第391話 王の憂鬱
「では、御免」
顔を下げて、玉座の間から消えたカイオウ。
その様子を、無言で聞いていたライ。
カイオウがいなくなっても続く静寂に堪えられずに、玉座の横にいた蛙男が口を開いた。
「せ、折角…お造りになられた人間もどきが、全滅なさったようで…」
「…」
ライはこたえない。
「し、しかし!あの者達は、簡単に造れ…」
「人間もどきではない」
冷や汗を流しながら話す蛙男の心臓が、ライの一言で一瞬動きを止めた。
「は!」
言葉がでない蛙男を見ずに、ライはカイオウがいた空間を見つめながら、
「やつらは、人間として造った。新たな人間としてな」
ゆっくりを左手を前に出した。
すると、手のひらの上に、女の形をした粘土細工のようなものができたが…ライは握り潰した。
「やはり…人間は不要。人間とつくものは、この世界に不要だ」
そして、ゆっくりと玉座から立ち上がると、
「すべて滅するだけだ」
ライの瞳が、赤く光った。
その魔力を感じ、蛙男は思わず土下座をしていた。
「行くぞ」
そのままテレポートしょうとするライの耳に、サラの声が飛び込んで来た。
「お待ち下さい」
玉座の間に姿を見せたサラは、ライの前で跪くと、頭を下げ、
「アルテミア様が、こちらに向かっているという情報が飛び込んで来ています。さらに、少々厄介な人間もこちらに向かっております」
「アルテミアが!?」
サラの言葉に、ライは再び座り直した。
「はい」
サラの報告に、ライはにやりと笑った。
「よかろう」
それから頷き、サラを見下ろすと、
「お前の望み通り、待ってやろう。しかし、これが最後になるがな」
「ありがとうございます」
サラは、深々と頭を下げた。
「フン」
そんなサラに、ライは鼻を鳴らした。
「では…失礼します」
サラはライを見ることなく、頭を下げたまま、玉座の間から姿を消した。
「アルテミア様が来ると!?」
驚く蛙男に、ライは一言だけ言った。
「心配するな。勝負は一瞬だ。城を破壊する暇もないだろう」
「し、しかし、王よ!」
蛙男は立ち上がると、王の横顔を見つめ、
「アルテミア様のそばには、赤の王が…」
そこまで言ってから、息を飲み込んだ。
ライが横目で、自分を見下ろしていたからだ。
「!」
冷や汗が、全身に流れる蛙男。だが…それを拭う余裕もなかった。
「赤の……王?」
ライの言葉を耳にして、蛙男は自分の失態に気付いた。
それも二度目である。
蛙男は潔く、死を覚悟した。
しかし、ライは軽く笑うと、目線を変えた。目の前の空間を睨み付けた。
「やつが来ても同じだ。勝負がすぐにつく」
そう言った後、今度はにやりと笑った。
「よかろう。待ってやろう。お前達を始末してから、人間は皆殺しにしてくれる」
「は!」
蛙男はまた土下座のように、頭を下げた。
ライが、嘘をついているとは思えなかった。
赤の王を殺し、実の娘を殺す。
その思いを変えることは、できなかった。
(時代が変わる)
蛙男は震えながらも、新たな時代の流れを感じていた。
「そうか…。ライが覚悟を決めたか」
「ああ…」
アルプス山脈を越え、実世界でいうことのロシアまで歩いて到達したジャスティンの前に、ギラが立っていた。
「この前のように、気が狂っているようではないな」
「フン」
ジャスティンの言葉に、ギラは鼻を鳴らした。
空に太陽が浮かんでいたが、足下に絡み付く雪がジャスティンの靴を沈ましていた。
だからと言って、場の不利を嘆くことはない。
戦いは、場所を選ぶものではない。
「…で、その戦いに、俺を招待してくれるのかい?」
ジャスティンはそう言いながらも、雪を踏み締めて足場を作った。
「招待状はない。なぜならば…お前は、これ以上先には進めないからだ」
ギラが雪を踏み締めると、一瞬で足下の雪が蒸発した。
「成る程」
ジャスティンは、にやりと笑い、
「お前は、その戦いを見たくないのだな?」
ギラの目を真っ直ぐに見た。
「な」
絶句するギラに、ジャスティンは言葉を続けた。
「だから、ここにいる!気を紛らす為にな!」
「何を!」
ギラの目に、構えたジャスティンの姿が映る。そして、すべてを見据えたような目も…。
「わ、我を愚弄するか!」
ギラの咆哮に、周囲の雪が一瞬で水蒸気に変わる。
「ちょうどいい」
ジャスティンは、ギラの足下に姿を見せた地面にほくそ笑んだ。
「き、貴様は!我々が、王の戦いから逃げて来たの言うのか!」
ギラの怒りは、空気を放電させた。
バチバチと火花が散る空間に目をくれずに、ジャスティンはギラだけを見つめながら、フッと笑った。
「ライの戦いではない。ライとアルテミアの戦いだ!そして…」
「貴様!」
ギラの足が地面を蹴った。まるで、爆弾でも爆発したかのような土埃を舞い上げ、まっすぐにジャスティンに向かって来る。
しかし、ジャスティンは逃げない。ただ左手を後ろに引いた。
「死ね!」
ギラの腕に雷鳴が、絡み付く。
「俺の名は、ジャスティン・ゲイ!偉大なるティアナ・アートウッドの後輩だ!」
2人はすれ違う。
ジャスティンはほんの少し…左手を前に押し出していた。掌底で空気を押し出すように。
「ぐわあっ!」
ギラの巨体の真ん中に、掌の形をした痕が残る。
ギラの突進は、ジャスティンの背中から5メートル程向こうで止まり、片膝を雪の中につけた。
「そ、そうか…」
全身に走る痛みに、ギラははっとした。
すぐに立ち上がると、ギラはゆっくりと振り返った。
「そうだった!ハハハ!」
そして、ジャスティンの背中に向かって笑いだした。
「貴様は、ジャスティン・ゲイ!我が好敵手よ」
「…」
ジャスティンも振り向いた。
「貴様の強さは知っておる!ここから先は、一歩も通さぬぞ!我が主…ライ様とアルテミア様の邪魔はさせぬわ」
「フッ」
ジャスティンは、微笑んだ。
「フッ」
ギラは笑った。
2人は一瞬だけ目を合わせた後、再び動き出した。
先程のように、カウンターを狙うのではなく、ジャスティンも駆け出していた。
「うおおおっ!」
2つの拳がぶつかる時、運命の戦いの開幕を告げた。
世界の運命が、決まる時は近い。