第390話 願い
「貴様の言う本物とは、何よ!」
向けられた刃の先を睨みながら、女はカイオウに訊いた。うなあ
「フン!知れたことよ。自らの意志で行動するもののことよ。貴様らには、個々の意志がない」
「そうかしら?」
「うん?」
不敵に笑った女の表情に、カイオウが眉を寄せた瞬間、後ろから襲いかかるものがいた。
「アルテミア!」
「!」
カイオウは下半身を捻り、剣で飛びかかってきた男を一刀両断で斬り裂いたはずだった。
しかし、空中に浮かび、男は人差し指と親指で刀を掴んでいた。
「がら空きよ!」
体を捻った為に、脇腹をさらすことになったカイオウに、女の拳が迫る。
「フン!」
しかし、瞬きの間に、女は腹から鮮血を噴き上げ、カイオウは女の後ろに移動していた。
「!?」
男は、カイオウがさっきまで立っていた場所に着地した。指先が焼き爛れていた。
「無闇に触らぬことだ」
カイオウは振り返り、男と女に目をやった。
「な、な!?」
女が驚きながら、腹に手をやると、傷口が塞がっていく。しかし、火傷のような水脹れが残っていた。
カイオウは、刀を男の指先からスライドさせて抜くと、神速で移動したのだ。
「お前達!」
女は自分の腹に残った傷口を見つめ、わなわなと震え出すと、カイオウを睨み、
「やれ!」
周りにいる人間もどきに命じた。
ギラとサラの姿をした人間もどきが、手のひらをカイオウに向けた。凄まじい雷撃が、あらゆる方向から放たれた。
「アハハハハ!あたしを傷物にした罰よ!」
女は笑った。
「…」
カイオウは無言で回転すると、剣で空間を斬り裂いた。
雷撃は、空間断層に吸い込まれていく。
その間に地面を蹴り、ジャンプすると、カイオウは人間もどき達の後ろに立ち、背中から斬り裂いて行く。
背中をそらしながら、ギラとサラの姿をした人間もどきは、傷口から発火して、灰になっていく。
「ティアナ様から受け継ぎし、我が剣に一点の曇りもなし」
刀を一振りすると、付着していた血などが取れ、輝きを取り戻した。
「貴様!」
女はカイオウを憎々しく睨み、
「だったら!どうだ!」
周りの人間もどきに、カイオウを指差して見せた。
すると、人間もどきの姿が変わった。
刀を持ったカイオウの姿に。
「コロコロと姿を変える。その己のなさが、貴様達が生きる存在としての意味をなくしておることに、気付かんか…」
カイオウは、ため息をついた。
「やれ!」
女の命令に、一斉に斬りかかるカイオウもどき達。その速さは、神速。
「やれやれ…」
カイオウは軽く肩をすくめてから、剣を振るった。
「な!」
絶句する女の目の前で、細切れになり、燃え尽きる…カイオウもどきの姿が映った。
「確かに、速い」
カイオウは再び、刀の血を拭い、
「しかし…我よりはほんの少し遅い。そんな僅かな差が、命取りになる。さらに、速さだけで…刀に重みがない。それに、攻撃が単純だ。経験がないものに、深みはない」
次々にダメ出しをするカイオウに、女はヒステリックにこたえた。
「うるさい!」
眉間に皺を寄せながら、
「そんなもの!数の原理でぶっ潰してやるわ」
人間もどきに命じた。
「行け!」
その声は、九州中にいる人間もどきに一瞬で伝わった。
ぞろぞろと移動し、近くにいたものから、カイオウに襲いかかろうとした時…男だけが別の方向を見ていた。
「あ、あ、あ、あ」
興奮したように、天に両手を上げる男の様子に気付き、女も空を見上げた。
「フッ…」
カイオウは顔を伏せ、目を瞑り…刀を下ろした。
「真打ち登場か…」
そう呟くように言うと、顔を上げてから、軽く頭を下げた。
すると、カイオウは空間に混ざるように消えた。
「くっ!」
女は、顔をしかめた。もうカイオウのことなど、どうでもよくなっていた。
「あ、あ、あ、あ」
「アルテミア!!」
女は絶叫した。
雲の切れ間から、六枚の翼を広げた天使が舞い降りて来た。
「赤星」
アルテミアは気を探ると、僕に言った。
「この土地に、人間はいない!一気に殲滅するぞ」
アルテミアの周りを、回転する2つの物体が飛び回る。それらを掴むと、アルテミアは一つにした。
「でも…できる限り自然は残して!」
僕の願いに、アルテミアは頷き、
「わかっている」
槍となったチェンジ・ザ・ハートを脇に挟んだ。
「やつらだけを滅する!」
アルテミアの両目が赤く輝き、魔力が増す。
「アルテミア!」
女の怒りの感情に呼応して、カイオウの姿になっていた人間もどきが、アルテミアに変化しょうとした。
「うおおっ!」
アルテミアは空中で咆哮すると、槍を回転させた。
雷鳴と竜巻、さらに津波と地震、雷雨とマグマの竜が、地表から飛び出して来た。
「し、自然が!」
阿蘇山や桜島をも飲み込み、九州地方のすべてを包む…光球が発生した。
その輝きは、防衛軍が張った結界を破壊し、日本や朝鮮半島を太陽よりも眩しく照らした。
「…」
数秒後…光が止むと、アルテミアは地表を見つめながら、呟くように言った。
「女神の乱撃…」
「な」
僕は目を丸くした。
思った程、地上が破壊されていなかったからだ。
マグマの竜が噴き出した穴などは空いているが、それほどのダメージはない。
下手したら、桜島くらい吹き飛んでいると思っていたからだ。
そして、それよりも驚いたことは…人間もどきの反応がまったくなくなっていることだった。
「…これで…お前達を倒せば、新しいやつらは生まれない」
アルテミアは横目で、真横を見た。
「アルテミア!」
激しい汗をかきながら、肩で息をする女が、空中に浮かんでいた。女神の乱撃が発動される寸前、空に飛んだのだ。
「フン。逃げ足は速いな」
アルテミアは笑った。
「き、貴様!」
女は、アルテミアに襲いかかった。
しかし、アルテミアは軽く回し蹴りを、女の脇腹に叩き込むと、地上に向けて払い落とした。
「アルテミア!」
蹴りの次は、裏拳を誰もいないはずの真後ろに叩き込んだ。
すると、男の顔面にヒットした。
女と違い、アルテミアの姿を見て、男は空中に飛び上がっていたのだ。
「モード・チェンジ!」
アルテミアの姿が変わる。
黒いスーツ姿のフラッシュモードになると、振り向き様のドロップキックを男の腹に叩き込み…そのまま、地上へと落下していった。
「ぐぎゃあ!」
凄まじい音と砂煙を上げながら、地上にくの字の形で突き刺さった男を、アルテミアは踏みつける形で立っていた。
「なめやがって」
アルテミアは、かかとを男の腹に食い込ませながら、見下ろし、
「これ以上好きにさせるか!」
その後…世にも恐ろしいことをやってのけたのだ。
「!」
本当に痛い時は、声も出ないのだろう。男はあまりの痛みに、即座に気絶した。
アルテミアが、男の大事なところを踏み潰したのだ。
股間から血が流し、泡を吹いて気を失った男から、アルテミアは離れ、ゆっくりと振り向いた。
「これで…新しい子供を産めないな」
口元に笑みを浮かべるアルテミアを、苦々しく見つめるのは地上まで落下した女だった。
「く!」
アルテミアに蹴られた脇腹を押さえながら、女は一瞬だけ顔をしかめた後、笑って見せた。
「あははは!いいのよ!その男の子供はもう、つくる気がなかったから!」
女はよろめきながら、歩きだした。そして、アルテミアに手を伸ばし、
「あたしが産みたいのは、あなたの子だけよ。赤星様」
アルテミアがつけているピアスに微笑んだ。
「あたしとあなたで、新しい人類を造りましょう。こんな野蛮で、化け物の女の呪縛から逃れて…あなたとあたしで、新しい人間を」
手を伸ばしながら、涙を流す女に、アルテミアは目を細めるだけで、攻撃はしなかった。
「新しい人間を…」
震える手が、ピアスに延びようとした時、
「ごめん…」
アルテミアから、僕に変わった。
僕は女に微笑みかけると、一歩下がった。
「あ、あ…。どうして?」
涙が流し、手を伸ばそうとする女を見て、僕が手を出そうとした時、
「赤星」
アルテミアは無理矢理、体を変えた。
「赤星様!?」
目の前の人物が再び、アルテミアに変わった為に驚き、目を見開いた女が、さらに目玉が飛び出す程に眼孔を開かせた。
「こいつは…あたしが殺る」
アルテミアの手刀が、女の胸から背中までを貫いていた。
「ど、どうして…新しい人間であるあたしよりも…この女を」
女は、最後の力でピアスを掴んだ。
「ごめん」
僕は謝った。
「いやよ!あたしと子供を!」
ピアスを引きちぎろうとしたが、腕を残して体だけが後ろに下がった。
「え」
バランスを崩した女の目に、シャイニングソードを手にしたアルテミアの姿が映る。
「フン!」
気合いとともに、女の体は袈裟斬りの形で真っ二つにされた。
そして、再生するよりも速く、細胞が塵になっていった。
消えていく体で、女はピアスを握ったままの自らの手を見た。
(あたしは…愛する人の子供が欲しかった。一度だけでも…そんな子供を産みたかった)
涙も塵をなり…女は消滅した。
と同時に、ピアスを掴んでいた手も、塵となった。
「ごめん」
僕は、塵となった女がいた空間を見つめ、謝った。
「僕は、君と子供を作れないよ。なぜならば…僕は…」
「行くぞ」
アルテミアは、背を向けて歩き出した。
「もう…人間じゃないから…」
最後の言葉は、口にはしなかった。
こうして、人間もどきの脅威は去った。
気を失い倒れているはずの男の姿が消えていたが、その時は女のように、塵になったと思っていた。
「赤星…」
アルテミアはすぐに飛び立つことをせずに、しばらく大地を歩きながら、ある方向を睨んでいた。
「行くぞ。こんな下らない存在をつくりだしたやつのもとにな!」
アルテミアが睨んでいる遥か先には、ライの居城があった。
大地を踏み締めて歩くアルテミアに、僕は最後の戦いを覚悟した。
再び魔王と激突するのだ。
今度は、封印ではすまないだろう。
互いの命をかけた戦いが始まる。
(だけど…アルテミア)
僕は、アルテミアを戦わすつもりはなかった。
(君を父親殺しにはさせない。戦うのは、僕だ)
もう迷うことはない。
決意を固めた。
僕はすべてをかけて戦うことを、誓った。