月と運命
(しかし…昨日の歌声は…)
余り揺れない快適なリムジンの中で、俺は考え込んでいた。
(どこかで聴いたような気がする)
それは、遥か昔。
(太陽がほしいか?)
戦いが終わった俺のそばで、泣く少女。
「レダ…」
無意識に、俺は呟いていた。
「ぼおっとするな。今から通う学園では、何があってもお嬢様でいろ。冷静にな」
いつのまにか、俺の前に座っている真田が眼鏡を布で拭きながら嗜めた。
「月よ!我は帰って来たぞ!」
大月学園の正門を守るカードマンを足蹴にして、黒いピチピチのタイツを着た男が、拡声器を校舎に向けて叫びながら、歩き出した。
「うん?」
その声に気付いた花町蒔絵は、授業中でありながらもスマホの画面の上を忙しく動き回る指を止めずに、眉だけを寄せた。
「な、なんだ?」
拡声器の声にざわめく生徒達。しかし、その混乱はすぐに鎮まった。
「変態…もとい怪人注意報です。生徒達は、速やかに避難して下さい」
生徒会からの校内アナウンスを受け、生徒達は頭をかき、うんざりした顔になった。
「またかよ」
「もう出ないんじゃなかったの」
口々に愚痴を言いながら、教室を出る生徒達。
「特に、乙女レッドこと結城里奈!貴様は許さん!」
そんな生徒達に紛れて逃げようとしていた結城里奈は、拡声器の声にびくっと体を震わせた。
周囲の目が、里奈に向けられた。
「他の乙女ソルジャーも」
「コラ!正体をばらすな!」
里奈は生徒達の目から逃れるように、教室内に戻ると、窓から身を乗り出して、叫んだ。
「あそこか!」
里奈の姿を目にした黒タイツの男は、にやりと笑い、
「今こそ!復讐の時!行け!再生魔神軍団!そして、仮出所怪人軍団よ!」
里奈を指差した。
「きいい!」
奇声を発して、廊下をダラダラと歩く生徒達の前と後ろに、黒タイツを被った戦闘員が姿を見せる。
「きゃ!痴漢よ」
真後ろにいた女子生徒が、悲鳴を上げた。
「フハハハ!」
その悲鳴に歓声をあげる1人の男。
「男は、誰も痴漢願望を持っている!」
男はくねる指を突きだし、
「闇のゴールドフィンガー怪人痴漢男!再び参上!」
女子生徒限定で襲いかかる。
「きいい!」
勿論、戦闘員も女子生徒だけを狙う。
「やめろ!」
最初に、触られた女子生徒の前に、男子生徒が庇うように立った。
「あああ!」
その姿を見て、廊下で崩れ落ちる1人の女子生徒。
「夏希!」
廊下に現れた怪人の気配を感じて、里奈が教室から飛び出した。
「帰ろうかな…」
里奈はそう決めかけた瞬間、廊下の先に誰かが姿を見せた。
「フフフ…」
身長150センチくらいのおっさん。
「お前は!」
「ハゲにチビ…二重苦を背負い…我は、闇に落ちた!」
「確か…」
里奈は思い出した。
「ハゲたおっさん」
「見たままか!」
突っ込みを入れると、男は頭に手をやった。
「我が名は、怪人バーコード!しかし!」
男は、着けていたカツラを取った。
「お前達に敗れてから…名を捨てたわ!」
バーコードのカツラを取ると、つるつるの頭が現れた。
「喰らえ!」
光輝く頭から、怪光線が発射された。
「く!」
里奈は、光線を避けた。
「相変わらず、ハゲ散らかしたカツラを被りやがって!」
「それが、私のポリシーだ」
「そんなポリシー!知るか!」
「喰らえ!パワーアップしたカツラアタックを!」
カツラを裏返し、腕に巻き付けると、頭を光らせながら、突進してくる。
「里奈!」
その時、ショックから立ち直った夏希が角を曲がってきた。
「汗と蒸せた香りの加齢臭パンチ!マックスエディション!」
「ごめんね」
里奈は躊躇うことなく、夏希の首を掴むと、加齢臭パンチの盾にした。
「!」
声をあげることもなく、気を失った夏希。
「貴様!友達を盾に!」
「うるさい!」
夏希の体で、テカリの直撃を防ぐと、里奈は怪人バーコードの股間を蹴り上げた。
泡を吹いて倒れるバーコードと夏希。
「絶対…帰ろう」
里奈は決意をかためた。
「状況はどうなっている!」
黒タイツの男のもとに、戦闘員が駆け寄る。耳元で報告を聞いた後、黒タイツの男は顔をしかめた。
「やはり…単なる変態ではやつらを倒せないか…。魔神軍団はどうした!」
「きぃ!」
後ろに控えていた戦闘員が、奇声を発した後、報告した。
「魔神ヘビイチゴは、プールに潜んでいます」
巨大な苺から、大量の蛇が生えているとう姿の魔神ヘビイチゴ。
しかし、今…プールは使われていない。
「魔神自動販売機は、中庭に!」
買いに来た人々がお金をいれて、ジュースを取ろうとしても、絶対に取ることはできない…恐怖の自動販売機。
しかし、ろくな飲み物は置いていない。
「…」
しばらく考え込んだ後、黒タイツの男は、頭を抱えた。
「まともな…魔神はいないのか」
そんな騒ぎの中、俺を乗せたリムジンが校門そばに横つきに止まった。
「何やら…騒がしいな」
真田は、少しだけ窓を開け、学校の方を見た。
「うん?」
すると、もう一台…校門を挟んで前方に車が止まった。
「蘭花ちゃん…。今度の映画の話考えといてね」
助手席から降りたサングラスをかけた女に、運転席の男が懇願するように言った。
「はぁ〜い」
一応可愛く返事した後、女は歩き出した。
ちらっと後ろに止まったリムジンを見た後、女は校門を潜った。
歩きながら、サングラスを外すと、女は鼻を鳴らした。
「フン!ああ〜だるいわ」
女の名は、黒谷蘭花。人気アイドルにして、この学園の理事長の孫である。
「うん?」
人目がない為に、大きく欠伸した蘭花の耳に、拡声器の声が飛び込んできた。
「まさか!」
気を引き締めた蘭花の前に、戦闘員達が現れた。
「今日は、我等の貸し切りなりな!」
巨大な鼬が、鎖鎌を振り回す…再生魔神カマイタチが、蘭花の後ろに現れた。
「死ね!」
いきなり、鎌を蘭花の頭上向けて投げつけた。
「帰ろう!」
自宅に帰ることを決めた里奈の前に、新たなる変態…もとい、怪人が現れた。
「お前は!?」
「久しぶりだな!」
「誰?」
首を傾げる里奈に、現れた背広姿の男は軽く転けて見せた。
「お、おのれ!乙女レッド結城里奈!」
「本名を叫ぶな!」
さっきから、正体をばらされているからか…逃げる生徒達の目が、里奈には冷たい。
「まあ〜いい!お前と最初に戦った!私の名を…名前は言ってなかったか!」
男ははっとして、一度咳払いをすると、鞄を突きだし、
「私の名は、怪人セールスマン!貴様に一度、敗れはしたが!今の私に死角はない!」
中から教材を取り出した。
「ははは!もう小学生のドリルはない!くらえ!大学入試アタック!」
怪人セールスマンの能力は、目から脳に訴えかけて、相手の動きを奪う。自由になる為には、示した教材の問題を解くしかないのだ。
「いやあ!」
悲鳴を上げ、顔を背ける里奈。
「無駄だ!受験や試験は必ず、やってくる!我等が支配した世界でも、試験は残してやるわ!ははは!」
高笑いをする怪人セールスマン。
「あ、あたし就職する!でも〜大学で遊びたい!」
「おのれ!学業を何だと思ってるんだ!」
セールスマンは、英語の教材を取り出し、
「これもくらえ!」
さらに攻撃力を増した。
「ぎゃああ!ここは日本よ!ジャパンなんて国はないわ!」
さらに苦しみだすが、何とか堪えている里奈を見て、セールスマンは焦り出した。
「何故だ!?何故堪えれる!」
「もうすぐ〜し、少子化で…よ、選り好みをしなければ…だ、誰でも大学に入れるもん!」
「な!」
里奈の言葉に、セールスマンははっとした。
「つ、つまり…勉強しなくても大学に入れると!お、おのれ〜え!少子化め!」
セールスマンは鞄の中から、新たなる教材を取り出した。
「世の中の厳しさを教えてやる!」
それは、高校二年の教科書だ。
「落第したら、進学はできまいて!」
「ら、落第!?」
未来の大学入試と違い、現実の壁が襲いかかる。
予想以上に怯える里奈を見て、セールスマンは勝利を確信した。
「さらばだ!乙女レッド!」
その時、セールスマンと里奈の間に、1人の女子生徒が割って入った。
「何者だ!私の邪魔をするな!」
セールスマンは、女子生徒にも教材を向けた。
しかし、すべての攻撃は効かなかった。
「な!」
唖然とするセールスマンの顔面に、すらっと細く長い足が突き刺さったからだ。
「ば、馬鹿…」
その場で崩れ落ちるセールスマン。
彼の能力の弱点は、頭が良い生徒には効かないのだ。
「理香子!」
自由になった里奈は冷や汗を拭いながら、前に立つ女子生徒の名を呼んだ。
「大丈夫?」
足を下ろすと、スカートの乱れを直してから、理香子は振り返った。
「あ、あたし…。美人は、頭が悪いと決めつけてた」
里奈は、理香子を見つめながら深呼吸をした。
「どんな偏見よ」
理香子は、顔をしかめ、
「それに、さっきの基本問題でしょ」
里奈に詰め寄った。
「聞きたくたい!」
里奈は耳をふさいだ。
「まったく…」
理香子が呆れていると、廊下の向こうから、男子生徒が駆け寄って来た。
「相原!」
「中島!あんたは、避難してって言ったでしょ!」
学園一の美人ありながら、彼女が好きな男は、冴えないオタクぽく男。
(まあ〜彼氏があんなんだから、少しはバランスがとれてるかな)
と失礼なことを考えた里奈を、いつのまにか理香子が睨んだ。
(ひぇ〜忘れてたよ!こ、この子は、月の女神の生まれ変わりだったんだ)
ガクガクと震え出す里奈に首を傾げた後、中島は言葉を続けた。
「グラウンドで叫んでいるやつは、月の使者と言ってるけど…何かあったの?」
「うん?」
理香子は里奈から目を離すと、廊下の窓からグラウンドの方を見て、
「あんなやつ知らないわ。月の使者だなんて、勝手に!?」
そこまで言ってから、理香子は眉を寄せた。
「空気がおかしい?」
「そりゃあ〜そうでしょ。変態達が暴れているんだから」
呪縛から自由になった里奈は、肩をすくめて見せた。
「違う!ここだけじゃない!」
理香子は慌てて、窓ガラスを開けると、空気を吸った。
「何かが起こっている!?」
「…で、どうします?」
「…」
「ここ実世界ですよね?魔法が使えないのは、わかりますけど…あんな変なのがいるんですか?」
プールから移動したヘビイチゴが、中庭を徘徊していた。
「どうします?部長」
「そうだな」
しばらく考え込んでいたのは、情報倶楽部部長高坂真であった。
その右にいるのが、中小路緑。左にいるのが、犬上輝である。
「やはり…」
逃げ惑う女子生徒の悲鳴が、高坂に決意させた。
「世界が違っても、学園情報倶楽部は、生徒の為に戦うのだ!」
学生服の内ポケットから、ダイヤモンドの乙女ケースを取り出した。
「さすが!部長です」
緑は、木刀を手にした。
「え!」
少し驚いて見せる輝。
「俺が、突破口を開く」
3人で使われていない教室に集まり、今後の対策を練っていた時に、今回の騒動が起こったのだ。
「行くぞ!」
高坂が教室を飛び出し、廊下の窓を飛び越えて中庭に着地したのと同じタイミングで、中庭に飛び込んで来た人物がいた。
「待て!怪物め!」
「待て!怪物め!」
「これ以上、学園を汚すことは許さない!」
「これ以上、学園を汚すことは許さない!」
「この学園情報倶楽部部長!」
「この学園情報倶楽部部長!」
「香坂真琴が!」
「高坂真が!」
「許さない!」
「許さん!」
最後だけ若干違ったが、まったく同じ台詞を口にした2人。
「え!」
2人は顔を見合わせた。
「学園情報倶楽部部長?」
続いて飛びだそうとした緑の動きが、止まる。
「び、美人だ!」
廊下の窓から首を出して、輝は歓喜の声を上げた。
魔神ヘビイチゴを前にして、固まる高坂と香坂。
それは、ある種…運命の出会いであった。