第389話 捻れたガラス
すべては、無に帰る。
しかし、無に帰っても人々はそこに…新たな生を願う。
死後の世界、蘇り等。
天国と地獄。
人は死んでもなお、生を願うのか。
はたまた…今、生きている世界から逃れたいのか。
そう…生きることは決して、幸せではない。
しかし、生きれることは幸せであろう。
自らの足で進める自由と意志があるならば、困難も結果として死を迎えたとしても、幸せかもしれない。
「は、は、は、は」
実世界でいう朝鮮半島を越えたカレンは、巨大な石の上で横になっていた。
この先は、魔界の最深部になる。周りに横たわる無数の死骸よりも、カレンは今までの過去を思い出していた。
いや、過去というよりも今まで歩んで来た道を。
そして、これから進むべき先を。
「まったく…ここの方が空が綺麗とは、どういうことよ」
弱肉強食。
人などが簡単には入れない世界では、生きるということが難しい。
魔物同士でも、生きる為に殺し合う。
そんな世界を包むように、自然はただ悠然と広がっていた。
この自然を壊す者はいない。
そんな暇はないからだ。
「いくか」
カレンは起き上がった。
星空はたまに、見上げればいい。
見とれている場合ではなかった。
疲れは癒えていた。
澄んだ空気も心地よい。
魔物の血の匂いも、気にはならない。
それよりも、岩の周囲からもれる殺気が、カレンの肌を刺激した。
「…雑魚か」
カレンは岩から飛び降りると、胸にかけたペンダントからピュアハートを抜き取った。
「できれば…魔神クラスと戦いたかったが」
周囲に潜む魔物のレベルを感じ取ったカレンは、軽くため息をつくと、
「まあ〜贅沢は言えないな」
一瞬で岩から離れ、茂みの中で身を潜めていた魔物の一匹にピュアハートを突き刺した。
「すべてを倒して進む!それだけだ」
魔物が断末魔の声を出す前に、カレンは次の獲物に襲いかかっていた。
その動きを察知して、数十匹の魔物が姿を隠すのをやめて、行動を起こした。
再び静かだった森が、ざわめきだした。
「ったく!あんたに比べたら、月とスッポンね!」
新たなる子供をつくる為に、交わった男と女。
行為中、男は別の女を思い、女は別の男の名を叫んでいた。
「…」
呆けたように、唇の端から涎を流す男は…女の言葉など聞いていない。空想の中に、沈んでいた。
「フン」
そんな男から顔をそらすと、女は前を睨んだ。
「まあ〜いいわ。これは使命だから!だけど、愛ではないの」
女は突然、表情を変え、
「だから!嫉妬しないでね!赤星様」
愛しそうに身をくねらせた。
しばらくそうしてから、白けたように女は、無表情になり、歩き出した。
その後を無数の人間もどきが、続く。
まだ涎を垂らしている男を残して。
「いくわよ。我が子達…。みんなに、新しいパパを紹介してあげるわ」
ここで、女は唇の端をつり上げた。
ぞろぞろと全裸で、女の後ろをついて歩く人間もどきの数は、数百。
「行き先は!」
女は前方を指差し、
「あの方が生まれた国よ!」
きゃっと叫んでしなを作った。
数分後。
ずっとぼおっとしていた男は、周りに誰もいないことに気付き…慌ててテレポートした。
行き先は、日本地区。
太平洋の島々を襲った衝撃が、日本列島を駆け抜けることになった。
九州北東部から、上陸した人間もどきの大群は、朝鮮半島への連絡口である港町を襲撃した。
しかし、太平洋の島々の時は先手を打たれた防衛軍であるが、各地区に飛ばした式神と、前防衛軍が残した監視衛星が残っていたことも幸いし、魔界以外のあらゆる地域に防衛網を張っていた。
人もどきの出現は、即座に港町に伝えられていた。さらに、旧防衛軍の駐屯地が近くにあった為に、一般人の避難は速やかに行われ、さらに反撃も鮮やかであった。
それなのに…防衛軍は壊滅し、九州地方はあっという間に占拠された。
人間もどき…。
彼らはもう…もどきとは言えなかった。
人間を超え、魔物すらも超えた…新たなる生物となっていた。
いや…生物と言えるのか。
癌細胞をベースにした生物。
その増殖の速さは異常であり…さらに彼らは、性欲と食欲以外の感情を与えられていない為に、ある種…意識を共有した。
まるで、ネットで繋がったパソコンのように。
目で情報をスキャンして、相手の能力をコピーする彼らの能力は、仲間同士でダウンロードして共有することができたのだ。
つまり、騎士団長やアルテミアになれるのだ。
例え表面的な力しかコピーできないであろうと、騎士団長とアルテミアの大群に、防衛軍は為す術がなかったのだ。
防衛軍は直ちに、本州と四国に結界を張り、人間もどきの侵入を防ぐことにした。
実世界の沖縄と言われる島も、直ちに結界が張られたが、それだけではなく…防衛軍の戦力が集結していた。
本州と四国で戦った場合、人的被害と数を考え、沖縄の人々を四国にテレポートさせて、戦力を集中させることにしたのだ。
「し、しかし…やつらの力は、一人一人が魔神クラスになりえる危険性があります!防衛軍の戦力では、到底敵いません」
四国にある防衛軍本部内は、パニックになっていた。
忙しく走り回る隊員の間を、早足で歩く副司令の後で報告する兵士が少し興奮気味に報告していた。
「そうかもしれんな。しかし!民衆を守るのが、我々の役目だ。敵わないとしても、戦わなければならない!」
副司令は兵士と別れると、司令室の扉を開けた。
「全軍に通達しろ!やつらの侵攻をこれ以上のさばらすな!新生防衛軍が結成された意味を!今こそ魔王に見せるのだ!」
円卓に並んだ各部署の責任者達が、副司令の言葉に席を立った。
「守るべき戦い!人が、真の強さを見せるのは、そういう戦いだ!我々は、守るべきものがいる限り!決して引きはしない!人間とはどうあるべきなのか!あのような怪物を造り、命を弄ぶ魔王に教えてやるわ!」
数時間後、新生防衛軍の殆どの戦力が、九州の周りに集結した。
「ア、アルテミア〜!」
その頃、人間もどきが占拠した九州地方内にも、異変が起きていた。
アルテミアに擬態している人間もどき達が、襲われていたのだ。
本物ではないとはいえ、アルテミアの能力をコピーした人間もどきを次々に倒し、犯し…喰らうものがいたのだ。
「あんた!何やってんのよ」
人間もどきの母親である女は異変に気付き、襲われている現場に駆けつけたところ…異様なる光景を目にした。
アルテミアもどきに腰を振りながら、噛み付いて肉を喰らう…父親である男の姿を。
「アルテミア!」
男は腰を抜くと、アルテミアもどきから離れ、女を睨んだ。
足下で犯されていたアルテミアもどきは、顔が半分なかった。普通ならば、死んでいるはずであるが…全身を痙攣させると、子供を産んだ。
その時、父親である男の行動を近くで見ていた人間もどき達は突然、真似をし出したのである。
つまり、襲い犯しながら、喰らうである。
「クッ」
周りで始まった行為で言うよりも争いは、押し倒したものを犯し、喰らうという弱肉強食の世界のようになっていた。
女は一瞬で、止められないことを悟った。
人間もどき達は普通の人間を喰らい滅ぼして、新たなる人類になることが目的だった。
しかし、彼らの食欲と性欲は予想をこえていた。
彼らは喰らうべき人間がいなくなれは、共食いを始めるのだ。
それは飽くなき…仲間を増やすという本能に従った結果だった。
いずれ…世界中の人間がいなくなった時に、起こるであろう現象であったが…九州という狭い土地に集まり、防衛軍の活躍により迅速に民衆が避難した為に、餌がなくなり…彼らは早くも飽和状態を迎えたのだ。
仲間内で喰らいながらも、新たに数人の子供を産む。しかし、その子供達もすぐに大きくなり、同じことを繰り返す。
その無限のループはまるで…地獄絵図の餓鬼道を思わせた。
「この子達を、他所の土地に移動させないと」
人間もどきより知能が高い女は、顔をしかめた。
「やはり…こやつらこそが、癌細胞よのう」
「!?」
焦っていた女は、真後ろから声がして驚き、慌てて振り返った。
そこに立っていたのは…。
女は目を見開き、
「カイオウ!」
驚きの声を上げた。
「やはり…こやつらは、この世界の生態系を崩す」
カイオウは目だけで、周囲を確認し、
「人間を喰らい尽くした後には、魔物達も襲うだろう」
ゆっくりと目を細めた。
「騎士団長であるお前が、なぜここにいる!」
女はカイオウを指差し、睨み付けた。
「…」
カイオウは女の質問には答えずに、手に持っていた鞘からゆっくりと剣を抜き取った。
日本刀に似た研ぎ澄まされた刀身が、妖しく輝いた。
「貴様!」
女はカイオウの殺気を感じ、無意識に一歩下がった。
「こ、これは!王の…い、いや!神の命令よ」
女の声が少し、震えていた。
「他の魔神は、王に造られた。しかし、我は違う!」
カイオウは、鞘を地面に突き刺した。
「謀反か!」
女は叫んだ。
「生まれたばかりなのに…難しい言葉を知ってるな」
カイオウは口許に、うっすらと笑みを浮かべた。
「く!な、舐めるな!」
女は目を吊り上げると、周りの人間もどきに命じた。
「お前達!裏切り者を殺せ!」
「フッ」
カイオウは笑った。そして、襲いかかってきた人間もどき達を細切れにした。
「おのれえ〜!」
それを見ていた人間もどき達の姿が、変わる。
カイオウそっくりになり、日本刀も爪の細胞を変化させて造り出す。
数十人のカイオウもどきが一斉に、襲いかかった。
しかし、返り討ちにあった。
「無駄だ。例え姿形を似せても…切れ味は真似られない。それにだ」
カイオウは、目線を下に下げた。
細切れになった肉片が蠢いて、くっ付こうとしていた。
しかし、なぜか…融合できない。
カイオウは、肉片に刀を突き刺し、
「斬った部分の細胞を破壊した」
視線を女に向けた。
「お前達は、本物ではない。粘土細工で造られた紛い物」
そして、口許を緩め
「決して本物にはなれない」
刀を女に向けて、突きだした。