仕方なくて
「今日は、もう寝ろ!明日から、お前は…お前が殺したお嬢様として、生活してもらう」
真田は、ゆっくりと、十メートルは向こうにあるドアへと向かう。
途中で足を止め、俺に向かって振り返った。
「部屋のものは、一切触れるなよ。着替えは、猫沢が用意してくれる。あと…」
真田は、立ち上がった俺を上から下まで、確認した。
「お前が…お嬢様でないことは、ここにいるものと…親衛隊しか知らない。もし、バラした場合は…」
真田の言葉に反応して、猫沢はどこからか、アーミーナイフを取り出した。
「もう理解したと、思うがな…」
真田は、口元に笑みを残しながら、部屋から出ていった。
だだっ広い部屋に、猫沢と二人……果てしなく気まずい。
仕方なく、俺はベットに向かうことにしたが……部屋にベットを見つけるまで、1分はかかってしまった。
十人は寝れる恐ろしいベットに横になった…数秒後、俺はベットから、起き上がった。
ベットの上に、俺の等身大の写真が貼ってあったのだ。まだ見慣れていないから、すぐに反応できなかった。
それだけではない。
冷静に部屋を見回すと、あちらこちらに標識みたいに、俺の写真が貼られている。
「ば、馬鹿な…ここに来て、まだそんなに日がたっていないのに」
「おやすみなさいませ」
唖然とする俺を尻目に、猫沢はいきなり、電気を消した。
真っ暗になったが、何とか見ることができた。
「どうなってるんだ…」
縛られていた時は気付かなかったが、写真だけ、暗闇浮かび上がっていたのだ。
どうやら、蛍光塗料を塗ってるみたいだ。
自分の写真に囲まれて、眠るのは…気持ち悪い。
枕元にあった一番近い写真に、手を伸ばそうとした瞬間、撃鉄を落とす音と、明らかにわかる殺気が、俺に向けられていた。
「ね、寝ます…」
俺は、無理矢理目をつぶった。
殺気は消えた。
(畜生~!こんなことしてる場合ではないのに)
静かになった部屋の外から、メロディが流れてきた。
(レクイエム!?)
どこから聞こえてきたのかはわからない。
飛び起きようとする心とは逆に、他人の体は無理やり俺を睡眠に陥らせた。
「おはよう」
朝、目が覚めて飛び起きた俺の周りを、黒服の男が囲んでいた。
俺の真後ろには、真田がいた。
真田は冷たい視線で、俺を見下ろしながら言った。
「今日から、学校まで…お前をガードする親衛隊の者達だ。挨拶しろ」
俺は状況を理解すると、ベットから起き上がり、頭を下げた。
「こいつらは、お前の正体を知っている。顔を覚えておけ。何かあったら、こいつらにきけ」
「はあ…」
まだ目覚めたばかりで、頭がぼおっとして、突っ込む元気もない。
全員サングラスをかけてるから、誰かわかるはずもない。
真田は人差し指で、眼鏡を上げると、俺の姿にフンと鼻を鳴らし、すぐに背を向けた。
「40分後に出発する。一秒も、無駄にするなよ」
真田と親衛隊はすぐに、部屋を出ていった。
猫沢と俺だけになり、気まずい雰囲気の中、どうしたものかと頭をかいていると、いつのまにか猫沢は俺の後ろに回り、一瞬にして俺に布で、目隠しをした。
「着替えて下さい。もし、目隠しを取った場合」
またこめかみに、冷たい金属の感触がした。
「わ、わかりました…」
俺は手探りで、服を探し、着替えをすることにした。
(この体。やつはつくり変えたと言っていたが…別物だ。俺の体ではない)
着替えながら、体の動きを確かめていた。
「いくぞ」
着替え終わると、猫沢は目隠しを取った。
だだっ広い部屋を出て、明らかに百メートル走はできる廊下を、猫沢に先導されて歩く。
突然、左に曲がり…右に曲がり、またまた左に曲がり…そして、左と思わせて右に曲がり、少し階段を降りて、来た道を少し戻り、階段を降りると、下に着いた。
「今…確実に、無駄な動きがあっただろ!」
俺の突っ込みも、猫沢は無視した。
「着きました…お嬢様」
事務的な口調に妙にトゲのあるトーンで俺に向かって、頭を下げた猫沢を軽く睨みながら、俺は促されて、部屋に入り、唖然となった。
テレビドラマでしか見たことのない…向こうが遥か遠くのテーブル…その上に、並べられた数多くの料理。
その数を数えるだけで、遅刻しそうだ。
「これを食べろと」
猫沢は、頷いた。
朝は、ご飯と味噌汁という生活を、実世界で16年過ごしてきた俺にとって……これは、朝ごはんのレベルをこえていた。
それに、少し離れたところに立つシェフの姿も、プレッシャーを与えていた。
(こ、これは…逃げれない)
扉の前には、猫沢がいる。
仕方なく、意を決した俺は、一番近くの椅子へと向かった。
テーブルは、1人バイキング状態だ。
(よっしゃ!)
心の中で、気合いを入れると、スープを、最初の対戦相手に決めた。
数分後……戦いは、終わった。
何とか…サラダ等3皿は、あけたが…朝は、きつい。
しかし、シェフがじっと、俺を見ている。
プレッシャーに、押し潰されそうだ。
何とか、手を伸ばそうとするけど…知らない内臓が、拒否している。
それでも、手を伸ばそうともがいていると、誰かのすすり泣く声が聞こえてきた。
手を止めて、声の方を見ると、なんとシェフが泣いている。
「このお屋敷のブレックファースト専門シェフとして、雇われて十年…初めて、お嬢様が、口にしてくれたああ!」
シェフは、号泣していた。
目を丸くした俺の椅子を、猫沢が引いて、立つことを促す。
二人で、部屋を後にした。
廊下を歩いていると、猫沢が呟くように言った。
「基本的に、お嬢様は…朝は食べない」
「え?」
俺はさらに、目を丸くした。
「だったら…あの量は…」
猫沢はフッと笑い、
「気分だ」
「気分って…」
引きつる俺は、また迷路のような道を歩くと、数分後…やっと玄関へたどり着いた。
玄関を出ると、正門までの百メートルの歩道の左右に、数百人の使用人…そして、親衛隊が並ぶ。
「気を付けて…いってらっしゃいませ…お嬢様。」
列の中から、真田が出てきて、俺の前で、仰々しく頭を下げた。そして、背中を向けると、ゆっくりと歩きだす。
俺と猫沢は、その後に続く。
「いってらっしゃいませ!お嬢様」
通る度に、使用人達が頭を下げる。
門の前には、ドラマでしか見たことのないような異様に、車体が長いリムジンが止まっていた。
真田がドアを開け、猫沢に背中を突かれて、俺はリムジンに乗り込んだ。
ドアを閉める時、真田が俺の耳元で、囁くように言った。
「ばれたら……殺す」
眼鏡の奥の殺気を感じ、俺は身を震わせた。
リムジンという監獄は、ゆっくりと俺を乗せて、出発した。