第379話 楽園
「穢らわしい!あのようなものが、人間と呼べるのか!」
城内にある炎の騎士団の陣地に戻ったリンネの苛立ちに、その前で跪くユウリとアイリは、ただ無言だった。
「あんなものが、闊歩する世界は異様よ!」
リンネの体は、彼女の精神状態を表すように、炎のように揺らめいていた。
「確かに、殺す楽しみがないですなあ〜」
ユウリとアイリの後ろに控えていた…炎の騎士団所属の魔神が頷いた。
「我々は、すべてを一瞬で焼き尽くす。故に、それまでの過程が大事」
「下らんな…」
魔神が話している後ろの闇から、誰かが現れた。
「戻っていたのか…」
ユウリが、床に向かって呟くように言った。
闇から染み出たように現れたのは、刈谷雄大であった。勿論、その名は偽名である。
「貴様が楽しむ過程など関係ない。ただ我々は、すべてを燃やすだけだ」
「グ、グレング!」
馬鹿にされたと思った魔神が顔を上げ、刈谷を睨んだ。
しかし、刈谷は気にすることなく、ユウリとアイリの横まで歩くと、跪いた。
「学校はどうしたの?」
リンネは、学生服姿の刈谷の前まで来ると見下ろした。
「オウパーツの件は、終了致しました。しばらくは、1つになることはないでしょう」
「そう〜」
リンネは、跪く刈谷の後頭部に微笑んだ。
「でも、あの学校は、何かと気になる人物が多いわ。引き続き、監視をお願いね」
口調は優しくても、その身から放つ苛立ちに周りの魔神達は気付いていた。
「誠に、申し訳ございません」
刈谷は跪きながら、さらに頭を下げた。
そして、真っ赤に燃えるリンネの足元に口づけを捧げた。
「勝手に、持ち場を離れたことを…。これは、我の身勝手…。何なりと罰をお与え下さい」
「フン」
リンネは鼻を鳴らすと、刈谷から離れた。
目を瞑り、罰を待つ刈谷を見て、リンネは背を向けた。
「我々の目的は、すべての土地を、ライ様の名において統治すること!」
リンネは、前方を睨み、
「それ以外に、意味はない」
そのまま…マッチが燃え尽きるように消えた。
「グレング!」
リンネがいなくなったことを確認すると、先程侮辱されたと感じた魔神が立ち上がった。
「何が下らんだ!」
「フッ」
刈谷は鼻で笑うと、
「そんな意味もわからないのか?」
ゆっくりと立ち上がった。
「グレング」
隣でまだ跪いているユウリが、たしなめた。
しかし、後ろから襲いかかる魔神の方を向かずに、刈谷はため息をついた。
「誇り高き炎の騎士団に…このような下賤の者は、いりませんよ」
「皆の前で恥を!灰にしてくれるわ」
「灰になるのは…」
刈谷は口許を緩めると、腰を捻った。
「貴様の方だ」
真後ろに放った回し蹴りが、魔神の首筋にヒットした。
「やれやれ…」
アイリはため息をつきながら、立ち上がった。
「うぎゃああ!」
蹴られた魔神の全身から、炎が噴き出した。
「せめて…炎の魔神らしく…燃え尽きるがいいわ」
刈谷は蹴り足を振り切ると、そのまま元の体勢に戻った。
魔神はまるで花火のように、一瞬だけ盛大に火花を上げた後…灰になった。
刈谷の蹴りは、ある魔物の攻撃に似ていた。
「魔神同士の戦いは、禁止されているはずだ。それに、魔神の数も減っているというのに」
アイリは、ユウリを挟んで立つ刈谷を睨んだ。
「…何でも、魔神を造るものができたと聞きましたが?」
刈谷は、初めて灰になった魔神がいた方を振り返った。
「あの程度のものならば…大丈夫でしょう」
「その造ったものが、問題なのだ」
ユウリは、アイリと刈谷の間に立ち上がると、横目で刈谷を睨んだ。
「お前の考えも、我には下らなく思えるわ。まるで人間のように、振る舞おうとしている」
「我は、人間ではありません。誇り高い!炎の騎士団の魔神であります」
「誇りか…」
ユウリは、それ以上話しても無駄と思い、リンネ同様その場から消えた。
「ユ、ユウリ!」
慌てて、アイリも後を追った。
それが合図となったのか…次々にその場から、魔神が消えた。
1人になった刈谷はしばし目を瞑った後…その場から消えた。
1つの島が、巨大なリゾート空間になっている島に、僕は下り立った。
「おかしい」
澄んだ海に囲まれ、自然が残された島。そこに立てば、僕が感じた人々の苦しみなど嘘だと思ってしまう。
しかし、自然は自然。人間が死のうが、美しさは変わらない。
「赤星」
アルテミアの声に、僕は頷いた。
できるかぎり自然を残す為に、そこにあった石を使って造られた建造物が、まるで迷路のように並んでいた。しかし、それら建造物に絡み付いた蔦などの緑が、絶妙で…人口物とは思わせなかった。
そんな建物の間から、1人の人間が姿を見せた。
「あれは…」
一瞬、僕は真っ赤になった。
なぜならば…姿を見せたのは、全裸の若い女だったからだ。
しかし、僕はすぐに気を引き締めた。
「赤星。欲情している場合じゃないぞ」
少しケンを含んだアルテミアの言い方に、少し狼狽えながら、僕は頷いた。
「わかっている」
プロポーションはいい。つんと上を向いた乳房の上についた顔を見なければ…。
「こいつらは…人間なのか?」
いつのまにか、建物の上に数十人の全裸の男女が立っていた。
「気は…そうだけど…」
僕は、全員の気を探った。
(やはり、人間だ)
と思った瞬間、数メートル前にいた全裸の女が、一瞬で間合いを詰めてきた。
「速い!」
驚いた僕が思わず、飛び掛かろうとした女の攻撃を避けた。
すると、女は勢い余ってよろけると、顔面から地面に激突した。
「赤星!」
思わず大丈夫ですかと腰を下ろしかけた僕に、顔を上げた女が鼻血を流しながら、噛み付こうとした。
「な!何だ?」
僕は反射的に、後ろに飛んだ。
女は、何もない空間に噛みついた。歯と歯がぶつかり、激しい音がした。
「赤星!あたしに変われ!」
アルテミアが叫んだが、そんな暇はない。
建物の上にいた男女も、僕に向かって飛び降りて来たからだ。
それも、二、三階はある高さからである。
着地と同時に、足を挫く者がほとんどだった。
歩こうとして転けると、受け身を取らずに、地面に激突した。そして、腕だけで這いながら、僕に向かってくる。
「こいつら!受け身をまったく取らない!防衛本能が働いていない!」
アルテミアは舌打ちすると、全裸の男女から逃げるだけの僕に叫んだ。
「こいつらが、人間かはわからないが!お前にやらせるわけにはいかない!」
「アルテミア!?」
突然、僕の左手についた指輪が輝いた。
「赤星!」
「わ、わかったよ」
いつのまにか百人以上に、僕は囲まれていた。
「モード・チェンジ!」
指輪を突きだすと、そこから光が溢れ出した。
「!?」
眩しさからか…全裸の男女の動きが、初めて止まった。
「ビィーナス!光臨!」
指輪の光を切り裂いて、アルテミアが現れた。そして、周りにガンを飛ばしながら、
「モード・チェンジ!」
アルテミアの姿が変わった。
黒のボンテージ姿に、短髪の姿に。
「フン!」
アルテミアの蹴りが、前にした全裸の男をふっ飛ばした。その男の勢いで、後ろにいた男女も吹っ飛ぶ。
「赤星!」
アルテミアは、全裸の男女を殴りながら、僕に言った。
「お前が、あたしをライと戦わせたくないように!あたしは、お前を人間と戦わせたくない!」
アルテミアの拳が、全裸の男の顔面にヒットした。
「例え…人間もどきでもな」
アルテミアのパンチをくらい、頭の後ろから血を噴き出した男が倒れると同時に、今までアルテミアに襲いかかっていた男女が、攻撃目標を変えた。
血の匂いに誘われるように、倒れた男に食らいついたのだ。
「な!」
僕はピアスの中から、絶句した。
「た、食べてる」
「共食いか」
アルテミアは顔をしかめると、右手を空に突きだした。
「やはり…こいつらは、人間ではない」
すると、回転する二つの物体が飛んできて…アルテミアが掴むと、巨大な槍になった。
「フン!」
そして、槍を一振りすると、男の体を喰らう男女を蹴散らした。
「一体…どうなっているんだ?島民達は?」
アルテミアの一振りで、肉片になった男女を見て、僕は人間でないと確信した。
なぜならば、粉々になった肉片が蠢いているのだ。
「うん?」
アルテミアは、建物が建ち並ぶ迷路のような町の奥に目をやった。
そこにまだ、数人の男女がいたからだ。
「…」
アルテミアと僕も、さっきの反応から…肉片に群がると思っていた。
しかし、結果は違った。
突然、男女で絡み出したのだ。
「え!」
「は?」
目を見開く僕と違い、アルテミアは思い切り嫌な顔をした。
次の瞬間、女達のお腹が大きくなり…子供を産み落とした。
そして、その子供はじっとアルテミアを見つめながら、分裂すると…数多くの短髪アルテミアになった。
勿論…全裸の。
「あわわっ」
言葉が出ずに狼狽える僕と違い、アルテミアは舌打ちすると、槍を脇に挟んだ。
「赤星!」
「はい!」
怒気がこもった声に、思わず僕は声を荒げた。
「…後で殺す」
小声でそう言うと、アルテミアは腰を屈めた。
槍が電気を帯び、風が集束されていく。
「ア、アルテミア!」
びびっている暇はなかった。アルテミアがやろうとしていることに気付き、驚いた。
「心配するな!島には、こいつらしかいない!人間はいない!」
「きええ!」
アルテミアの姿になった女が、襲いかかってきた。
「あたしの姿で、変な声を出すな!」
アルテミアは、女の攻撃を敢えて、右肩で受けた。
女の拳から伝わる衝撃に、アルテミアは顔をしかめた。
「こ、こいつら!」
アルテミアはパンチを受けながら、腰を捻り…槍を振るった。
「A Blow Of Goddess!」
女神の一撃が放たれた。
雷鳴が竜巻を伴い、爆発した。そして、かまいちがすべてを切り裂いた。
美しき観光地だった島は一瞬で、更地になった。
「ひぇ〜」
僕はその惨状を見て、取り返しのつかないことになったことを嘆いた。
そして、アルテミアの怒りにも怯えていた。
「どうせ〜自然とともにあるリゾート地と言ってみても、人の手で手入れしている盆栽みたいなものだ」
「ぼ、盆栽って…」
アルテミアの口から、盆栽という言葉が出るなんて。恐らく…僕の記憶からトレースしたのだろう。
「それに、島にいたあの化け物達を野放しにはできない。やつらは、人間を食い!別の人間もどきを産み出す」
アルテミアは白い翼を広げ飛び上がると、更地になった島を見下ろし、化け物が生き残こっていないか確かめた。
生存者がいないと確信すると、今度は怒りを僕に向けた。
「赤星!てめえ!あたしもどきの裸を見て、興奮しただろ!え!」
「い、いや〜こ、興奮っていうか…び、びっくりして…」
何とか誤魔化そうとする僕に、アルテミアが言った。
「言っとくけどな!あたしは着痩せするんだ!あいつらより、胸がある…」
とそこまで言ってから、アルテミアは真っ赤になり、さらに怒った。
「てめえ!何を言わせてやがるんだ!」
「か、勝手に〜アルテミアが」
「いつか、絶対殺す!」
理不尽なアルテミアの怒りに、しばらく大人しく堪えていると、少し落ち着いたアルテミアが、自らの右肩を見つめた。
アルテミアもどきのパンチを受けた部分が、赤くなっていた。
「どうやら…やつらは、目で見たものの姿だけでなく、ある程度の力をコピーできるようだな。所詮…表面だけだが」
「何なんだろ…今のは…」
「少なくても…これだけはわかった。やつらは、人間じゃない。そして、人間以外にもなれる」
「だ、誰が…造ったんだろ。今まで、あんな魔物はいなかったはずだよね」
「ああ…」
アルテミアは真下の島に目を細めた後、視線を後ろに向けた。
遥か向こう…結界の向こうにいる…存在に。
「やつしかいない」
アルテミアは、唇を噛み締めた。
「!」
「!?」
突然、再び僕らの頭に、人々の悲鳴が響いた。
「ま、また!」
戸惑う僕に、アルテミアは拳を握り締めると、
「行くぞ!」
声が聞こえる方向に向かって、飛んだ。