実世界へ
「まだまだ終わらん」
アルテミアの女神の一撃により、巨大コンピューターは完全に破壊された。
しかし、破壊される寸前、コンピューターは最低限のバックアップ情報を…端末の一つに送っていた。
アルテミアの攻撃は、彼女の後ろにあった部屋に直接向けられたなかった故に、地下の施設が崩壊し、天井が崩れ落ちても、一部残っているところがあった。
培養液に満たされていた水槽は、強化ガラスがひび割れ、液体を周囲にばら蒔いていた。しかし、液体が減っていく中で、その中にいた者達は一斉に活動を開始した。
「フフフ…」
活動を開始した一体が、破壊された施設内から、仮面を発見し、頭から被った。
「ここを失っても、私には人類解放軍が残っている。やつらを使い、再び…」
にやりと嫌らしく笑っていると、瓦礫の向こうに誰かの気配を感じ、活動を開始した者達が一斉に、顔を向けた。
「お、お前は!」
「舞子か…」
姿を見せた者の正体に気付き、安堵の表情を浮かべた…数十人の同じ顔を見て、舞子は口許に冷笑を浮かべた。
「ほんと…馬鹿な女…」
呟くように言った後…舞子は、仮面を被った男に手を伸ばした。
「私の計画は、まだ終わらない!これから…」
差し伸べられた舞子の手を掴もうとしたが…彼女に触れることはできなかった。
「違うわ。始まってさえ…いなかったのよ」
舞子は、微笑んだ。
一瞬にして、氷の世界と化した空間を見つめ、同じ姿をした男達に、目を伏せた。
「クラーク…。私は、貴方の生きた証を愚弄してしまったわ。こんな人形に、心を乱されて…」
自分に手を伸ばしたままで、凍り付いた仮面を…舞子は指で弾いた。
その瞬間、仮面にヒビが入り、被っていた中身とともに、粉々になった。
その動きに連動するかのように、すべての活動を開始した者達もまた、粉々に崩れ落ちていった。
「さようなら…幻」
舞子は、床に転がる凍り付いた欠片を一つ…指先で摘まむと、氷の世界に背を向け、その場から消えた。
かつて、安定者達によって、計画された…人類神化プログラムは、こうして完全に幕を下ろした。
もう新しい…オーティスが現れることはなかった。
オーティスを失った人類解放軍が、存続する訳がなく…カリスマを失った組織は、崩壊した。
「夢は夢か…」
舞子が持ち帰った…仮面の一部により、オーティスは死亡したとされたが…死体がない為に、認めない者もいた。
「認めるものか!」
人類解放軍の本部で、ギルバートは、主のいない司令室で、机を叩いた。
「ジーク…ハイネス…」
と呟き、そのまま机の上で、嗚咽した。
「悲しいことだが…あいつのページはとっくに閉じられている。贋作では、物語は続かない」
アンデスの山々に別れを告げて、再び新たな場所に向けて歩き出したアートは、都会にいる人々よりも少し遅れて、解放軍の解体を知った。
「アート!次はどこにいく?」
アートと呼ばれた男の肩に、ティフィンが乗った。
「そうだな…」
アートは、遥か彼方に目を向け、
「世界を分ける、結界のそばにいってみるかな」
人が住む世界と魔界をわける結界の方に、目を細めた。
「いや〜あっ!流石、あたし!」
オーティスが仕掛けた爆弾をすべて除去したのは、自分だと思い込んでいるアルテミアは、地下から脱出すると、自慢げに大空に翼を広げた。
「そうだね」
僕は相づちを打ちながらも、本当はあの時…一瞬だが、人智を超えた力を感知していたことを隠していた。
(あの力は…)
集中していたアルテミアは、気づかなかったようだが…。
僕は、その事をアルテミアに伝えるつもりはなかった。
(人類が…世界の頂点に立つか…)
実世界を知っている僕には、それがいいとは思わなかった。
だけど…この世界の残酷さも知っていた。
(今は…考えるのを止めよう。そのことに答えを出せる程、僕は強くない)
今は、地球が救われたことに感謝しょう。
例え…それが、次の戦いにつながっていたとしても…。
「よく会うわね」
解放軍本部に、オーティスの遺品を届けた後…あてもなくさ迷っていた舞子の前に、リンネが姿を見せた。
表情がない舞子を見て、リンネは肩をすくめて見せた。
「相変わらず…いつも泣いてる女ね」
「!」
リンネの言葉に、舞子は自らの顔を確認した。
泣いてはいない。泣いているつもりはない。
だけど…。
舞子は、苦笑した。
「どんないい男に捨てられたのかしらね」
嫌みぽく言うリンネに、舞子は腕を組んだ。
「捨てられてはいないわ。ただ先に、逝ってしまっただけよ」
舞子の言葉に、リンネは笑った。
「最低の男ね」
「そう…最低よ」
しばし笑い合ってから、リンネも腕を組んだ。
「あなたの世界にいきたい。人間だけしかいない世界を見てみたいの。案内してくれないかしら?」
「何もないわ。何も…。暇潰しにしか」
「その暇潰しが、ほしいの」
リンネは、舞子を見つめた。
「…」
リンネの願いに、舞子は考え込んだ。真剣に。
(え…)
その瞬間、舞子は冷静になった。
(今!わたしは、どこにいるの?)
本部を出てから記憶がなかった。
たださ迷っていた。
と、自ら気付くと、舞子は笑った。
どこにいるか…わからないならば、どこにいても同じである。
「わかったわ」
舞子は頷いた。
「だけど…」
それから、リンネを見、
「あの世界に戻れるの?」
訝しげに首を傾げた。
「簡単よ」
リンネはフフフと含み笑いをし、
「いい女わね。何でもできるのよ」
魔力を発動させた。
「あなたもできるかもよ」
二人の周りの空間が、歪みだした。
「さあ〜行きましょう」
「え」
リンネは、舞子の腕を取ると、歩き出した。
足を進めた瞬間、舞子の周りは変わっていた。
ネオン煌めく夜の町を、二人は歩き出した。
「あ、あり得ない」
舞子は久しぶりに、味わう実世界の臭いに懐かしさより、嫌悪感を少し感じてしまった。
(そうか…。わたしは…)
ブルーワールドで死ぬことを決めていたのだ。
(クラーク)
舞子は、リンネに腕を引かれながら、うっすらと涙が浮かんだ目を瞑った。
「赤星。いくぞ」
月の光の下、アルテミアは目を瞑っていた。かっと見開いた瞬間、空間に道が開いた。
実世界には一度行ったことがあったし、レベルも数段上がっていた。
今は、苦労することなく、実世界…僕の生まれた世界に行くことができる。
「ブルーワールドの魔物が、お前の世界に数百匹紛れ込んだ」
アルテミアは歩き出した。
「お前は、あたしの世界の為に戦ってくれた。今度は、あたしが!」
こうして、僕らは実世界へと旅立った。
そこに、魔物以外の障害が待ち受けていることも知らずに。
END。
そして、魔獣因子編へ。