第2話 寝たくない!
「うわああああああっ!」
がばっと起き上がると、僕は…ベットの中にいた。周りを見回しても、翼竜なんていないし、全身を確認しても、女じゃない。ほっとすると、僕はまたベットに倒れ込もうとした。
しかし、途中でギョッとなると、がばっと身を起こし、時計を見た。
「ち、ち、遅刻だあ!」
僕は慌てて、ベットから飛び下りると、パジャマを脱ぎ捨てた。
「どうして、起こしてくれなかったんだよ」
二階から階段を下りながら、僕はキッチンにいる母親の背中を睨んだ。
「起こしに行ったわよ。でも、起きないんだもの」
母親は振り返ると、妹に味噌汁の渡しながら、嘆くように言った。
「モード・チェンジとか、叫んでるし…」
「アニメの見過ぎよ」
妹の綾子は、ご飯を食べながらこっちを見ずに言った。
「兄貴。夜中…ずぅと叫んでたんだから、うるさくて、うるさくて」
綾子の部屋は、僕の隣だ。
「大丈夫なの?何か、悩みでもあるのかい?」
「あるわけないじゃん!兄貴に。ただのオタクよ」
母親の言葉に、綾子はそう言い切ると席を立ち、鞄をつかんだ。
「気をつけて。いってらっしゃい」
「はぁ〜い」
綾子は、テーブルにつく僕をちらっと見て、
「兄貴!ピアスなんてしてるの。似合わねえ〜」
そう言うと、顔をしかめたまま、学校へと向かった。
「え」
僕は驚き、恐る恐る耳を触った。
「指輪もしてるのかい?」
母親は少し、驚いていた。
「え」
僕は、耳を触ろうとして左手を見た。左手の薬指に、指輪はあった。
「彼女でもできた?」
少し嬉しそうな母親の問いに、僕は思わず首を横に振った。
「そうよねぇ〜。でも、色気づいたということか。ついに、息子が!」
「はあ~」
体が異常に、ダルい。何とか間に合った一限目。席に着いたが、激しい眠気で、ふらふらしてしまう。
まるで、振り子人形のような僕の状態に気づき、
「どうした?赤星。そんなに、俺の授業は、退屈かあ?」
数学の先生が動きを止め、黒板から振り返ると、僕を睨んだ。
「いえ…そ、そんなことは…」
と言いながらも、椅子から落ちそうになる。
「赤星!」
先生が放ったチョークが、額にヒットした瞬間、僕は…机に倒れるように、眠りについた。
そして、また…知らない世界にいた。
「よぉっ」
ピアスから、声がした。
「ぼおっとしてないで!さっさと、ポイントゲットしに行くぞ」
「僕は…一体…」
「悩むな!悩む暇があったら、ポイントゲットだ」
「き、君は…一体何なんだ」
「昨日言っただろ。勇者だって」
「勇者?…ここは一体…」
「あたしの住む世界だ。まあ〜あんたの世界とは、違うわね」
「ち、ちがう…?」
「ああ…。最初から、説明すんのかよ!うざいなあー」
アルテミアは、ため息をついた。
「この世界は、あんたの世界と違い…科学より、魔法が発達した世界よ」
「でも…建物とか、服装とか、変わらない…」
「当たり前でしょ。あんたのイメージしてるのは、中世でしょ!中世!今は、近代なのよ」
アルテミアは僕の脳から、情報を引き出せるらしい。
僕はゆっくりと、街中を観察しながら、歩くことにした。
先程…翼竜に破壊されたビルは、何人かが魔法で直していた。彼らが、被るヘルメットには、”安全第一!魔法建設"と書いてある。
「ここは、あんたの世界の…もう一つの可能性の世界かもね」
アルテミアの言葉を証明するように、なんとコンビニがあった。
さすがに、会社の名前は知らないけど。
「あと…絶対、胸のポケットに入っているカードを無くさないように」
僕は学生服の胸ポケットから、いつのまにかあるカードを取り出した。
「この世界の通貨は、すべてポイントよ。魔法を使うのも、ポイントを消費するの」
「そ、そうなんだ」
どれだけあるのか期待しながら、僕はカードを見た。画面に表示される…只今の残高0だ。
「人やペット以外のモンスターを退治したり…まあ、普通に仕事しても、ポイントはゲットできるけど」
僕は肩を落としながらも、カードをマジマジと見た。
「だけど…真面目に働くよりも、モンスター倒した方が、ポイントは貯まるし…レベルも上がるけどね」
「レベル?」
「カードの一番上を見て」
「0,5…」
僕は首を傾げた。
アルテミアは大笑いした後、説明した。
「大体、赤ん坊と同じくらいね」
「え!」
「大体…戦士じゃない一般人のレベルは、5〜11。5以上で、日常生活魔法が使えるわ」
「じゃあ…僕は…」
「魔法は使えないし、ポイントゼロだから、ご飯も買えない」
僕はへなへなと、その場に崩れ落ちた。
「心配しなくていい。その辺の路地に入れば」
アルテミアに言われるまま、僕はコンビニとビルの間の路地に入った。狭い路地は、コンビニやレストランや、何かのゴミ捨て場だった。当然のように僕の世界の如く、ゴキブリやネズミがいっぱいいた。
「ネズミは、無理ぽいから…ゴキブリを踏め」
アルテミアの言葉に、僕はギョッとなる。
「え!」
「早く、踏め。命令だ」
有無を言わせないアルテミアの口調に渋々、僕は…ゴギブリを一匹、踏み潰した。
(ポイント、ゲット!)
カードが鳴った。
1ポイントだが、ポイントがついた。
「害虫駆除も、仕事だ」
アルテミアはそう言うと、僕に命じた。
「1ポイントでもあれば、いける!叫べ!モード・チェンジと」
「モード・チェンジ!」
やけくそ気味に、僕は叫んだ。
光が包み、
「ヴィーナス!光臨」
僕は、アルテミアに変わった。
その瞬間、カードのレベル表示は一気に、108に跳ね上がった。
「あんたに教えてあげる」
アルテミアは片手で、カードをヒラヒラさせながら歩き出した。
「この世界は…」
アルテミアが、路地を出て真っ直ぐ向かった場所は…。
勢いよくドアを開け、アルテミアは、謎の店内に入った。
「いらっしゃい!」
「ポイントよ」
いかついお兄さん達が、笑顔でひしめき合う店内。
ポイント高利貸し。ほのぼのポイント。
店内にいた人々は、アルテミアを見て、凍り付く。
そんな人々を気にもせず、アルテミアは店の一番奥のテーブル席に向かうと、一番仕立てのいい紺のスーツを着た男の前で止まった。
ソファに深々と座ると、アルテミアは男に告げた。
「ポイント。百万」
責任者と思われる男の顔が、引きつる。
「ここは…一般の方向けの…」
アルテミアは少し笑うと、その男を睨んだ。
「人生…」
アルテミアは、店内を見回した後、満面の笑みをつくった。
「短かったねえ〜ご苦労様」
その言葉をきいた男は背筋を伸ばすと、深々と頭を下げた。
「き、今日は、六十万しかありません」
「六十万〜しけてるなあ〜」
「あのお…。大体…普通の社会人で、1ヶ月…1000ポイントかと…」
男の言葉ににこっと笑った後、アルテミアはテーブルを手刀で、軽く真っ二つにした。
「御託はいいんだよ」
震え上がる男に代わって、
「あのお…これは酷いかと…」
僕が思わず口を挟んだ。
「じゃあ…てめえ。ゴギブリ、百万匹殺すんだな」
アルテミアはドスのきいた声で、僕に向かって言った。
絶対…無理だった。
数秒後。
「ありがとう」
ポイントが貯まったカードを胸元に差し込むと、ニコニコしながらアルテミアはソファから立ち上がるといきなり、男の首筋にどこからか取り出した剣を軽く当てた。
「ど、どうかしましたか…気に入らないことでも…」
男は、両手を上げた。
アルテミアは妖しい微笑みを浮かべ、剣先を軽く…男の首筋に押し付けた。
「あんたらさあ~知らない?」
「な、何をですか…」
「あんた~ここの責任者でしょ。裏情報を知ってるはず」
「な、何のですか…」
「チッ」
軽く舌打ちすると、アルテミアは顔を近づけた。
「あたしの武器…チェンジ・ザ・ハートを、盗んだやつだよ」
「し、知りません」
「本当か?」
アルテミアは、剣先で軽く首筋をつつく。
「あ、あれは…盗まれたんじゃなくて…競輪場で、夢中になりすぎて…忘れたと聞いておりますが…」
アルテミアは軽く、男の首を刺した。
「嫌なことを、思い出させたな」
「ヒイ!」
小さく悲鳴を上げた男。
アルテミアは競輪で負け、ポイントがすからかんになり、武器までなくしていたのだ。魔王戦前の景気づけだったらしいけど。
結局、ポイントは、その辺のおっさんから巻き上げたが……結果、武器なしで戦い、負けたのだ。
「教えろ!チェンジ・ザ・ハートを持ってるやつを!」
「あ、あの武器は、あなた様専用であり…。最低でも、レベル30はないと、人は装備することすらできません。そんな物…まともな人間は、盗みませんよ。だから…」
「だから、何だ?」
男の首筋は、軽く傷だらけになっている。
「だ、だから…噂ですけど…。狼男が持っていると」
「狼男?」
「はい。マシュマロ森の狼男」
「からくり義手のバイか…」
アルテミアは、そいつを知っているみたいだ。
「わかった。ありがとう」
アルテミアは剣を、後に投げ捨てた。
すると剣は、店のモットーが書いてある額縁に突き刺さった。お客様第一とか書いてある字の真ん中に。
「あんなのうそぱちだ」
アルテミアは、店を出ると、大きく背伸びをした。
「マシュマロ森なら、近いな」
店前を歩く人々は、アルテミアを見ると、そそくさと早足で通り過ぎていく。
そんなことなど気にもせず、アルテミアは上機嫌だ。
「ポイントがあるし、召喚するか」
アルテミアは、カードを胸元から取り出し、表面にあるキーを打ち始めた。
(パスワード・クリアー。召喚します)
いきなり、アルテミアの前の空間に穴が開き、バイクが出現した。
バイクといっても、タイヤはない。
カードをハンドル中央に差し込むと、バイクは起動した。
アルテミアのレベルを感じて、バイクが変形する。
「どうなってるの!?」
僕は、目を丸くした。
「この世界の乗り物は、乗り手のレベルによって、性能が変わるんだよ」
まるで、燕のような翼がついたバイクに変わった。
「いけー!」
アルテミアが、叫んだ瞬間…。
「よかった…。赤星くん、気がついたのね」
僕は…ベットの中で、目が覚めた。
どうやら、先生のチョークを受けて、気絶したということになっているらしい。
そして、そのまま…保健室に運ばれたみたいだ。
「打ち所が、悪かったのね」
保健委員である矢崎絵里が、僕のそばに立っていた。
その事実に今、気づいた。
(保健室に、2人っきりじゃないか!?)
先程までの喧騒を忘れて、僕の顔が、真っ赤になっていくのがわかる。
僕は、矢崎さんに憧れていた。
「赤星くん」
「あっ、はい」
矢崎は、にこっと微笑んだ。
「気がついたし、大丈夫そうだから……。私はもう、教室に戻るね」
「え?」
さっさと躊躇いもなく、保健室を出ていく矢崎。
僕の幸せな時間は、とっても短かった。