第384話 迫り来る衝撃
「やつらの気を感じない」
僕の言葉に、雲の上に浮かんだアルテミアは腕を組みながら、頷いた。
「あああ…」
月下の許、白い翼を開き…俯いた瞳が赤く輝いていた。
「もう…大丈夫なんじゃないかな?」
確信はないが、あれほどあった反応がまったくないのだ。
普通治まる治まったと思うだろう。
だけど、アルテミアは違った。
全身に緊張を纏っていた。
「アルテミア?」
そんな異様な空気に、思わず…僕は訊いた。
「…赤星」
少し間を置いて、アルテミアが口を開いた。
真下の地上を見下ろし、
「あたしが本気になれば…この星を破壊できる。だけど…すべてを守ることはできない」
アルテミアの脳裏に、人間もどきに蹂躙される人々の姿がよみがえる。
「破壊は、一瞬だ。人の命もな」
「アルテミア…」
僕には、アルテミアの言いたいことがよく理解できた。
だからこそ、何も言えなかった。
一生懸命、できる限りの命を救う。
そんなことを口にしたところで、失った命は戻らない。
それに、守れなかったことに理由をつければ…もっと守れなくなるかもしれない。なぜならば…そこに、甘えが生じるからだ。
常に悔い…常に、すべてを守ると思わなければ、前には進めない。
(力ではない)
僕はそう思う。
だけど…力がなければ、いけない。
そうとも思う。
すべてを破壊する力だけではなく、すべてを守る力を知り、理解することができたから、僕らはここにいる。
そして、その力は…破壊する力よりも、力そのものは弱いかもしれない。
だけど、何よりも強くなければならない。
かつて勇者といわれたティアナ・アートウッド。
あの人は力だけならば、魔神よりも弱いだろう。
だけど、あの人の守る力は…魔王よりも強かったのだ。
(アルテミアは強くなった…。初めて、出会った時よりも)
僕は、苦悩するアルテミアに強さを感じていた。
(そして…僕は…)
「赤星」
アルテミアの声が、僕の思考を止めた。
「な、何?」
いつもより低いアルテミアの声に、僕ははっとした。
「やつらだ」
「ど、どこ?」
僕が気を探り当てるよりも速く、その相手は僕らの前に現れた。
「チッ!」
アルテミアは舌打ちすると、空中で回し蹴りを放った。
「な!」
僕は絶句した。
アルテミアの蹴りを、片手で受け止めたのは…魔王ライだったからだ。
「ライ!?」
驚く僕の目の前で、ライはアルテミアの蹴りを弾き返すと、左手でアルテミアを地上目掛けて叩き落とした。
「ち、違う!」
アルテミアは何とかガードしたが、そのまま…海面目掛けて落ちていく。
「あいつは…やつらの子供だ!」
アルテミアは翼を広げ、落下速度を和らげようとした。
すると、上空に浮かんでいるライが左手を下に向けた。
「あ、あれは!」
雷鳴が集まり、空間が…ライの手のひらの中で歪んだ。
「雷空牙!」
「させるか!」
星の鉄槌といわれる雷空牙の威力は、軽く星を抉ることができる。
アルテミアは落下しながら、両手をライに向けた。
「空雷牙!」
アルテミアの両手からも、凄まじい雷鳴が放たれた。
2つの星の鉄槌は、空と海の間で激突し、互いに反発しあうと、爆発した。
その爆風と光は一瞬で、地球の半分を覆い尽くした。
島々に、激しい突風が吹き荒れ…その光は、遠く離れた日本やロストアイランドさえも、昼間よりも明るく照らした。
「アルテミア!」
爆風と爆音で何も聞こえない空間でも、僕の叫びは同化しているアルテミアには届いた。
「モード・チェンジ!」
アルテミアが叫んだ。
「!?」
足元から照りつける光に目を細めながら、下を見つめていたライの目の前に、光を切り裂いて僕が飛び込んだ。
(来い!)
僕の思念を感じ、2つの物体が飛んで来ると、手におさまる時には…十字架に似た剣に変わった。
「偽者ごときに!」
僕はシャイニングソードを握り締めると、咄嗟にガードしたライの右腕を斬り裂いた。
「!?」
シャイニングソードから伝わる感触に、眉を寄せながら、僕はライ…もどきを斬り裂いた。
一瞬で消滅したライもどきよりも、今の攻防で気付いた違和感に、僕は動きを止めて考え込んだ。
「赤星!」
アルテミアの注意の声に、僕がはっとした時には、後ろから横殴りの凄まじい力をくらい、地表に向けて落下していた。
「ライが…2人」
落下しながらも、僕は空中に現れた新たな2人のライに顔をしかめた。
先程のように、雷空牙を撃ってくることはなかった。僕は海面ではなく、近くの無人島に着地した。
「クッ!」
撃って来なかった意味を、僕は無人島に着地した瞬間、悟った。
「誘われたな」
アルテミアの声に、僕は頷いた。
「ああ…」
島には、無数の魔神が待ち構えていた。
それも、普通の魔神ではない。
騎士団長の群だ。
「ギラ…サラ…リンネ。カイオウ!」
そして、空中にいる4人のライ。
「偽者といっても…この数は、きついな」
アルテミアは、フッと笑った。
ざっと百人はいる。
「変わろうか?」
アルテミアの言葉に、僕は首を横に振った。
「大丈夫…。僕の予想通りなら…何とかなる」
僕は足元を確認すると、シャイニングソードを構えた。
「予想?」
アルテミアの声に、
「あとで言うよ。いや、すぐに…わかるかもしれない」
僕は、シャイニングソードを前に突きだした。
「今は、こいつらを…蹴散らす!」
僕の瞳が、赤く輝いた。
それを見た…ギラとサラもどき達が腕を突きだした。
一斉に放たれた凄まじい雷撃を、僕はシャイニングソードを振るうことで斬り裂き…次の瞬間、ギラとサラの側に移動すると数体を斬り裂いた。
群れの中に突入した僕を見て、リンネもどきが顔をしかめた。
「フン」
僕は鼻を鳴らすと、周囲を睨み、ゆっくりと言葉を発した。
「太陽がほしいか?」
僕の魔力が、上がった。
「あ、赤星!?」
アルテミアは、絶句した。
僕の魔力が、アルテミアの予想を遥かにこえていたからだ。
それでも、全力ではない。
「いくぞ」
不敵な笑みを浮かべた僕の唇の端から、牙が覗かれた。
そして…笑っているのは、僕だけではなかった。
城の中で、目をつぶっていたライは…軽く口元を緩めた。
「な!」
「何!?」
その魔力は、城にいたギラやサラにも感じられた。
「…」
北極海の氷の上で、座禅を組んでいたカイオウは閉じていた目をうっすらと開けた。
「フン!」
城内の回廊を歩くリンネは、鼻を鳴らした。
「どうなさいました?」
その後ろで歩いていたユウリとアイリが、リンネの背中に訊いたが…答えは返って来なかった。
「この感じは!?」
アルプス山脈から魔界に入ったジャスティンは、足を止め…空を見上げた。
「は!」
シャイニングソードから、ライトニングソードに変えた僕は、ギラとサラもどきの群れを蹴散らした。
「赤星!」
アルテミアの声に、すぐに反応できなかったが…彼女も薄々気づいていた。
「こ、こいつらは…」
ライトニングソードの一振りで、真っ二つになるギラとサラもどき達。
そして、僕の確信は…リンネもどきが前に来た時に、確証に変わった。
自らの体を、炎そのものに変化させた瞬間、リンネもどきは灰になったのだ。
「な!」
驚くアルテミアの声を耳にしながら、僕は空中に飛び上がり、ライもどきの一体にライトニングソードを突き刺した。
「こいつらは、能力をコピーし、姿形も似ているが…」
僕は突き刺したライトニングソードを強引に、横凪に払うと、体を反転させて、後ろに迫ったライもどきの一体を真っ二つにした。
「肉体は、人間を強くしたに過ぎない!」
残りの二体が、僕の左右に現れ…雷撃を放った。
しかし、僕が一瞬で消えた為に、雷撃を互いにくらい、消滅した。
「ライやギラ達が、こんなに弱い訳がない!」
僕は瞬きの時間で、地面に着地すると同時に、ライトニングソードを地面に突き刺した。
足下から電流が、島にいる者達の全身を駆け巡った。
「お前達は…彼らではない」
僕が、ライトニングソードを地面から抜いた時には…魔神もどき達は消滅していた。