憂鬱
「ご苦労だったな」
自らの報告の後、珍しく労を労うライに、リンネは目を見開いた。
「王よ!」
冷静な彼女は、初めて感情を露にして話し出した。
「なぜ黙認されます!あのような者たちを!あなたの力ならば、やつらの小細工など無意味なはずです!」
「リンネ!王に対して、無礼であるぞ」
ライのそばで控えていた蛙男が、口を挟んだ。
「しかし、この星を取引につかって!」
「フッ」
リンネの言葉に、ライは軽く口許を緩めた。
「!?」
「!」
その表情の変化だけで、リンネ達の背中に悪寒が入った。
(寒い?炎でできているあたしの体が!?)
初めての感覚にも、戸惑うリンネ。
「取引か…。そのようなこと。我が父としか…」
呟くように言ったライは、ゆっくりと目を瞑った。
それで、謁見は終わりだった。
リンネは王の力を再確認すると、王座の間から消えた。
「王よ…」
蛙男も一礼をして、その場から消えた。
誰もいなくなると、ライはゆっくりと再び瞼を開け、自らの手のひらを見つめた。そこに走る傷痕を。
「父か…」
ライの脳裏に、赤ん坊を抱くティアナ・アートウッドの姿がよみがえる。
「フッ」
ライが自嘲気味に笑うと、王座の間が暗くなっていく。
やがて、闇の中に彼の姿は沈んでいった。
「クラークが生きている…」
もし事実であれば…。
少し心が軽くなったことに気付き、僕は軽く舌打ちしてみせた。
(やっぱり…人を殺したくない。だけど…)
鬼神の如く、僕の前に立つクラークの姿を思い出した。
(再び…あの人と戦うのか?)
「赤星」
少し弱気になりそうになっていた僕に、体の主導権を得ていたアルテミアが口を開いた。
この星で一番高い場所…エベレストの頂上で、岩に腰掛けて眼下を見下ろしていたアルテミアは、目線を少し上に上げた。
「世界は広いな」
「え」
唐突な言葉に、僕は素っ頓狂な声を出した。
「空は広いが、あるのは雲くらいだ。だけど、その下には命が溢れている」
「そ、そうだね」
僕は相槌をした。
アルテミアは、右手にドラゴンキラーを装着していた。
かつてブラックサンエンスと言われた部隊に参加していた…サーシャが使っていた武器であった。
その武器を持ち、闇に堕ちたアルテミアの前に立ち塞がったのは、サーシャの恋人ロバートであった。
「こいつを、ただのドラゴンキラーと思うなよ。俺とサーシャ…二人の命を刻んでいる」
ロバートは、ドラゴンキラーの切っ先を、アルテミアの心臓に向けた。
「ただ癇癪を起こし、本当に大切なもの…守るべきものもわからぬ馬鹿に、負ける気がしない」
そして、ゆっくりとドラゴンキラーを縦にして構えた。
「人の…思いの強さを教えてやろう」
そう言って、ロバートは魂を対価にして、アルテミアに傷を残し、死んでいった。
「守るべきもの…」
アルテミアは、無意識にピアスを触っていた。
(まだ…漠然としている。お母様のように、人を守る勇者になりたい。だけど…お母様は、人間の敵であるあいつと結ばれた)
アルテミアは、ドラゴンキラーに視線を落とし、
(今は、自分の責任を果たそう。あたしは、勇者として、あいつらと戦うことを選んだのだから)
その場から立ち上がった。
(それに…あたしは、1人じゃない。あたしよりも、戦う理由がないのに。この世界の為に、戦おうとしている馬鹿がいるから)
アルテミアは、後ろを振り返り、遥か彼方を見つめた。
「赤星」
「な、何?」
突然の真剣な口調に、僕は少し戸惑った。
アルテミアは少し間を開けてから、話し出した。
「お前は、人間の為に戦いたいんだろ?だったら、クラークのところにいくべきではないのか?防衛軍は解体したし、あの男がつくった組織なら、少しはましかも知れないぞ」
アルテミアの言葉に、僕はう〜んと唸ってみせた。
「何か問題があるのか?」
アルテミアは首を捻った。
「元々…団体行動が苦手だし…」
と言ってから、僕ははっとした。
「と、と言うか〜。僕は組織というものに属する行為を、信用していない」
実世界での学校というもの。
社会的動物である人間が、その社会に適応する為に、集団生活をし、学ぶ場所。
そんな場所に馴染めない人間もいる。
僕は、そんな1人だった。
「組織に入って、上手くやれるとは思わない。それに…」
僕は心の中で、言葉を続けた。
(僕が入るということは、アルテミアも入ることになる。アルテミアが、組織に馴染めるとは思えないし)
「そうか…」
アルテミアは頷いた。
「お前…無器用そうだもんな」
「え」
アルテミアの言葉に、僕は軽く絶句した。
「そうだよな。お前、どこかどんくさいし…」
アルテミアは目を細め、
「最近、一部のマスコミによる過大評価で、勇者と呼ばれ…調子に乗っているし」
前方を睨んだ。
「ア、アルテミアさん?」
妙に殺気立っていくアルテミアに、僕は焦り出した。
(話がずれてきている)
「く」
アルテミアは顔をしかめると、魔力を発動させた。
「ア、アルテミアさん?」
僕とアルテミアは同化している為、身の危険はないが、やはりどうしても怯えてしまう。
「フン!」
気合いを入れて、アルテミアは腰を捩ると、後方に回し蹴りを放った。空気の壁を破る音速の蹴り。
「また…腕を上げましたな」
その蹴りを、剣を納めている鞘で受け止めたものがいた。
「またお前か…」
アルテミアは蹴り足を下ろすと、軽くため息をついた。
「カイオウ」
「お久しぶりです。アルテミア様」
カイオウは鞘を地面に置くと、片膝を地面につけ、頭を下げた。
「カ、カイオウ!?」
僕は驚きの声を上げた。
カイオウとは、海の騎士団長である。
「傷は癒えたのか?」
アルテミアは腕を組むと、カイオウを見下ろした。
「はい」
カイオウは、自らの左の肩に目をやった。 カイオウの右の肩には、ティアナにつけられた傷痕が…左肩には、アルテミアによってつけられた傷があった。
カイオウは少し微笑んだ後、すぐに表情を引き締めた。
「アルテミア様。あなた様に、お知らせしたいことが…」
カイオウは、リンネとオーティスの交渉を伝え、その結果と人類解放軍の凶行を述べた。
「ち、地球の中心近くに、核爆弾!?」
考えたこともなかった内容に、絶句する僕。
「…」
そんな僕とは対称的に、アルテミアは冷静に自らの足下を見つめ、その遥か下を探った。
「な、なるほどな」
アルテミアは顔をしかめた後、カイオウに顔を向けた。
「物凄い数の爆弾が、埋まっている。しかし、こんなことをしてどうするんだ。もし、すべてが爆発し、この星がなくなったら、すへての生物が滅ぶぞ」
「彼ら人間の考えは、わかりません。しかし…」
「あいつだったら、簡単に処理できるだろ?」
「御意」
アルテミアの言葉に、カイオウは頷いた。
「無意味なことを。人間を滅ぼしても、この星を破壊したりしないはずだ」
アルテミアは腕を組むのをやめると、肩をすくめてみせた。
「まあ〜あたしでも、やろうと思えばできるし〜。それよりも、そんなことをする人類解放軍ってやつは、信用できないな。赤星!さっきの話はなしだ」
「そうですか」
カイオウはゆっくりと立ち上がると、再びアルテミアに頭を下げた。
「安心致しました。今回の件、王は何もなさらないそうです。しかし、アルテミア様でもできるならば…いやあ〜安心いたしました」
「え」
アルテミアは、目を丸くした。
「御免」
カイオウは深々と頭を下げ、その場から消えた。
「海の騎士団長〜カイオウ」
僕はカイオウが去った後、改めて地面の下を探ってみた。
そして、そのあまりの量に普段ならば、絶望するところであるが…アルテミアの言葉に安心していたので、胸を撫で下ろした。
「だけど!やはり、天空の女神だね。僕だったら、こんな神経をつかう作業無理だ」
「あ、当たり前だ!あたしを誰だと思っている!」
アルテミアは少し震えながら、笑ってみせた。
この時、僕は気付かなかった。
無器用な僕とは違うが、アルテミアが大雑把であることに。
「司令。ありがとうございました」
「ご苦労だったな。ギルバート」
アルテミアと赤星浩一に会いに来た軍人から、プロトタイプブラックカードを奪ったのは、オーティス・ハイネス。
人類解放軍本部の一角に、2人はいた。
その部屋は、他とは違い…熱気に包まれていた。
明らかに外気よりも、温度が高い。
その熱気はこの部屋ではなく、奥から流れてきているものだった。
「しかし、残念です。このカードが大量にあったならば、我々は圧倒的な力を手にしたことでしょうに」
ギルバートの言葉に、オーティスは軽く鼻を鳴らし、
「防衛軍は、このカードではないが、ディグの大群を先の戦いで投入した。しかし、勝てなかった」
ブラックカードを、白い軍服の胸ポケットに差し込んだ。
「我々は、力だけに頼ってはいけないだよ」
「は」
ギルバートは、頭を下げた。
「しかし、抑止力はいる」
オーティスは、ギルバートに背を向けた。
「魔王もまた、抑止力のようなものだ」
「…」
ギルバートはゆっくりと、頭を上げた。
「そして、抑止力のもとで、我々人類は真の解放と、尊厳を取り戻すのだ。魔物よりも、優れた存在であると」
「はい」
ギルバートは頷いた。
「では、行ってくる。我々の抑止力のもとにな」
歩き出したオーティスの背中に向けて、ギルバートは右手を上に突き上げ、かかとを揃えた。
「ジーク!ハイネス!」
その言葉に、オーティスはほくそ笑むと、胸元に指を当て、プロトタイプブラックカードを発動させた。
その場から、テレポートして消えたオーティス。
「…」
ギルバートは腕を下ろすと、部屋の奥に目をやった。
その行動だけで、あとはかかとを使い、後ろを向くと歩き出し、 部屋から出ていった。
彼に、疑問はなかった。
軍人に心の動揺はいらない。
ただ勇敢で、命令対して忠実であればよいのだ。
ギルバートは普段の勤務に戻った。