第385話 愛
「赤星…」
アルテミアの感嘆の声を聞きながら、僕はライトニングソードを地面から引き抜いた。
すると、ライトニングソードは分離し、回転しながらどこかへ消えて行った。
「…」
僕は何の感情もない虚ろな瞳で、前を見つめていたが…ゆっくりと目を細めた。
「どうした?」
僕の微妙な変化に気付いたアルテミアが声をかけた瞬間、その者は空間から染みでたように姿を見せた。
「こ、こいつは!」
アルテミアは、驚きの声を上げた。
なぜならば、数時間前に確かに殺した相手が、前にいたからだ。
全裸の女。人間もどきの母だ。
女はじっと僕を見つめた後、声を発した。
「素敵!」
女の目の色が、一瞬で変わった。きらきらと輝く乙女のような瞳に、僕はさらに目を細めた。
そんな僕の心境もわからずに、女は胸の前で腕を組むと、
「今まで子供を産むことは、義務のように思っていたけど!あなたの子供は、産んでみたい!」
今度は目をとろんとさせ、身をよじり、
「こ、これが〜噂に聞く愛!」
両手を広げた。
そんな女の言葉を聞いて、アルテミアは吐き気をもよおしていた。
「赤星…やれ」
吐き気が治まると、冷淡な口調で命じるアルテミアを…何とか無視して、僕は女に言葉を投げ掛けた。
「愛?お前には、相手がいるはずだ。あの男を…愛していないのか?」
「愛?」
女は、僕の質問に嫌な顔をした。
「?」
その表情の変化を訝しげに見た僕に、女はじっと僕の目を見つめながら、言葉を続けた。
「愛なんてないわ。ただの義務。できちゃった結婚みたいなものよ」
「で、できちゃった結婚って…」
言葉を失った僕を見て、女は懇願するように、
「あなたとの子は違う!大切にするわ!」
すがるように言った。
「な」
思わず絶句した僕の耳許で、アルテミアが叫んだ。
「ごちゃごちゃうるさい!あたしに変わりやがれ!」
「う、うん…」
無意識に頷いた僕から、アルテミアに変わった。
「天空の女神!」
女は苦々しく、アルテミアを睨んだ。
「てめえの言うことは、おかしい!気持ち悪い!」
アルテミアは、女を指差し、
「だから!もう一回死にやがれ!」
一歩前に出た。
「やれやれ〜下品な女」
女は思い切り、顔をしかめた。
「裸の女に言われたくないぜ!」
アルテミアの握り締めた拳が、怒りで震えていた。
「だけど…」
女はため息をついた。
「?」
女の雰囲気の変化に、アルテミアが眉を寄せた時…突然、真後ろに誰が飛び込んで来た。
「そんなあんたが、好きなんだって〜」
女は肩をすくめた。
「アルテミア!」
僕の声にはっとしたアルテミアが、振り向くよりも速く、真後ろを取った者は、アルテミアの両手を掴んだ。
「き、貴様!」
信じられない力で、アルテミアを押さえつけたのは、人間もどきの男だった。
「は、離せ!」
もがくアルテミアを押さえつけながら、男は耳許に口を近付け、
「お、おらの…こ、子供さ…産んでくれ」
顔を真っ赤にして、照れながら言う男に、アルテミアは一瞬だけ唖然としたが、腰に当たる固いものに気付き、すぐに怒りで真っ赤になり、
「モード・チェンジ!なめるな!」
姿を変えた。
短髪のストロングモードになったアルテミアは、強引に男の腕を振り払うと、振り向き様に蹴りを払った。
「欲情すんじゃないぜ!」
ボディに蹴りを喰らい、くの字に体を曲げた男の顔に、間髪を入れずにアルテミアの飛び膝蹴りが炸裂した。
今度は、後ろに体をそらし鼻血を流しながら、
「素敵だがや」
もはやどこの方言かわからない言葉を発し、背中から地面に倒れた。
「き、き、気色悪い!」
再び吐きそうになるアルテミアの後ろで、女は腕を組み、
「折角〜好きだと言ってくれている男を邪険にして〜」
再び肩をすくめた。
「は〜?」
アルテミアは振り返りながら、女を睨んだ。
「あんた〜。性格悪いから、好きになってくれる男なんていないでしょ?顔だって、あたしの方が綺麗だし」
妙に自信満々の女に、アルテミアはキレた。
(アルテミアの方が、断然綺麗だけど…)
僕は、女を見た。
(よっぽど…自分に自信があるだな)
僕は、妙に感心した。
(あまり…綺麗でないのに)
と、僕が失礼なことを考えている間に、アルテミアの怒りがボルテージに達した。
元々…女神である。そんじょそこらの美女を軽くぶっちぎるくらいの容姿を誇るアルテミアである。
ブロンドの悪魔等…いろんな陰口を言われているが、容姿に関してはまったくない。
悔しいが、絶世の美しさである。
そんなアルテミアより…自分は綺麗だと女は言った。
(死んだな…)
僕は、確信した。
しかし、ほっておく訳にもいかなくなった。
アルテミアの怒りは、先程の島を破壊したのを1としたら…今は、百をこえている。
このまま…怒りをぶつけたら、太平洋の島々が消滅する。
「殺す!!」
「モード・チェンジ!」
アルテミアが気を放つ前に、僕は強制的に体を入れ替えた。
「きゃあ!」
アルテミアから変わった僕を見て、女が悲鳴を上げた。
正直…今までの人生で、女性に悲鳴を上げられたことは、皆無に等しい。
無意識に照れてしまい、頭をかいた僕は…すぐにはっとした。
真後ろから、殺気を感じたからだ。
僕の振り返り様のバックアンドブローが、男をふっ飛ばした。
「よわあ〜い」
女は、地面に転がる男を見て、口を尖らせた。
「それに比べて…」
視線を僕に変えて、再び女は胸の前で指を重ね、
「素敵!」
身をよじった。
「う!」
やはり…照れる。純な自分を恨む。
たじろく僕の隙をついて、男は後ろから僕に抱きついた。そして、耳許で囁くように言った。
「め、女神!」
熱い息を耳で感じ、僕は思わず力任せに男を振り払った。
「!?」
予想以上の力に、僕は驚いた。
(こ、こいつ…)
僕は反射的に構えようとしたが、今度はピアスから聞こえてきたアルテミアの怒声に、思わず背筋が伸びた。
「あ、赤星!て、てめえ!」
さっきまでの怒りは、僕に向けられていた。
(仕方がない…)
僕が覚悟を決めた時には、男は目の前から消えていた。
「!?」
慌てて振り向くと、男と女は並んで立っていた。
女はにこっと僕に笑いかけると、口を開いた。
「あたし達では、あなたを倒せない。だから…」
女は、真っ直ぐに僕を見つめ、
「あなたを愛することにしたわ」
妖しく瞳を潤わした。
「!」
絶句する僕を見つめながら、女はゆっくりと背を向けた。
そして、立ち去ろうとする女に、僕は手を伸ばした。
「待て!お前達の目的は!そして、名前は!」
その問いに、女は立ち止まり、おもむろに口を開いた。
「目的は…子供を産むこと。今は…あなたの子を産みたい…。そして、名前は…」
女はフッと笑い、
「女…。それ以上の名はないわ」
僕の方を振り返ると、
「でも!あなたになら、女以外の呼び方で呼ばれてもいいわ」
笑顔をつくりながら、その場から消えた。
「女神」
そばにいた男も、僕の方をじっと見つめながら…消えた。
僕は妙な感覚を覚えながら、しばし女がいた空間を見つめてしまった。
「女…と男…」
恐らく…男にも名前はないだろう。
そんなことを考えていると、耳許で声がした。
「あ・か・ほ・し」
アルテミアである。
(忘れていた)
地獄は、今から始まるのだ。
「は、はい!」
背筋を伸ばし、真っ直ぐに立つ僕の前に、怒りの形相のアルテミアが立っていた。
「殺す!」
アルテミアは、渾身の右ストレートをいきなり顔面に叩き込んだ。
しかし、抵抗はできない。
それが、愛するものの弱味である。




