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交渉

何もない空虚な廊下という空間に、ハイヒールの音が響いていた。


規則正しいリズムを刻む歩き方に、彼女の性格が表れていた。


とある有名なアーティストは、こう言っていた。


歩き方でできるか、できないやつかわかると。


灰色の廊下を真っ直ぐ歩いていると唐突に、目の前に扉が現れた。


そして、その前に立つ…1人の女。


彼女は、ハイヒールを鳴らし近付いてくる女に頭を下げた。


「お待ちしておりました」


ハイヒールの女は足を止めて、かけていたサングラスを取った。


赤いハイヒールに赤いスーツ。


灰色の廊下には、場違いの女の出で立ちも、なぜかそれ以外は、彼女に似合わないような感じをさせた。


「リンネ様」


扉の前にいた女は、ブラウンのスーツを着ていた。


扉を開けると、中にリンネを促し、彼女が入った後に数秒、間を開けた後に、自分も中に入り、扉を締めた。


「わざわざご足労頂き、ありがとうございます。炎の騎士団長リンネ殿」


部屋の中も何もなかった。廊下と同じ灰色の壁に、テーブルとソファーがあるだけのシンプルな部屋。


ここが、急造でつくられたことがわかった。もしくは、すぐに破棄できるようにしているのか。


「…」


リンネは、テーブルの向こうでソファーの前に立つ…オーティス・ハイネスを無言で凝視した。


仮面を脱いでいるオーティスは、笑顔をリンネに向け、リンネに座ることを促した。


「あなたが来ると思っていましたよ。他の騎士団長と違い、あなたは聡明な方だ。それに、最近は…人間に興味をお持ちだとか」


「下らない話はいいわ。今回、あたしが足を運んだのは、我が王の命よ。あなたが本当に、あの男なら…我が王とも因縁は浅からぬものになるから。元ホワイトナイツのクラーク・マインド・パーカーならね」


リンネがソファーに座ると、オーティスも腰を下ろした。


その時、扉の前に立つ女に目配せをした。


女は頭を下げると、再び扉の外へ姿を消した。


「この顔を見ても、信用できませんかな?但し、クラークの名は捨てました。今の私は、オーティス・ハイネス。人類解放軍のリーダーですよ」


オーティスの言葉に、リンネは微笑み返すと、彼の目を見つめた。


「だとしたら、ここに来る理由はありませんでしたわ。人類解放軍なる…初めて名を聞く組織に、我が王が交渉する価値はありませんから」


リンネはそう言うと、席を立とうとした。


「そうでしょうか?」


オーティスは、リンネの動きを止めることなく、目線を落とすと、少し口許を緩めた。


「防衛軍とは違い、我々は人類解放軍。解放とはいろんな意味がありますよ」


「?」


オーティスの物言いに、リンネは初めて笑顔以外の表情をつくった。訝しげに、オーティスを見下ろした後、彼女は再び腰を下ろした。


その動きに目をやることなく、オーティスは話を続けた。


「私は、防衛軍の安定者だった彼とは違い…人類が、この世界で生き残る可能性について、無意味に模索することはありませんよ。人は、今まで生きるということに執着し過ぎて、大切なことを忘れていたのですよ」


オーティスはそこで、初めて目線を上げた。


「それは…人間の尊厳です」


「尊厳?」


リンネは少し眉を寄せ、数秒だけオーティスを見つめた後、妖しく微笑みを返した。


「そうです」


オーティスも笑みをつくった。


「…」


リンネは無言で、足を組んだ。


その動きを見て、オーティスは自らの膝に肘を置いた。


そして、リンネを見据え、核心を話し出した。


「あなた方…神レベルのものは、たった1人で世界を…この星を破壊することができる。か弱き人間には、できないことだ」


オーティスは、リンネの表情を読むのを止めた。


「しかし、我々人類も…1人では無理だが…この星を破壊する力を得た」


「それは、核のことかしら?」


「…」


今度は、オーティスが無言で笑った。


「核を使うことはできない。それは、アメリカという愚かな国の最後でわかったはずよ」


リンネの言葉通りであった。


核を使うにしても、爆発させなければいけない。


アメリカは、炎の女神の目に見えない力によって、起爆させることができなかった。


そして、基地内にテレポートされた核によって、国の中枢は崩壊した。


「人は進歩しています。人の技術も」


「!?」


オーティスの言葉に、リンネは目を見開いた後、魔力で周囲を探った。


数秒後、リンネはオーティスを軽く睨んだ。


「いつのまに…」


苦々しく言葉を口にしたリンネに、オーティスは身を起こすと、ソファーに少しもたれた。


「神でもあるライを欺くことは、不可能。しかし、同じ神同士での戦いの最中ならば、ほんの少しだけ出し抜ける」


神同士の戦い。


それは、先日の赤星浩一とアルテミアが、ライに対したことを示していた。


「あなた方騎士団長も、気付いていなかったようですね」


「ええ」


リンネは、笑みをつくりながら頷きながら、魔力を発動させようとした。


「止めた方がいい」


オーティスは、リンネがやろうとしたことを制した。


「用意した爆弾は、特別製だ。魔力を使った干渉が起こった場合、直ちに爆破し…この星を破壊する」


「チッ」


オーティスの言葉に、リンネは小さく舌打ちした。


核爆弾は、彼女の足下…遥か遥か下、約2900キロメートル下にある地球のコアの外側にあるマントルに、数百発埋まっていた。


「この世界は、いい」


オーティスは身をソファーに沈め、


「魔力という力が、圧力も太陽の表面に匹敵する温度から、核爆弾を守ってくる」


目線を下に向けた。


「何を考えているの?」


リンネは、地球の状態を探った後、オーティスに訊いた。


「あなた方神レベル。いや、この世界の人間も、この星の中身など考えたことがないでしょうね?地球が、どれ程の地層に別れ」

「そんなことはどうでもいいわ」


リンネは口調を強めた。


それから、オーティスを睨んだ。


「あなたは人類を救いたいの?それとも、道連れにして、破滅したいの?」


「言ったはずですよ。解放したいと」


オーティスもまたリンネを睨んだ。


「地下に埋めた爆弾。そんな程度で、我が王が動くと思う?」


リンネは一瞬で、感情を消した。


「あなたの王ならば、できるかもしれない。しかし、やってみなければわからない。それに数百発の核が爆発した瞬間、すべてのエネルギーをどこかに捨てることができますか?それに」


オーティスはにやりと笑った。


「先日のように、そんな暇がないかもしれない」


その言葉を聞いた瞬間、リンネはゆっくりと立ち上がった。


「よくわかったわ。王に伝えましょう」


そして、オーティスに背を向けた。


「交渉する価値はないと」


「それは、残念だ」


オーティスはソファーにもたれながら、肩をすくめて見せた。


「お客様のお帰りだ」


オーティスがそう言うと、扉が開き、先ほどの女が中に入ってきた。


女は、リンネを外に促す。


扉を開きながら、頭を下げる女に、通り過ぎる瞬間、リンネは何かを呟いた。


その呟きに、目を見開く女。


扉がしまり、女とオーティスだけになる。


オーティスは苦笑し、


「やはり、神レベルは自信過剰だ。すべてを支配できると思い込んでいる」


再び身を起こすと膝の上に膝をおき、手と手を重ねた。


「クラーク」


女は、オーティスをそう呼んだ。


「…なんだい?」


数秒の間を開け、オーティスは目を、女に向けた。


「あのような脅し…。やつらにはやはり通じないわ」


「脅し?」


女の言葉に、オーティスは目を見開いた。


「脅しではないよ」


「だけど、そんなことをすれば…あなたが守りたい人々が…」


「勘違いしないでくれたまえ」


オーティスは立ち上がり、女を睨んだ。


「俺が守りたいのは、人間の尊厳だ」


そこまで言った後、オーティスは表情を和らげた。


「わかってくれるだろ?舞子」


ソファーから離れると、オーティスは舞子に近寄る。


女の名は守口舞子。


赤星浩一と同じ実世界の人間であり、魔獣因子を持っていた為に、クラークによってブルーワールドに召喚されたものであった。


「クラーク」


舞子の髪に触れようと、手を伸ばしたオーティスは、彼女の言葉に動きを止めた。


「今の俺は、オーティス・ハイネスだ」


そして、オーティスは下唇と噛み締めると、髪に触れることなく、舞子の前を通り過ぎ、扉の向こうに消えた。


「クラーク…」


舞子は再び、その名を呟くように言った。


オーティスのいない空間に向けて。


一筋の涙を流しながら。

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