特別番外編 雷鳴轟く時
天空のエトランゼ〜外伝〜
伝説の戦士の物語。
雷雲から雷が…大気から竜巻が…発生し、空中に浮かぶアルテミアの両腕に装備したチェンジ・ザ・ハートに、それぞれ吸い込まれていく。
六枚の翼に、黄金に輝く鎧を身につけたアルテミアは、血よりも赤く輝き出したチェンジ・ザ・ハートを、地上にいるマリーとネーナに、向けた。
「雷」
「有り得ない…」
ネーナは絶句した。
「空」
「お父様の技…」
マリーは下唇を噛み締める。
アルテミアのきゅっと引き締めた唇の端に、鋭い牙が覗かれた。瞳が更に、赤くなる。
「牙」
雷空牙。
かつて封印された…魔王より受け継ぎし、空の牙。
その牙は、圧倒的な力を持っていた2人の姉に突き刺さった。
数秒後…すべてが吹き飛んだ地上に、アルテミアは立っていた。
魔力の放出を止めると、翼は二枚になり…鎧の輝きが消え、白に戻った。
「お母様…」
アルテミアは、自らの体を包む鎧を見つめた。
その鎧は、かつて…勇者と言われた女が、身につけていたものだった。
ティアナ・アートウッド。
アルテミアの母親にして、魔王ライの伴侶。
雷鳴の戦士と呼ばれた彼女は、すべての学科過程を終了した八歳の頃から…剣を手にして、戦い続けていた。
そして、11歳になろうとした頃、彼女はある噂を耳にしていた。
それは、魔王を倒せる武器…バンパイアキラーの存在を。
その武器は、南アメリカ大陸のどこかにあるのではないかと言われていた。
しかし、南アメリカ大陸は広い。
さらに、緑に覆われたアマゾン川や途方もない長さを持つアンデス山脈は、緯度に関係なく、標高によって、気温が変わり、できる作物も違っていた。
人々は、過ごし安い温帯地域に、村を作った。
しかし、その住み安さと交換にして、魔物に襲われる確率も多かった。
豊かな自然と、高さで気温が変わるアンデス山脈の厳しさは、魔物にとってはあまり苦になることはなかった。
そんな環境であったとしても、人は逃げることなく、数世代に渡り、暮らしていた。
「綺麗ね」
石でつくられた階段の途中で、ティアナは足を止めて、眼下の壮大な景色に微笑んだ。
自然の崖と加工された石を組み合わせ、強固に作られた防御壁は、人々の暮らしを守る為に、楕円形に町を囲んでいた。
その防御壁を、まるで階段のように上っている者がいた。
ティアナ・アートウッドである。
神の祠。
と言われる神殿がある町。
噂だけが周りに伝わっていたが、場所はわからなかった。
ティアナは、アンデス山脈を端から端まで歩いて、その町を探していた。
数ヶ月たって、やっとこの町を発見したのだ。
その間に、訪れた町は20を越え、倒した魔物の数は三桁を越えていた。
それ故に、ティアナの知らないところで、名声はアンデス山脈中に広がっていた。
年端もいかぬ少女が、驚くべき力を持っていると。
そして、このアンデス山脈にはある伝説があった。
ここに住む人々を救う救世主が、海を越えてやってくる。
しかし、その伝説が語られて数百年。
略奪者は来たが、救世主は来なかった。
外から来た人間をも信じられなくなった人々は、他の大陸との関係を切った。
あの十字軍の駐屯の申し出も断っていた。
この世界…ブルーワールドとは表裏一体である実世界に存在したアンデス文明は、スペイン人によって滅ぼされていたが、ブルーワールドでは滅んではいなかった。
過酷な状況であっても…。
外国の進出を拒み続けた結果、アンデス文明は、明らかに他の地域に比べて、文明は進んではいなかった。
魔力で動く機械もなく、何百年と変わらぬ自然。
妖精が風に舞い、魔物達が闊歩していても、それはそれであると…納得しそうになっていたが、そんな訳にもいかなかった。
人々は十字軍を拒んだが、魔物達は拒めなかった。
新たに魔王となったライ率いる軍隊である…騎士団。
火の騎士団。水の騎士団。
そして、魔王直属である…空の騎士団。
強固な防御壁で囲まれた町を嘲笑うように、空に無数の魔物が飛び回っていた。
「緊急事態発生!」
防御壁内に突如、響くサイレン。
空を飛び回る魔物の数が、増えていく。
町に緊張が走り、女子供は石造の家屋に避難した。
その代わりに、対空用の砲台が、町の道路が割れ、地下から姿を見せた。
翼ある魔物である烏天狗が、巨大な口に羽をつけただけという卑猥な魔物達に命じた。
すると、まるで岩でも落ちてくるように、口の魔物が文字通り落下してきた。
「撃て!」
魔物の行動が合図となり、砲台からの一斉射撃が始まった。
口の魔物に知能は、あまりない。ただあるのは、食うだけである。
砲弾が当たり、風船のように空中で破裂する魔物もいたが…落下してくる魔物の数が、尋常ではなかった。
旺盛な食欲を持つ口の魔物は、女子供が避難している家屋の屋根に着地すると、その家自体を食べ出したのだ。
「くっ!」
砲弾を家の屋根に向けたが、撃つことができなかった。
下手をすれば、家屋を破壊するからだ。
「けけけ」
砲台で照準を合わせていた村人は、真後ろから笑い声がして、戦慄した。
次の瞬間、振り向く間もなく、村人の首が飛んだ。
空で指示をしていた烏天狗が、地上に着地していたのだ。
口の魔物の縦の襲撃に、村人達が気を取られている間に、烏天狗達はこうを描き、壁の側面から、低空飛行で接近してきたのだ。
上に気を取られていた人々にとって、その攻撃は死角となった。
次々と背中から切られる村人達。
「な、なめるな!」
砲台を捨て、村人達は剣を取った。
さらに、家屋の中で控えていた村人達も剣を取り、飛び出してきた。
中には、屋根に穴を開けた口の魔物を、家の中から剣で突き刺す者もいた。
「怯むな!」
村人の数が一気に増えた為、空中へ浮かび上がった烏天狗を、妖精の力を借りた鎧をつけた戦士が追う。
「馬鹿目!」
しかし、それは罠だった。
「空中で、我々に勝てるか!」
妖精の力を借り、空を飛ぶ戦士達を小回りで上回り、烏天狗達は次々に手に持った鎌で、切り裂いていく。
「そう…やはり、人間は愚かだ」
そんな騒動の中、ゆっくりと空中から下りてくる魔物がいた。
雀蜂に似た姿を持つ魔物は、町の端に着地すると、全身から無数の針を突きだし、発射した。
外に出ていた村人達の体を貫き…さらに、石造の家屋の壁も貫通した。
空中に浮かんだ烏天狗達の被害は、0。
針の攻撃により、即死した村人達もいたが、殆どは手足や胴体に突き刺さり、身動きが取れなくなっていた。
「毒で殺すこともできたのですが…」
雀蜂の魔物はゆっくりと、町中には向かって歩いていく。
町の中心を走るその道の先に広場があり…その中心に、神殿があった。
「今回は、痺れ薬です」
雀蜂の魔物は楽しそうに、笑い、
「一時間くらいで、痺れはとれますが…」
倒れている村人達のそばに来た。
「それまで…生きれますか?」
「く、くそ!」
足に針が貫通した村人が、何とか剣を振るおうとするが、痺れて動けない。
「に、逃げろ!」
だから、それだけを叫んだ。
針により穴だらけになった家屋から、女子供が飛び出してきた。
どうやら、中にいた男達が盾になって守ったらしい。
飛び出してきた女子供達は、一斉に神殿を目指して走る。
「逃がす訳がないでしょ」
雀蜂の魔物の全身から、針が再び発射されようとした。
その時、雀蜂の後ろから猛スピードで接近する影があった。
「ドキシ様!」
その影に、気付いた烏天狗が空中から飛来してきた。
「うん?」
ゆっくりと振り返った雀蜂の魔物の目に、真っ二つになる烏天狗が映った。
そして、雀蜂の魔物の後ろで剣を振り上げる影の姿があった。
「なるほど」
その剣の一撃を、雀蜂の魔物は細長い腕で受け止めた。
「貴様が、話題の白い鎧の戦士か」
雀蜂の魔物はにやりと笑った。
「くっ!」
剣を振るったのは、ティアナであった。
防御壁に鳴り響くサイレンを聞いて、急いで越えて来たのだ。
「しかし、貴様だけに構っている暇はない」
六本の腕で、ティアナの剣を跳ね返すと、雀蜂の魔物は針を神殿に向かって走る人々に発射した。
「チッ!」
ティアナの目に、生まれたばかりの赤ん坊を抱いて逃げる母親の姿が、映る。
(間に合え!)
ティアナの姿が消えた。
次の瞬間、放たれた無数の針が地上に叩き落とされていた。
そして、激しく息をして、逃げる女子供を背にして立つティアナがいた。
「今の力…魔法ではないな」
雀蜂の魔物は、じっとティアナを見つめ、
「面白い」
羽を広げた。
「ドキシ様!」
空中にいた烏天狗達が、ティアナの頭上に集まった。
「邪魔をするな。お前達は、神殿を破壊しろ。そして、例のものを奪うのだ」
「は!」
雀蜂の魔物の命令に、烏天狗達は女子供の後を追う。
「させるか!」
追撃しょうと振り返ったティアナの目に、雀蜂の魔物が映った。
「!?」
「驚くことはない。私もスピードには自信があるのだよ」
「くそ」
剣を両手で持ち、構えたティアナに、雀蜂の魔物は言った。
「我が名は、空の騎士団師団ドキシ」
「ティアナ・アートウッド」
ティアナも名乗った。
ドキシは笑みをつくり、
「ティアナ・アートウッドよ。残り数秒の命を大切にしなさい」
羽を震わすと、姿が消えた。
「チッ!」
ティアナの姿も消えた。
普通の人間では、目に見えない程の速さで、2人は激突した。
「けけけ!」
その頃、広場に入り、神殿のそばまで来た女子供を追っていた烏天狗達は、空中で壁にぶつかった。
結界である。
「な、生意気な」
烏天狗達は、鎌を見えない壁に叩きつけたが、割れることはなかった。
神殿の回りに、反対側から逃げていた人々も続々と集まってきた。
「女子供は、中に入るのじゃ!」
白髭を腰まで生やした長老が、集まった人々に指示を与えた。
「男は、剣を持ち、備えよ」
長老はそう言うと、結界の外で戦うティアナの方を見た。
「あの方は」
そんな長老のそばを、赤ん坊を抱えた母親が頭を下げて通り過ぎ、神殿の中に避難した。
「どうしました?スピードが落ちてきましたよ」
六本の手に翻弄され、ティアナは防戦一方にまわる。
「確かに、あなたは…人間にしては強い。だけどね」
ドキシは六本の腕を、三本づつ重ねると、ティアナの剣の側面を突き刺した。
「あなたは負ける」
「く」
ティアナは、土を削りながら、後ろに下がった。
「なぜならば…人間だからです」
2人の動きが止まった。
「少しくらいの強さで、私に勝てる訳がない」
「!?」
ティアナの剣が、砕けた。
元々…この数ヶ月、この剣一本で戦い続けてきた為、限界が近かったのであろう。
「その身だけでは、我々に傷一つつけられず、空も飛べない」
ドキシは空中に舞い上がると、突きだしている尻を曲げ、神殿を覆う結界に向けた。
「すべてが、最弱!」
尻から放たれた巨大な針は、結界に突き刺さり…破壊した。
「ああ…」
その様子を見て、絶望の声を出す人々。
「元から、生き続けることなどできないのですよ」
再び地上に、着地したドキシ。
「うん?」
その目に、倒れている戦士から、二本の剣を借りて、構えるティアナの姿が映った。
「何度でやっても…同じ」
とドキシが言った瞬間、彼の体に切り傷が走った。
「な、何!?」
いつのまにか、ティアナが自分の後ろにいた。
その事実を目にして、ドキシの全身が震え…針が突き出された。
神殿の回りでは、烏天狗の群れが、人々に襲いかかろうとしていた。
「待ちなさい!」
その行動を、ドキシが止めた。
「面白い!」
ドキシはゆっくりと振り向くと、ティアナに目をやった。
激しく息をしながらも、二本の剣で構え、自分を睨み付けるティアナに、笑みを送った。
「明日の朝まで待ちましょう」
ドキシは少しだけ、空中に浮かんだ。
「皆殺しにするのは、その時にします。それまで、恐怖するがいい。命があることを!」
ドキシはティアナを見下ろした後、一気に空中に浮かび上がった。
すると、烏天狗も後を追った。
家を食べていた口の魔物達も、慌てて空中に飛び上がった。
その様子を見上げていた人々は、空を見て絶句した。
襲撃した魔物の数の倍の…烏天狗がいたからだ。
「お、終わった…」
村人の一人が、呟くように言った。
「では…数時間後に」
ドキシは空中で、頭を下げた。
その次の瞬間、空を覆い尽くしていた魔物達が、飛び去っていた。
「くそ!」
ティアナの手から、二本の剣が落ちた。
自分の体も限界であった。
次の攻撃は、無理あった。
虚勢をはってみせただけであった。
魔物の気配がなくなったのを確認すると、ティアナはその場で倒れ込んだ。
そして、意識を失った。
二時間後、意識を取り戻したティアナは…神殿の中にいた。