廊下の窓から飛び降りた。
ちなみに、ここは三階である。
「装着!」
青い光が、夏希を包み…乙女ブルーへと変身させた。
着地と同時に、眼鏡を人差し指で上げると、
「うりゃあああ!」
叫びながら、半月ソルジャーの方に走って行った。
「大胆」
里奈は妙に、感心してしまった。
その頃、校門横に止まっていたリムジンの中で、学園で起こっている騒動に気づき、真田はため息をついた。
「仕方があるまい。雑魚を片付けて来てくれ。お嬢様が学園に入れない」
「かしこまりました」
真田の言葉に、俺の隣にいる猫沢が頷いた。
「ま、待て!俺は、お嬢様ではない!」
「黙れ」
眼鏡の男は俺を一喝し、
「中身が貴様であっても、この見た目は紛れもなく、お嬢様のお体。そうでなければ、やつらを誤魔化せない」
フロトガラスを見つめながら、虚空を睨んだ。
「やつら?そのやつらって何だ!」
俺は、真田に向かって叫んだ。
「フッ…」
真田は、口許を緩めた。
「フン」
猫沢は鼻を鳴らすと、ドアを開け、外に出た。
メイド姿に猫耳は、校門前では異様であった。しかし、前につけていたエプロンを取ると、何故か…薄茶のスーツ姿に変わった。
そのまま、猫沢は学園内に入って行った。
「おい!やつらって誰だよ!危険が及ぶのは、俺だぜ?知る権利くらいあるだろ!」
俺はさらに、真田に詰め寄った。
「成る程…お前の言い分は、わかった」
真田は、フロトガラスから視線を外すと、天井を見上げ、
「敵は恐らく…人間ではない。我が開八神家は、神の子孫だ。この世界の根幹を支えてきたな」
「神の子孫?」
俺は眉を寄せた。
「お前がお嬢様を殺した為に、我々はやつらを騙す為に、身代わりを用意しなければならなくなった」
真田はまた、ため息をついた。
「俺は、お嬢様を殺していないし、俺の質問にこたえてもいない。神の子孫って何だ?」
「その意味を貴様は…この学園で知るだろう」
真田はふっと笑い、学園の方に目を向けた。
校門を潜った猫沢は、胸の谷間からあるものを取り出した。
それは、傷だらけの乙女ケース。
「装着!」
乙女ケースが開くと、そこから七色の光が飛び出し、猫沢の体を包んだ。
乙女レインボーに変身した猫沢は、頭に猫耳をつけると、一気に加速した。
「行け!愛ホーンよ」
半田の言葉に、
「アイよ!」
軽くこたえた愛ホーンは、イヤホンのような触手を飛ばすと、逃げる女子生徒の足に絡め、そのまま引き寄せる。
「いやああ!」
そして、スカートをめくると、写真を取る。
「あんさんの恥ずかしい写真を、今すぐネットに流すでえ」
愛ホーンは、パンツを見つめながら、要求した。
「それがいやなら、その中身を拝ませえなあ〜」
単なる変態である。
「いやあ!」
首を横に振る女子生徒。
「いやよ、いやよも〜好きのうち!」
愛ホーンの触手が、無理矢理パンツをめくろうとした。
その時、どこからか無数の包丁が飛んできた。
「ぎゃあ!」
愛ホーンの画面に、突き刺さる数本の包丁。
足に絡みついていた触手が緩んだ為、女子生徒は急いで逃げた。
包丁は、愛ホーンのそばで中身を拝もうとしていた戦闘員にも刺さっていた。
「お前は!」
指の間で、包丁を掴んだ半田は、廊下先からゆっくりと歩いてくる生徒を睨んだ。
「平城山加奈子!」
半田の声に、加奈子はにやりと笑った。
「闇の裏切り者!今は再び、正義を気取る偽善者め!」
半田は、加奈子を指差した。
加奈子は、愛ホーンを踏みつけると、半田を見つめ、
「男に左右されて、行ったり来たりする年増よりはましだと思うけどな」
馬鹿にしたように笑った。
「何!」
「あたしにとって、男はただの欲望の捌け口!それにな。正義を気取っている訳ではない!例え、人が闇と言おうが!今を生きているあたし自身が、正しい!」
加奈子は新しい包丁を作り出すと身を屈め、愛ホーンのボディに何度も、突き刺さした。
「例え!他人が狂っていると言おうが、あたしの人生だ!あたしが間違っていると思わなければ…あたしが常に正しい」
何度も突き刺さしているうちに、愛ホーンはもとの大きさに戻った。
加奈子は包丁が刺さった携帯を見て、にやりと笑った。
「う!」
その姿にひく半田。
「つまり…あたしこそが、正義だ」
加奈子は、包丁が突き刺さっている形態を半田の足元に投げた。
「く!」
半田は顔をしかめると、
「愛の深さも知らない!小娘が生意気な!」
苦々しく加奈子を睨み付けた。
「婚期が遅れ、やっと掴んだ妥協に溺れ…それもなくなり、とち狂っているだけの女が吠えるな!」
加奈子は、乙女ケースを突きだした。
「装着!」
乙女パープルに変身した加奈子は、いきなり仕掛けた。
「乙女包丁!乱れ桜!」
無数の包丁が、半田1人を狙う。
「なめるな」
半田は逃げることはない。
「なめるか!女を!」
2人の女の戦いが、始まった。