第396話 万物流転
「どうなってるのよ!これは!」
魔界内を走りながら、カレンは毒づいていた。
上空を雷雲が走り、雷が光っていた。
流石に、魔界内では頻繁に雷が落ちることはなかったが、それでも大気は震えていた。
「こんな時に、バカ師匠とは繋がらないし!」
カレンは、妙な胸騒ぎをおぼえていた。
プロトタイプブラックカードを取りだし、ジャスティンのいる場所を探した。
普段は見つけることができないが、ジャスティンが使った為に反応をキャッチできた。
ポイント残りを見て、テレポートできることを確認した。
「いけるか」
だけど、すぐにテレポートすることを躊躇った。
ジャスティンが、ポイントを使ったということはだ。そこに、恐ろしい程の相手がいるということになる。
足手まといになるのではないかという思いが、カレンの行動を止めていた。
「どうした?ジャスティン・ゲイよ。お前は口だけか?」
空が雷雲に覆われたのを目にした時から、サラの苛立ちは消えていた。もう感情に、とらわれている場合ではないからだ。
逆に、ジャスティンは焦っていた。プロトタイプブラックカードで、体力は回復させたが…モード・チェンジの多用が、肉体そのものにダメージを蓄積していたからだ。
地面に片膝をつきながら、ジャスティンは息を整え、最後の力をただ一点…拳に集中させていた。
(最後のモード・チェンジだ。それも一発いれたら…恐らく体が壊れる)
ジャスティンは、立ち上がった。
(それでもやる!)
「来るか!」
サラは両手を突きだした。
「モード・チェンジ!」
サラを睨みながら、ジャスティンは叫ぶと同時に、地面を蹴った。
「サラブレイク!」
両手からの雷撃が、ジャスティンを襲う。
しかし、避けている体力はない。
(拳よ!)
ジャスティンの脳裏に、ライの攻撃を斬り裂いたティアナの姿がよみがえる。
(先輩のように!光を斬り裂け!)
突きだした拳を手刀に変えると、サラの雷撃を斬り裂いた。
「何!?」
攻撃を放ったほぼ直後に、サラの鳩尾にジャスティンの手刀が突き刺さっていた。
「ば、馬鹿な…。ぐわあっ!」
血を吐き出しながら身をよじるサラが、顔を上に上げた瞬間、雷雲から降ってきた一粒の雨が…彼女の目許に落ち、まるで涙のように流れた。
「く、空牙…さ、ま…」
天を見上げた体勢のまま、サラは気を失った。
逆に、手刀を突き刺さしたジャスティンの方が、前のめりに倒れた。
戦いの激しさから、アスファルトよりも固くなった地面にぶつかっても痛みすら感じなかった。
「見事だ」
ギラが、2人のそばに来た。
サラを見つめ、
「我ら天空の騎士団長を、続けて相手をして勝利したのは、お前が初めてだ」
ゆっくりと屈むと、サラを抱き上げた。
「勝利と言えるかな?」
倒れながらも、ジャスティンは何とか笑って見せた。
「負けとは言わんだろ」
ギラはそう言うと、その場から消えた。
「は、は、は…」
呼吸をするのも辛くなってきた。
プロトタイプブラックカードを使う力もない。
「本当は…次こそと言いたかった…」
意識が消えようとした時、ジャスティンのそばに誰かが駆け寄って来た。
「バカ師匠!」
その声に、ジャスティンは口元を緩めた。
「向こうからのお迎えくらい…あの人がよかったんだが…どうやら、まだのようだな」
「何があった!こんなになるなんて」
カレンは、プロトタイプブラックカードを取り出すと、治癒魔法を発動させた。
「ちょっと騎士団長2人を相手して…。お陰でこの様だ」
傷が癒えたとはいえ、まだ起き上がることが出来ないジャスティンを仰向きにさせると、カレンは膝枕をした。
ジャスティンの目に、空が映る。
「ああ…。やはり、俺1人では…城に行けなかった。魔王を止めることができなかった」
「で、でも…騎士団長に勝ったんでしょ?」
ボロボロのジャスティンを見ていると、なぜかカレンの瞳から涙が流れた。
「勝ち負けなんてどうでもいいだよ。今、大切だったのは…魔王を止めることだ」
ジャスティンは震えながらも、拳を天に向け、
「俺の拳は…あの雲にも届かない」
フッと笑った。
「ジャスティン!」
「同じ痛みを知る者同士だから…。せめて、この体が砕けてもいいから…ライに伝えたかった…。今のお前を見たら…先輩は悲しむと…」
「何言ってるの?」
カレンには、ジャスティンの言葉の意味がわからなかった。
「だけど…恐らく大丈夫だ」
ジャスティンは目を瞑った。
「先輩の意志は…彼らが継いでくれている…」
「ジャスティン?」
カレンの膝の上で、ジャスティンは眠りについた。
魔界に入ってから、寝ずに戦い続けた緊張感が解けたのだ。
戦士のしばしの休息。
「…」
カレンは、そんなジャスティンの髪をそっと撫でてあげた。
「うおお!」
僕はライトニングソードを、振り回す。
「くっ!」
ライの指先が光り、ライトニングソードを受け流す。
しかし、あまりの猛攻にライはじわじわと後退っていく。
「お、お前は何の為に、戦っている!」
ライの質問に、僕は即答した。
「すべてだ!」
「すべてだと!?」
「ああ!僕の知るすべてのものを守りたい!」
「できるものか!」
ライは、ライトニングソードを弾き返した。
後ろによろめく僕の動きが止まった。
「できるか、できないじゃない!その気持ちが、僕を前に押してくれる」
僕はライトニングソードを握り締めると、シャイニングソードに変えようとした。
その時、奇跡は起こった。
目映い光が、ライトニングソードから放たれ、玉座の間を照らした。
「な」
ライは目を見開いたまま、息を止めた。
「あああ…」
僕も驚きの声を上げた。
「あなたは!」
その後ろ姿を初めて見たが、なぜか僕は知っているように感じた。
何処と無く、アルテミアに似ているからだろうか。
背中まであるブロンドの髪。そして、全身を包む…白い鎧。
「赤星君…。貴方が、ライを殺してはいけないわ」
ブロンドの髪の女の人はそう言うと、軽く振り向いた。
「え」
その優しい微笑みに、僕は思わず見とれてしまった。
「アルテミアをよろしくね」
女の人は微笑みながら、前を向いた。
「うわあああっ!」
突然、ライが叫んだ。まるで泣き叫ぶように。
そんなライに、女の人は悲し気に目を伏せた。
「ごめんなさい…あなた…。すべては、あたしがいけなかったの。あなたを狂わせてしまった」
床に、一筋の涙が落ちた。
「違う!俺が、お前を守れなかったのだ!」
ライは首を横に振り、その名を呼んだ。
「ティアナ!」
「あなた…」
ティアナは涙を拭うことなく、ライに向かって走り出した。
両手を広げ、ライはティアナを待つ。
ティアナが、ライの胸に飛び込み…ライが、ティアナを抱き締めた時…すべては終わった。
「うぐぅ!」
ライの手に握られていたのは、シャイニングソードだった。
そして、シャイニングソードはライの心臓を貫き、背中まで突き抜けていた。
「ライ!」
まるで、自害したかのようなライの姿に、僕が駆け寄ろうとすると、
「来るな!」
ライの目が輝き、最後の力で僕を吹き飛ばした。
「く!」
玉座の間の扉近くまで、後ろに下がった僕が再び、ライに近付こうと顔を上げた時には、彼の体は光の粒のように足下から分解していた。
「赤の王…いや、赤星浩一よ」
ライは消滅しながらも、僕に微笑んでいた。
「娘を…を頼む…」
「!」
僕は目を見開いた。
目の前にいるのは、魔王ではなく…1人の父親だった。
「フッ」
驚く僕の顔がおかしかったのか…ライは笑いながら、消滅した。
光になることが、定めだったかのように。
それは…まるで万物流転。
氷が水になり、水蒸気になって、空へ流れていくように…すべてはものは、常に形を変えて、移り変わっていく。
彼の心はやっと…流れたのだ。永遠に続くかもしれなかった呪縛から。
心臓に突き刺さっていたシャイニングソードは、ライが消滅すると同時に床に落ちると、分離して…どこかに飛んでいった。
「…」
静けさが支配するようになった玉座の間で、しばし立ち尽くす僕は…数秒後、世界の変化に気付いた。
「雷が…止んでいる」
世界を覆った雷雲は、ライの消滅とともに姿を消した。
青空が戻り…世界はいつもと変わらない自然な姿を取り戻した。