第382話 何度でも
「ア、アルテミア…」
沈んでいく島を見ながら、僕は頭を抱えていた。
「やり過ぎだよ」
「生きてる人間はいなかっただろうが」
アルテミアは、島の崩壊により津波が起こり、大荒れになっている海を見下ろしながら、呟くように言った。普段の力強さはない。
「で、でも」
「…この世界の地形を傷付けたくはないが…やつらを生かしておく訳にはいかなかった」
アルテミアは唇を噛み締め、
「それに…まだやつらの子供達が、大量に増え続けている」
周囲の海の向こうを睨んだ。
「た、確かに…」
その増え方は、異常だった。
「今のやつらを殺せば…終わる!」
アルテミアは翼を広げると、一瞬で姿を消した。
女神の一撃で破壊された島は、数分で…海の底に消えた。
そして、海は…何事もなかったかのように、静けさを取り戻した。
「太平洋の島が、一つ消えました!」
「な、何!?」
オペレーターの報告に、藤堂は通信室で絶句した。
スクリーンに映された世界地図に、無数に点滅していた赤いシグナルの一つが消えた。
その数分後には、他のシグナルも消えたが、島ごとが消えることはなかった。
「ガムシャ島に到着した部隊より、連絡ありました。数人の島民に被害はありましたが、敵は殲滅されていました」
ショックから動きが止まっていた藤堂の耳に、新たな情報が飛び込んできた。
「な、何だと!?だ、誰がやった!」
我に返った藤堂は、報告したオペレーターに叫んだ。
「生き残った島民の証言によりますと、白い翼を持った天使…鋭い目をした短髪の女…。というまったく違う風貌の女が目的されています」
「女?」
藤堂は、眉を寄せた。
「はい」
そして、次のオペレーターの言葉で確信を持った。
「ただ…目撃者はこう言います。妙に偉そうだったと」
「!?」
藤堂は、はっとした。そして、相手を認識した。
「て、天空の女神!」
崩れ落ちるように、目の前のデスクに手をついた藤堂の指は…震えていた。
「はくしゅん!」
その瞬間、新たな島にいたアルテミアはくしゃみをした。
「ま、まさか…天空の女神がまた…」
藤堂は震えながら、頭を抱えた。
「最近は…話を聞かなかったから…安心していたが…ま、まさか!」
青ざめた藤堂の姿に、通信室に緊張が走った。
「フン」
海の底に沈んでいく島を見ている者は、もう1人いた。
玉座の間で1人佇む…ライであった。
「やりよるわ」
ライがフッと笑うと、赤く光っていた瞳が消えた。
「しかし…これで終わりではない」
すると、ライの前に、男と女がいつのまにか…立っていた。
「ここは!?」
女はキョロキョロと周りを確認して、すぐにライに気付いた。
「か、神よ!」
女が驚いた時には、男は跪いていた。
「…」
ライはしばし、無言で2人を見つめた。
「も、申し訳ございません!」
女は頭を抱えた後…はっとして、自らの失態を思い出し、慌てて跪いた。
「次は…死ぬな」
ライがぽつりと呟くように言うと、2人は玉座の間から消えた。強制的に、テレポートさせられたのだ。
「そうだ…。あんな存在がいい。何度死んでも、造れる。記憶も植え付ければいい」
ライは、ふっと笑った。
そんなライの瞳から、一筋の涙が流れた。
「何度も造れる…。失ってもな」
そして、ゆっくりと瞼を閉じると…ライは意識を底に埋めた。
「は、はくしゅん!」
再びくしゃみをしたアルテミアを心配して、僕が訊いた。
「風邪でも引いたの?」
その言葉に、アルテミアは鼻で笑った。
「女神が、風邪など引くか!恐らく、あたしの美しさに誰かが嫉妬し、噂してるんだよ」
「そ、それは…」
ないと言いかけて、僕は言葉を変えた。
「その通りだよ!」
アルテミアとの付き合いも長い。これくらいの返しはできる。
しかし、アルテミアの反応は違った。
「嘘つけ!てめえ〜!心にもないことを言いやがって!」
「…」
軽くキレられて、僕は無言になった。
確かにそうだが…ここで、何か言ったらさらに怒られる。
怯えている振りで、無難に乗りきろう。
そんな風に浅はかに考えた僕に、アルテミアは信じられないくらいキレた。
「何も言わないってことは、そう思っているか!てめえ!ぶっ殺すぞ!」
最近…これくらいで動揺しなくなった自分の成長を感じながら、僕は仕方なく答えた。
「あなたは綺麗ですから…そんな噂をしている人はつねにいます」
「そ、そうだろう」
なぜか照れるアルテミアの反応を見て、次からは素直に誉めようと心からそう思った僕だった。
「まあ〜いい」
アルテミアが、ライトニングソードを一振りすると、その手から分離して、2つの回転する物体になった。
そして、遥か彼方に消えて行った。
「この島で、最後だな?」
アルテミアは、気を探った。
「うん。多分大丈夫のはず」
僕も気を探ってみた。
もう相手の異質な気も、理解できていたから、戸惑うこともない。
「フゥ〜」
アルテミアは安堵の息を吐くと、上空に飛び上がった。
そして、そのまま…太平洋上を飛び去っていた。
「あれが…天空の女神か」
その様子を、小さな島の岬で見送っている者がいた。
元ブレイクショットの1人…ダラスである。
防衛軍崩壊後、新たな戦士の育成に人力を尽くしていたダラスは、ジャスティン・ゲイを長として結成された人類防衛軍の呼び掛けに応え、再び老体に鞭を打って、参加を決めたのであった。
ダラスは、アルテミアの去っていた方向に頭を下げた。
(…ということは、あの少年も一緒か)
ダラスの脳裏に、かつて砂漠の町で出会った少年の姿が浮かんだ。
(赤星…浩一君だったな)
自然と笑みがこぼれたが…すぐに凍りついた。
人間もどきが、襲った後の町の惨状を目にしたからだ。
アルテミアによって、被害は最小限に抑えられたが…それでも、失った命は多い。
(防衛軍の結成とほぼ同時に起こった…この襲撃の意味することは何だ?)
ダラスは、嫌な予感に震えていた。
(それに…さっきの人間の姿をした…化け物は?)
ダラスだけではなく、誰もが答えを持ってはいなかった。