第397話(最終話)天空のエトランゼ
「終わったか…」
雷雲が晴れ、青空が広がる空を見上げながら、アルテミアは呟いた。
「なぜ…とどめを刺さない」
足下に倒れているリンネの言葉に、アルテミアはフッと笑った。
「お前もあたしも…間違ってはいない。ただ…運命ってやつが、あたしに流れただけだ」
アルテミアは笑いながらも、複雑な思いを抱えていた。
「お、お前はあたしを憐れむのか!」
リンネは思わず叫んだ。
だけど、アルテミアは感情的になることなく、歩きだしながらこう答えた。
「あたしとお前は紙一重だ。憐れむはずがない」
「クッ」
リンネは、自らの敗北を悟った。
アルテミアが去った後、アイリとユウリが、そばで控えていた。
「リンネ様…」
2人の言葉に、リンネは笑った。
「これが…自由なのかしら?あの人がいなくなって、自由を得ても…嬉しくないわ」
リンネは、青空を見上げながら、涙を流した。
「こんな自由…望んでなかった」
「…」
リンネの涙に、アイリとユウリは頭を下げたまま何も言うことはなかった。
「王が…」
ギラの腕の中で、目を覚ましたサラの瞳から涙を流した。
数時間ぶりに帰ってきた城も、まったく馴染みのない建造物に見えた。
「…」
ギラはしばし、城を見上げた後、
「王につくられた我らが、今も存在する意味…。我らは次の王の為に尽くさなければならない」
「あ、ああ…」
サラは城を見つめながら、頷いた。
「終わった…いや、始まったのか」
座禅を組んでいたカイオウは、立ち上がった。
そして、渡り廊下に並んだ花壇に頭を下げると、その場から歩き出した。
城から出てきた僕の前に、アルテミアが現れた。
「よおっ!勝ったのか?」
軽く訊いてきたアルテミアに、僕は無理して微笑んでから、こたえた。
「違うよ」
そして、ことの結末を説明をした。
「そっか」
すると、アルテミアは僕の横を通り過ぎ、城の前に立った。
「あいつ…お母様を愛してたんだな」
そして、嬉しそうに呟いた。
すれ違う時、アルテミアの瞳に涙が溢れていたことに気付いたけど、敢えてふれなかった。
「よかった…」
僕の後ろで、声を殺して泣くアルテミア。
僕は振り返ることなく、ただ目を瞑り、そばにいることにした。
魔王ライの死は瞬く間に、世界に広がったが、人々が喜ぶことはなかった。
なぜならば…次の王座についたのは、あの…地上最悪、最強と言われる…ブロンドの悪魔だったからだ。
「アルテミア様のおなあ〜り!」
蛙男の声に導かれ、玉座の間の扉が開いた。
魔神達が左右に立つ赤い絨毯の上を、颯爽とアルテミアが歩く。その身に、白い鎧を纏って。
玉座の右横には、ギラとサラが…左横には、カイオウが控えていた。
ゆっくりと優雅に…そして、少し顎を上げながら歩くアルテミアが玉座についた時、新たなる時代が始まったのだ。
「アルテミア様!」
城中に、歓声がこだました。
いや、魔界中の魔物が、雄叫びを上げた。
その声は、世界を震撼させた。
防衛軍の最高責任者であるジャスティン・ゲイは直ぐ様、病院からおめでとうのメッセージを魔界に送った。
ブロンドの悪魔の即位は、人々に新たなる不安を与えた。
しかし、人々はそんな中でも、希望を捨てなかった。
なぜならば…。
「勇者…赤星浩一がいるからである」
数日後、僕はアルテミアに呼び出されていた。
ここは、ロストアイランド。
一度、大陸そのものが焼きつくされたが、少しずつ自然が戻ってきていた。
「どういうことよ!」
アルテミアの苛立ちは、止まらない。
「あたしが、悪魔で!あんたが、勇者さま〜あ!納得できるか!あたしだって、お母様みたいな勇者になりたかったのに〜い!サラ達が、無理だって言いやがるし!」
怒りを爆発させるアルテミアから、僕は顔をそらし、
「世間の評価なんて…関係ないよ。アルテミアの良さは、僕が知ってるさ」
「あたしの良さ?」
ここで、僕ははっとした。言葉のチョイスを間違った。
「流石は、魔王を倒した勇者様!余裕なお言葉で」
「べ、別に…」
僕は逃げ出したくなかったが、ぐっと我慢した。冷や汗が、背中に流れた。
「そう言えば〜。今、世界で一番かっこいい!一番結婚した〜い男に選ばれたようね」
いつのまにか…アルテミアの手に、人間社会の雑誌が握られていた。
(どうやって、手に入れたんだ)
僕の汗は、止まらない。
「あたしなんて!結婚したくない女!死んでほしい女!酒癖が悪い女!顔は綺麗でも、腹黒い女…etc」
次々に、一位に選ばれたものを発表するアルテミアの言葉は止まらない。
(魔界の女王なんだから…仕方ないだろ)
と思っても、口には出さない。
黙り込む僕をいつのまにか口を閉じたアルテミアが、じっと凝視していた。
それに気付き、僕はさらに顔を伏せた。
「どおして!あんただけ!許さない!」
アルテミアの手の中で、雑誌が燃え上がる。
「あたしのファンはいないのか!」
アルテミアが叫んだ時、
「うん?」
近くに妙な気を感じた。
「この気は!」
アルテミアも気付いた。
「ま、まさか!まだ!」
僕達は、気を感じた方に顔を向けた。
「人間もどきが…」
そこまで言って、僕は言葉を止めた。
数メートル先に、人間もどきの男がいた。
いや、人間もどきの男だが…もう男ではなかった。
「アルテミア…御姉様」
化粧をし、しなをつくりながら立っていたのは…女装した人間もどきの男だった。
「あたしは、愛してます」
くねくねと腰を振りながら、アルテミアに向かってくる人間もどきの男。
「ふざけるな!」
アルテミアは、蹴り飛ばした。
一瞬で、空の彼方に消えていく人間もどきの男。
「あはは…よかったね。ファンがいて」
と思わず言ってしまったから、いけなかった。
「はあ?」
鬼の形相をしたアルテミアが、僕を睨み、
「何だとお!」
「す、すいません!」
謝っても遅かった。
「ぶっ殺す!」
アルテミアの瞳が輝き、魔力が増す。
「ひぇ〜」
僕はただ、怯えた。
「どうせやるつもりで、呼び出したんだ!」
アルテミアの背中に、六枚の翼が生えた。本気である。
「ア、アルテミアさん?」
たじろぐ僕を、アルテミアは指差し、
「あたしは、あたしより弱いやつが嫌いだ!」
「!」
「だけど、強いやつも許さない!」
「む、矛盾してる」
「フン!」
アルテミアは鼻を鳴らしてから、お腹を触ると、
「弱いやつが、父親なんて…かわいそうだろ…」
いきなり顔を真っ赤にさせて、テンションが下がった。
「え!」
僕の目が、点になった。
突然の告白だが、身に覚えがない。
「ま、待て!そんなことをしたか!」
僕は思わず、叫んだ。
「い、一緒に!体を共有してたんだ!いろんな間違いがあ、あ、あっても!おかしくないだろうが!」
「納得できるか!」
「だったら…あたしを…」
アルテミアは、手を横に伸ばした。
「捕まえてみろ!そしたら、お前の好きにさせてやる」
回転する2つの物体が飛んで来たが…僕の方には来ないで、アルテミアの手に向かっていく。
「!」
驚く僕に、アルテミアはにやりと笑った。
「何を驚いている!チェンジ・ザ・ハートには、お母様の意志だけじゃなくて、お父様の意志も入ってるんだから!」
アルテミアはチェンジ・ザ・ハートを合体させ、槍に変えた。
そして、脇に挟んだ。
「あたしのすべてを受け止めてみろ!」
「ア、アルテミア」
その構えは何度も、見たことがあった。
女神の一撃だ。
「A Blow Of Goddess!」
爆風と雷鳴、鎌鼬が、僕を襲う。
「まったく!」
僕は、光の爆発の中に飛び込んだ。
女神の一撃を全身で受けながらも、前に飛び出した。
そして、攻撃の向こうにいるアルテミアに向って、手を伸ばした。
「アルテミア!」
僕は、アルテミアの腕を掴むと、引き寄せて…抱き締めた。
「赤星…」
女神の一撃の光の爆発が、僕らの姿を隠した。
「だって…恥ずかしいじゃない」
アルテミアは、顔を赤くした。
「誰も見てないよ」
「だって〜」
もう会話をする気は、なかった。
僕は、アルテミアの唇に僕の唇を押し付け…そして、強く抱き締めた。
アルテミアも、僕を抱き締めた。
「アルテミア…」
黒い闇の中で、ライは呟いた。
「大丈夫よ…あなた」
小さな光が、闇の中に現れ…それが一瞬で、世界を照らすと、ライの前にティアナがいた。
「あの2人なら、大丈夫」
ティアナの微笑みに、ライは頷いた。
「ああ…そうだな」
アルテミアの脇にあったチェンジ・ザ・ハートは分離すると、2人から離れた。
ぎゅっと抱き締め合う2人の邪魔にならないように…。
天空のエトランゼ Fin。