レクイエム
「ここは!?」
ある歌声に導かれて、僕はある空間にやって来た。
そこは、かつて…砂の世界と言われた場所。
しかし、魔王ライにより破壊されたと…噂で聞いていた。
なのに、僕の足下には大量の砂が積もっており、目の前に昔と変わらない風景が広がっていた。
「人の願いは、止まらない。だけど…叶えることができる人は、ほんの一握り。だから…ここから、砂がなくなることはないわ」
突然、後ろから声がしたので、僕は振り返った。
その声に聞き覚えがあったし、その姿にも見覚えがあった。
「和美さん!?どうして、まだこの世界に…」
僕が驚いたのは、彼女がここにいたことである。
河野和美。
真紅の歌姫。
「別に〜成仏できなかった訳じゃないのよ」
和美は、驚いている僕に肩をすくめて、
「ただ…ここに来る迷い人達の案内人として、残ってるだけよ」
微笑んで見せた。
それから、ゆっくりと空を見上げた。
その動きに釣られて、僕も空を見上げた。
無数の糸が、蜘蛛の巣のように走る宇宙。
その糸の一本一本が、世界である。
「ブルーワールドに危機が迫っているわ」
無数の糸を凝視する僕の耳許で、和美の声がした。
「え」
振り向くと、和美は少し離れた場所にいた。
「厳密に言えば…ブルーワールドではなく、あたし達が生まれた実世界よ」
「!?」
「実世界が、ブルーワールドと重なろうとしている。そうなれば、実世界は崩壊する」
和美は、空に手をかざした。
すると、手のひらに砂が集まる。
その砂をぎゅっと握り締めると、顔を伏せた。
「クッ」
僕は、空を見上げながら、和美に訊いた。
「誰が、そんなことをしょうとしてるんですか!今すぐ実世界に行って…」
「それはやめて!」
和美は、僕の言葉をぴしゃりと止めた。
驚く僕を軽く睨むと、
「原因はわからない。だけど、あなたが実世界に行けば、バランスが崩れるわ」
再び空を見上げた。
「バランス?」その意味がわからなかった。
和美は敢えて、その意味に答えずに、言葉を続けた。
「あなたには、実世界とブルーワールドが重ならないように、注意してほしいの…。そんなことを頼めるのは、この世界を知るあなたくらいよ」
和美は深呼吸をすると、僕に笑顔を向けた。
「赤星浩一くん」
「!」
あまりの美しい笑顔に、僕は息を飲んだ。
そんな僕の表情に気付き、和美は笑った。
「オホン!」
白々しい咳払いをする僕。
和美は微笑みながら、背を向け…僕をここに呼んだ理由を口にし始めた。
「…実世界には、あなたではなく…彼女達に行って貰うわ」
「彼女達?」
首を傾げようとした僕は、砂を踏む音に気付き、後ろを振り返った。
「な!」
後ろに立つ三人を見て、僕は言葉を失った。
「彼女達は、この世界以外では肉体を保てない。だから、あなたの力で!彼女達に、仮初めの肉体を与えてほしいの…」
和美は、あまりのショックでフリーズしている僕の耳許で囁くように言った。
「お願い」
そんなことを言われなくても、僕がこの三人に逆らえるはすがなかった。
「は、はい…」
僕は、コクリと頷いた。
「よかったわ」
和美は満面の笑みをつくると、再び耳許で囁いた。
「天空の女神を呼ばなくてよかったでしょ?」
「あははは…」
もう僕には、笑うしかなかった。
和美は、そんな僕からゆっくりと離れると、三人に顔を向けた。
「実世界…いえ、あたしの生まれた世界をお願い」
和美の願いに、三人はこくりと頷いた。
和美も頷くと、僕の方に顔を向け、
「もう1人…実世界に、向かった子がいるんだけど…彼女は、体が不安定なの」
「不安定?」
「そうよ。早く行ってあげないと」
和美はまた、空を見上げた。
「実世界が崩壊する前に」
そして、そのまま…和美は歌い出した。
鎮魂歌…レクイエムを。