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女難

「この歌は…いや、歌声は!」


ビルから一気に飛び下りた僕は、着地するとすぐに駆け出した。


僕の頭に、死にかけていた少女の顔が浮かぶ。


(だけど、あの子の歌声は知らない!なのに、なぜ!あの子の顔が浮かぶ?)


僕は何かに急かされるように、風より速く町を駆け抜けた。


「赤星!」


アルテミアの声も、耳に入って来なかった。


(歌は、地下から聴こえる)


だけど、僕は地下街へと下りる階段は無視した。


(この反響…この感じは!)


僕ははっとした。


(地下シェルター!)


場所に気付いた瞬間、僕はテレポートを使った。


シェルターを破壊してはいけないという思いが、普段使わないテレポートを無意識に選択させた。


なぜ使わないのか。


理由は簡単である。テレポートアウトする先の空間の状況を把握していないと、その場所に現れた瞬間、そこにいたものを吹き飛ばすからだ。


だからこそ、できるだけシェルター内の天井を思い描いた。


「どいてくれ!」


テレポートアウトした瞬間、僕は下に向かって叫んだ。


「ひいいい」


突然、空中から声がした為に、シェルター内にいた人々は少しパニックになり、四方八方に散らばった。 その僅かな隙間に、僕は着地した。


(礼拝堂?)


膝を曲げることなく、床に着地した僕の目の前に、赤ん坊を抱く天使の像が目に飛び込んできた。 五メートルくらいはある。


「だ、誰だ!」


突然現れた僕を見て、パニックになる人々。


「に、人間のす、姿をしているが…ま、魔神か!?」


ざっと見回しても、二百人くらいはいる。


僕は目ではなく、気を探りながら、彼女を探した。


「彼は、魔神ではありません」


天使の像の方から、少女の声がした。


「彼の名は、赤星浩一。勇者、赤星浩一様です」


少女がこちらに近づいてくる度に、人々は左右に割れ、道ができていく。


「レダ様」

「レダ様」


「勇者様…」

「赤星様」


人々が口にする名を聞いて、ピアスの中でアルテミアは軽く舌打ちをした。


「勇者赤星様」


僕の前に来た少女は、僕の名を口にし、頭を下げた。


「やはり、君か」


僕は、少女の方に体を向けて微笑んだ。


「レダ」


「はい」


少女も微笑んだ。


「君がいた町は、この星の裏側くらい離れていたはず。まさか…こんなところで会うなんて」


「あなたに出会って、あたしは歌を知りました。そして、その歌を人々に伝える為に、旅に出ました。今もその途中です」


「そうか」


レダの言葉に、僕は笑顔で頷いた。


「赤星様」


レダは一歩前に出て、僕の前で祈りのように手を組み、すがるような目で僕を見上げた。


「この街の人々を助けて下さい。あたしの歌で、一時の安らぎは与えることはできますが…本当の安全を得ることはできません」


「わかっている」


僕は、天井を見上げ、空中に浮かんだ。


「君はここで、人々と一緒にいてくれ。魔物は、すべて…倒す!」


そして、再びテレポートした。


「赤星!あたしにやらせろ!」


青空に向かってテレポートアウトした僕に向かって、アルテミアが叫んだ。


「モード・チェンジ!」


僕は躊躇うことなく、叫んだ。


すると、左手の薬指につけた指輪から光が溢れ出し、僕を包んだ。その光は、遥か上空にある太陽のように眩しかった。


その眩しさを切り裂いて、女神が光臨した。


「ビーナス!光臨!」


そのまま地面に着地したアルテミアを見て、町にいた魔神達は一瞬言葉を失った。


「て、天空の女神!」


「モード・チェンジ!」


アルテミアは顔を伏せながらにやりと笑うと、そう叫んだ。


すると、アルテミアの姿が変わった。


いや、変わったとわかったのは、数秒後だった。


町中にいた魔神達の体に、斬撃の痕が走る。


「うぎゃああ!」


傷口から、遅れて電撃が走る。


「フン」


黒きスーツ姿のアルテミアはライトニングソードを肩に担ぎながら、鼻を鳴らした。


フラッシュモード。


黒き閃光と呼ばれる…アルテミアがスピードアップした姿であった。


「チッ!避けたか」


アルテミアは、眉を寄せた。


「天空の女神!」


死角から、炎の剣を握り締めて斬りかかるヒメカの攻撃を、アルテミアは振り向きもせずにライトニングソードで受け止めた。


「スピードよりも…」


アルテミアの姿が変わる。


「パワーか」


短髪に、黒のボンテージ姿のストロングモード。


「は!」


剣と剣の攻めぎ合いをやめ、アルテミアは回し蹴りをヒメカの腹に叩き込んだ。


「くぅ!」


顔をしかめて、後方にふっ飛んだヒメカ。


アルテミアは、ライトニングソードをトンファーに変えると、ゆっくりと振り向いた。


「フレアの偽者よ。遊びは終わりだ」


「て、天空の女神!」

「我々を!」

「忘れるな!」


先程の斬撃を耐えた魔神達が、アルテミアに襲いかかる。


「うるせいな」


アルテミアは、人差し指を軽く上に上げた。


すると、地面から雷鳴が発生し、魔神達を下から貫いた。


「うぎゃああ!」


炎の魔神達の断末魔を無視して、アルテミアがヒメカのもとに近付こうと、一歩前に出た瞬間、動きを止めた。


「アルテミア!」


僕は思わず、叫んだ。


「次から次へと」


アルテミアは、空を見上げた。


無数の式神ミサイルが、空を覆い尽くし、この町に向かって落下してくるのが確認できた。


「チッ」


アルテミアは舌打ちすると、白き翼を広げた。


「ア、アルテミア!!」


耳許で憎しみを込めた声が、聞こえた。


次の瞬間、アルテミアの右の翼が斬り裂かれていた。


「て、てめえ!」


アルテミアは血走った目で、死角へテレポートしてきた物体を睨み付けた。


出現と同時に、アルテミアの翼を斬り裂いたのは、ディグパープルであった。中にいるのは、ヨルダ・マーティンだ。


「チャリーの敵!」


ディグパープルの手の甲から、鋭い刃が飛び出すと、魔力を帯びて、妖しく輝き出した。


「ぶっ殺す!」


怒りのアルテミアがディグのパープルの方に向くと、 立ち上がったヒメカが炎の鞭をつくり、投げつけた。


炎の鞭は、アルテミアの首に絡み付くと、締め上げた。すると、アルテミアの首筋から煙が上がり、肉の焼ける匂いがした。


(あ、あたしの体が燃えている?)


予想外のことに、アルテミアは目を見開いた。


「アルテミア!」

「て、天空の女神!」


ヒメカとヨルダは同時に、攻撃を仕掛けてきた。


「アルテミア!」


僕は上空に気をやった。


ミサイルはもう一分以内に、町に着弾する。






「司令!弾道ミサイルはすべて、50秒後に、ターゲットに着弾します」


オペレーターの報告に、オーティスは満足そうに頷いた。


「そうか」


「しかし、司令!」


人類解放軍の本部…指令室で、ミサイルの軌道が映された画面を見つめていた隊員が立ち上がった。


「あの町は、魔神に蹂躙されているとはいえ、まだ数百人の民間人が残っているという報告が」


「心配しなくてもよい。民衆のほとんどは、シェルターに避難している。それに…」


オーティスはここで、言葉を切り、改めて話し出した。


「今、あの町には!勇者、赤星浩一がいる!我々人類の希望である彼がな!」


「おお!」


赤星の名に、指令室内に歓声がわき起こった。


その歓声を聞きながら、オーティスは1人、ほくそ笑んでいた。





「くそが!」


頭に血が昇ったアルテミアでは、ミサイルの処理よりも、ヒメカとヨルダの始末を優先すると思った僕は、一気に魔力を上げた。


ピアスの中の僕の魔力が、アルテミアを上回った瞬間、叫んだ。


「モード・チェンジ!」


すると、アルテミアから僕に姿が変わった。


「な!」


驚くヨルダに向けて、炎の気を放つと、ディグパープルは後方にふっ飛んだ。


「赤の王!」


驚きながら、首に巻き付いている鞭をさらに締め付けようと、ヒメカは力を込めた。


しかし、炎の鞭はその瞬間、一瞬で蒸発した。


「ば、馬鹿な」


鞭が消える時に、熱さを感じた手に、ヒメカは驚きの声を上げた。


「こ、これが…赤の王!?」


「時間がない」


僕は天に向けて、腕を突きだした。


「は!」


力を込めると、炎のカーテンが空を覆い、ミサイル群を消滅させた。


爆破したのではない。爆発する前に、一瞬で蒸発させたのだ。





「ミ、ミサイル!すべてロスト!?」


オペレーターの報告に、オーティスは満足気に頷いた。


「これでよい」






尻餅をつき、美しき炎のカーテンを見上げながら、ヨルダは唾を飲み込んだ。


「これが、勇者…赤星浩一。しかし!」


ヨルダはディグシステムを解除した。


「やつは、アルテミアの男!魔王の娘の男!!」


そして、立ち上がると生身のままで、一歩一歩踏み締めながら、歩き出した。


ヨルダの頭に、オーティスの言葉がよみがえる。


(彼は…人間を殺せない)


オーティスは、にやりと笑った。


(そこに、隙ができる)


ヨルダは 抜くことなく、ゆっくりと近付いていった。


(赤星浩一!お前も死ね)


抑えていても、溢れ出すヨルダの殺気を感じ、僕は振り返った。


「あなたは?」


僕は、酒場で会った女の顔を思い出した。


上空の炎のカーテンに赤く照らされていたヨルダの顔に、炎が消えていく度に闇が落ちていく。


(来る!)


僕は、ヨルダの間合いに入っていることに気付いた。


避ける自信はある。


だけど、僕は何故か背中に冷や汗が流れた。


「あ、赤の王!」


唖然としていたヒメカが、我を取り戻した。


ヒメカとヨルダの間に立つ僕の頭に、子供の頃に幼なじみの明菜が言った言葉を思い出した。


(女の子には、優しくするのよ)


僕は心の中で、溜め息をついた。


「赤星!」


ピアスから、アルテミアが叫んだ。


(今日は、女難の日か)


僕はアルテミアを無視し、ヒメカを気にしながらも、ヨルダに体を向けた。

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