第383話 進化と退化
カタカタカタ…。
キーを叩く音が忙しなく、部室内に響いていた。
「どうだ?舞」
部室の壁にもたれ、腕を組みながら、高坂が訊いた。
「まだ…わかりません。何の情報も、報道されていませんから…。でも…」
舞は、パソコンのディスプレイを睨みながら、キーを叩く手を止めた。
「映像は行けます」
すると、ディスプレイに広範囲に渡る海の映像が映った。
「いけたか…」
高坂は、壁から離れた。
「はい」
舞は頷くと再び、指を動かした。
「こちらの監視衛星が、どこまで動くか疑問でしたが…何とか太平洋上空まで移動できました」
舞は、唇を軽く噛んだ。
「何が起こっているのか知りたい。片っ端から、その海域の島々を調査するぞ!」
高坂は舞の後ろに来て、ディスプレイを睨んだ。
「どこからいきますか?」
舞は画面上に映る映像をスキャナーして、地図と照合しょうとした。
しかし、いきなりエラーが表示された。
「し、島が消えている!?」
驚いた舞の指の動きが一瞬、止まった。
「何!?」
眉を寄せた高坂は、エラーが出ている島を睨んだ。
「馬鹿な…」
「いや…あり得ないことはない」
高坂の頭に、沈んでいく極楽島の映像がよみがえった。
「神レベルならな」
高坂は自らそう口にしながら、唾を飲み込んだ。
「神レベル…」
舞は手を止めると、
「あまり関わりたくないですね」
ぶるっと身を震わせた。
「ああ…。しかし、だからと言って、目をそらす訳にはいかない。この世界で、何が起こっているのか…把握しなければならない」
「そ、そうですね」
舞は頷くと、再びキーボードに指を走らせた。
高坂は消えた島の地点を睨みながら、深く頷き、
「知らないまま…終わることが一番いけない。例え…そこに絶望しかなくてもな」
画面からは決して見ることはできない…消えた海域の空気感を感じ取ろうとしていた。
「いやあ〜。今日は暑いですね」
そんな時、能天気な輝が部室に顔を出し…妙な緊張感に、首を傾げた。
「…」
無言で立ち尽くす九鬼は、校舎の屋上から空を見上げていた。
どこまでも広がる空。
その下にいるちっぽけな自分。
(嫌な胸騒ぎがする)
九鬼は、奥歯をぎゅっと噛み締めた。
(しかし…なぜか…安心感もある)
流れていく雲の動きを目で追いながら、無意識に九鬼は呟くように言った。
「天空…か…」
その呟きの意味することを、自分自身で気付いた九鬼は、苦笑いを浮かべ、
「甘いな…。だけど…」
九鬼は、空から目を床に向けると、
「強がる程の力はない」
ゆっくりと歩き出した。
そして、屋上から姿を消した。
その頃、朝鮮半島から魔界へと入ったカレンは、隠れるところのほとんどない平原で、片膝をついていた。
「な、な、舐めるなよ」
激しく背中で息をしながらも、鋭い眼光を周りに向けていた。
「あ、あたしを誰だと思っている!」
気合いを入れると、カレンは一気に立ち上がった。
ふらつきながらも、再び膝をつくことはない。
草原を吹き抜ける風にも、倒れそうになるが…カレンは唇を噛み締めた。
風が、生臭かった。血の匂いがした。
なぜならば…カレンの周囲に数えきれない程の魔物の死体が転がっていた。
激しく息をしながらも、カレンはブラックカードを取り出すと、一番近くの魔物から魔力を奪い取った。
そして、その魔力で治癒魔法を発動させると、一気に体力を回復させた。
「ふぅ〜」
腹の底から息を吐くと、カレンは拳を握り締め、体力の回復を確認した。
「いける!」
頷くと、次々にブラックカードをかざし、魔物から魔力を奪う。
そして、珍しい能力を持っていた魔物には、ピュアハートを突き刺し、能力をコピーした。
「しかし…」
カレンは、魔物の体からピュアを抜くと、針のように細い刀身を見つめ、
「あまり…使わないな」
感慨深く呟いた。
突き刺した相手の肉を喰らい、能力をコピーするピュアハート。
最初は、その能力を使っていたが、次第に使わなくなっていた。
(剣の力ではなく、己の力で…強くなりたい)
大月学園での日々が、カレンにそう思わせていた。
カレンはピュアハートを一回転させ、胸のペンダントに差し込むと、ゆっくりと歩き出した。
(人間は…まだまだ強くなる。こんなところで終わらない)
しかし、身体的能力で人間を上回る魔物達。彼らと比べれば…人間は、下等動物なのだろうか。
魔物よりも劣る生物なのだろうか。
(違う)
カレンにはわかっていた。
人間は、未熟で弱く…魔物よりも劣るけども、鍛え方次第ではどこまでも強くなると。
そして、人間は…肉体よりも精神を鍛えることもできると。
(だけど…アステカ王国のように、偏ってはいけない)
すべては、バランスよくしなければならない。
(そういう意味では、人間は未完成ではあるが…己次第でどうとでもなる存在なんだな)
そう…努力次第なのだ。
人間は誰でも、無限の可能性がある。しかし、それを捨てる自由もあるのだ。
(だとしたら…滅んでも己のせいだ)
そう思いながらも、カレンはそうならない確信を持っていた。
それは…しぶとい人間を知っているからだ。
(人間は、他の生物と違い…進化も退化も、己で経験できる)
歳いくことが、退化ならば…彼女の師匠のジャスティン・ゲイはどうなる。
(あたしは、前を進む!)
例え…間違っていても、前は前だ。
進化…退化。肉体の優劣でもない。勝ち負けを越えたもの。
心が折れなければ…人間は負けない。
肉体が破壊され、死ぬことがあっても…。
そんな風に思う生物が、いるだろうか。
カレンは修行を続けながら、感じていた。
人間の心の弱さ。心の強さの大切さを。
(あたしは…)
カレンは自らの進むべき道を、朧気ながら見つけかけていた。