突然の入れ替わり
「ったく…はあ~」
俺は…毒づきながら、ため息をついた。スカートを風に靡かせながら…。
渡り廊下を下り、体育館の窓ガラスに映る顔も、俺が意図した顔ではない。
「女に変わるのは、慣れているが…女になるのは初めてだよな」
俺は足を止めて、窓ガラスに映る慣れない顔をまじまじと見つめた。
その時、遠くから悲鳴が聞こえてきた。
「きゃあああああっ!!化けもの」
女性の声に反射的に走り出そうとした俺のそばを、黒い影が追い越して行った。
そのスピードは、人間を超えていた。
「あの背中は!?」
俺は体の不甲斐なさに舌打ちしながらも、もう見えなくなった背中に目を細めた。
「この体じゃなければ!」
窓ガラスに映る俺は、拳を握り締めた。
どうして…こんなことになったのかは、少し前に遡ることになる。
「く、くそ!」
ここに来てから、不甲斐ないことばかりだ。
まあ…といっても、災難ってやつは、どこにでもある。
道の小石に躓いただけなのに、塀に当たって、大怪我とか…。
でもさ…いきなり、殺人犯はないよな。
真っ暗な部屋の真ん中で、俺は椅子に座らされて、後ろ手に縛られていた。
なぜか、俺にだけ照明があたり、目の前の暗闇から、突き出された書類を見せられていた。
「これが…あなたに殺されたお嬢様の遺言書です」
男の表情はわからないが、眼鏡をかけているらしく、レンズだけが闇の中で反射していた。
「ちょっと待て!俺は、殺してくれて言われたが、殺してはいない!」
辻褄の合わない俺の叫びに、男はフッと笑うと、人差し指で眼鏡を上げた。
「無駄です!証拠がありますので」
「証拠!?」
「そうです!証拠、オープン!」
男は指を鳴らすと、さっと横に移動した。
すると、俺の目の前に、スクリーンが降りて来た。
画面に、岩に打ち付ける波が現れ、
「近日公開!」
映画の予告編みたいなのが、流れ始める。
「時間が無駄だ!飛ばします」
男はリモコンを取出し、早送りする。
すると、一気に僕が映り、少女が映り……速すぎて、何があったかわからない。
数分後、END……と画面に出て、部屋は暗闇に戻る。
「これが、証拠のVTRです」
男は髪をかきあげた。
「わ、わかるか!」
俺は、闇に向かって抗議した。
「何?」
闇の中でもわかる程の鋭い眼光が、男の眼鏡の奥から放たれた。
「う!」
思わず昔の癖でびびりながらも、俺は言い返した。
「速すぎてわかるか!」
「やれやれ」
男がため息をつくと、
「仕方がないだろ…普通に流したら、二時間はかかるが…いいのか」
俺の周りにだけ、少し明かりが点いた。
「二時間も話した記憶は、ないぞ」
突然の明かりに目を細めながら反論する俺を見て、男は鼻で笑い、
「ほとんどは、回想だ」
視線を外した。
「じゃあ!いらないだろ」
いらだつ俺を見て、男はまたため息をつき、
「無駄なことを…」
ゆっくりと後ろを振り向くと、顎に手をかけた。
「私は無駄なことが嫌いなのだよ」
すると…後ろの闇から、手が伸びてきて、一枚のディスクを、男に渡した。
男は摘むように、ディスクを右手で掴むと、右の闇に差し込んだ。
すると、再び……スクリーンに映像が流れた。
「あたしを殺して下さい」
少女の言葉。
「え?」
地面に片膝をつけている俺の姿が映り、眼鏡をかけた黒いスーツ姿の男の……レンズが光る。
そして、眼鏡を人差し指で上げ、ゆっくりとその指を、前に突き出す。
「犯人は…」
少女の驚く顔。
「お前だ」
俺の顔のアップが映った。
しばしの間をあけ、男はため息をつくと、俺に訊いた。
「わかったか?」
「わかるか!」
俺は男を睨み、
「どう見ても、編集してるだろうが!」
大声で叫んだ。
「また無駄な時間を過ごすのか……」
男は後ろの闇に向かって、指を鳴らした。
「無駄だから…これですますぞ↓↓↓」
ある日、1人の冴えない少年は、1人の少女に告白された。
あたしを殺して下さい。
驚く少年。
だけど…少女は告げる。
あたしが死んでも、あなたがあたしになる。もっとあたしのことを知ってほしいから。
かくして、冴えない少年は、少女を殺し、少女になったのである。
この物語は、冴えない少年が、主人公の少女を殺した癖に、生き続ける物語である。
というようなナレーションが流れた。
「わかったか?」
男は、俺の方を見た。
「わかるか!それに、俺はやってない!」
「それでも、お前はやっている!」
男は、いつのまにか手にしていたリモコンを左の闇に向けた。
すると、部屋全体に明かりがついた。
その瞬間、俺は唖然とした。
近いと思っていたスクリーンは、遥か向こうにあった。
画面が大きくて、真っ暗であった為、近くに思ったのだ。
見たこともない部屋の広さに、俺の知識では説明できない調度品。
部屋の迫力に圧倒されている俺を見て、男は鼻を鳴らした。
「今日から…この部屋は、お前のものだ」
「お、俺の!?」
目を丸くする俺を、男は軽く睨むと、首を横に振った。
「わたくし…もしくは、私…百歩譲って、あたしだ」
男がまた指を鳴らすと、空中から鏡が降りてきて、椅子に縛られた俺が映る。
その姿に、俺は唖然となった。
「な…な……何いい!」
そこに映っているのは、俺に殺して下さいと言った…少女だった。
「綾瀬太陽…。お前は今日から、開八神茉莉となり、生活を送ることとなる」
男は人差し指で、眼鏡を上げると、
「一応、自己紹介しておこうか。私は、お前の親衛隊隊長兼、側役の真田だ。そして、お前の後ろにいるのは…」
いつのまにか、僕の後ろにメイド姿の女がいた。
女は、僕の縄を解いた。
「お前のお世話をする…猫沢巫女だ」
猫沢は、頭を下げた。
俺は自由になると、自分の体を確認した。
(まだ、あの体にも慣れてなかったのに)
腕の関節を確認して、俺は目を見開いた。
「柔らかい…」
その言葉に、真田はフンと鼻を鳴らした。
「お前の体は…茉莉お嬢様に、そっくりつくってある。まあ〜作り物であるが〜お嬢様の体には、変わりない」
俺の後頭部に、冷たいものが突き付けられた。
「傷つけた場合…殺す」
それは、銃口だった。
後ろを向くと、無表情の猫沢が、拳銃を向けていた。
「ははは……」
俺はただ、笑うしかなかった。




