遊撃
「きええええ!」
奇声を発しながら襲いくる魔物の攻撃を、難なくかわすアルテミア。
巨大な鎌を両手に宿し、天を貫く角を頭に生やした魔物の姿に、アルテミアは鼻を鳴らした。
「単なる魔物が、あたしに勝てるか?」
白いワンピース姿のアルテミアは、滑るように急ブレーキをかけると足を止め、右手を魔物に突き出すと指を曲げ、かかってくるように促した。
すると、魔物は背中から羽を広げ、空へ飛び上がった。
「天空の女神であるあたしに!空中戦を挑むか!」
モード・チェンジしょうとした瞬間、
「うん?」
妙な気配を感じ、アルテミアは右側の視界の端に気を向けた。
黒き影が空に向けて飛び上がり、魔物を切り裂いた。
「!?」
アルテミアは眉を寄せると、飛ぶのを止め、足を地につけた。
「アルテミア?」
ピアスからの僕の声を無視して、アルテミアは空中から着地した物体に目を細めた。
そいつは、先日の防衛軍と魔王軍との戦いで投入されたdigブレードであった。
しかし、色が違った。
オリジナルのディグは黒。量産タイプはオレンジだった。
今目の前にいるディグは、紫色をしていた。
「天空の女神とお見受けするが…」
ディグの装甲が消え、1人の男が姿を見せた。
「防衛軍の生き残りか?」
アルテミアの言葉に、男はせせら笑った。
「防衛軍?天空の女神ともあろうお方が、世の中の変化に疎いとは」
「はあ?」
アルテミアの機嫌が一気に悪くなる。
男はその変化に気付いているのかいないのか、言葉を続けた。
「防衛軍は解体しましたよ。我々は、人類解放軍!人を魔物からの脅威から守る者」
男は、ブラックカードをアルテミアに示し、にやりと笑った。
「カードシステムは、崩壊したはず!?」
驚きの声を上げた僕と違い、アルテミアはただ男の目を見つめた。
「確かに、あなた方によって、カードシステムの要である基地は破壊された。しかし、天空の女神。あなたのお母様であるティアナ・アートウッドによってつくられたカードシステムの初期…プロトタイプは、システムが構築されていなくても、カードを使うことが可能であると示されていた。しかし、一般の…すべての民衆に恩恵を与える為に、そのカードは破棄された」
男はそれだけ言うと、カードを軍服の胸ポケットにいれた。
「で?」
アルテミアは男を睨んだ。
「それだけ言うために、あたしの獲物を横取りしたのかい?」
口調は静かであるが、怒りがこもっているのがわかった。
「単なる説明ですよ」
アルテミアの怒気を感じても、男は物怖じしない。
それどころか、肩をすくめて再び話し出した。
「今回、あなた方に会いに来たのは、他でもない。我々人類解放軍にお誘いに来たのですよ。魔王の娘であるあなたを、我々の同士として迎えようと。それも名誉人類としてね」
男がそう言った瞬間、アルテミアは地面を蹴った。
「魔王とのハーフであるあなたを、人間として」
あまりの速さに、男は気付かない。
その時、再びアルテミアの死角から飛び出す影があった。
「あなたのお母様と同じ〜!?」
男が気付いた時には、アルテミアの二本の指が、眼球のそばにあった。
そして、死角から飛び込んできた刃を、アルテミアはもう片方の指で摘まんで止めていた。
「お見事」
突きの体勢で突っ込んで来たのは、レーンだった。
「う!」
突然、レーンは体をくの字に曲げると、後方にふっ飛んだ。
「な、何の真似ですか?」
いきなり目の前まで移動したアルテミアの動きに、男の額から冷や汗が流れた。
「失せろ」
アルテミアはそれだけ言うと腕を下げ、剣を捨てて、男に背を向けた。
「ば、化け物が!」
男は再び、カードを取り出した。
「魔王軍にも狙われ、我々にも逆らうのか!愚かな!」
変身しょうとしたが、アルテミアの殺気を感じ、男は動けなくなっていた。
それは、周りに潜んでいた他の兵士も同じだった。
「フン」
アルテミアは、無視して歩き出した。
「て、天空の女神!き、貴様はどうでもいい!あ、赤の王!いや、赤星浩一!」
男はカードを握り締めながら、アルテミアの背中に告げた。
「我々人類解放軍の代表である!オーティス・ハイネス!いや!クラーク司令からの伝言を伝える!」
「クラーク?」
男が告げた名前に、アルテミアは足を止めた。
「馬鹿な!彼は死んだはずだ!」
僕はピアスの中で、驚きの声を上げた。
死んだ。
違う。
僕が戦い、殺したのだ。
「司令は死んではいない!」
男は笑い、
「あの方は、人類を救う為に!立たれたのだ!」
天を仰いだ。
「あり得ない!」
僕は叫んだ。
「赤星…」
アルテミアは前を向くと、白き翼を広げた。
「赤星浩一!あの方の言葉を伝える!」
空中に飛び上がったアルテミアに向かって、男は両手を広げながら、叫んだ。
「同志になれ!赤星浩一!」
男の言葉を無視して、アルテミアは一気にその周辺から飛び去った。
「クラーク…。彼が生きていた!?」
絶句している僕に、アルテミアは言った。
「それが真実か。一番わかっているのは、お前だろ?」
その通りだった。
しかし、それでも、僕の心は揺らいでいた。
クラークを殺したことは不本意だった。
しかし、彼によって剣にされた幼なじみの明菜を助ける為には、彼の心臓の血を捧げなければならなかったのだ。
(彼を殺したはずだ)
しかし、彼にはどこか神秘的な何かがあった。
アルテミアの母親であるティアナ・アートウッドとともに、ホワイトナイツと言われた伝説の勇者。
僕と同じ魔獣因子を持っていた存在。
彼との戦いは、僕の考えを変えるほどであった。
人の為に戦う。
同じ目的を持ちながら、戦った2人。
(同士になれ)
もし、彼が生きていたならば、もっと話をしたかった。
(クラーク…マインド…パーカー)
僕は、彼の顔を思い浮かべた。
「…」
アルテミアは何も言わずに数時間、空を飛び回った。
誰も追い付かないスピードで。
彼女にとっても、クラークは興味深い存在のはずだった。
ホワイトナイツ最後の1人であるジャステン・ゲイは、カードシステムを支えるティアナの心臓を取り出す為に、自らの心臓をアルテミアに差しだして死んだ。
僕とアルテミアにとって、あの三人は特別な存在であったのだ。