第377話 男女
「小賢しいわ!」
人類防衛軍の結成を知り、城内は騒然となった。
普段ならば、無視するところであるが…魔王ライの人類を皆殺しにするという考えを知る者達にとっては、由々しき事態だった。魔王の神経を逆撫でするかもしれなかったからだ。
それに、旧防衛軍と違い、こちらが関与しない…人間独自の組織が、誕生したこともある種恐怖を感じさせた。
「人間は、群れると厄介だ」
魔神達が城壁に囲まれた広場に、集結する。
赤星浩一やアルテミアに倒され、百八いた魔神の数は減っていたが、それでも半数近くは残っていた。
そして、4人の騎士団長も。
彼らは、王の言葉を待っていた。
闇の中、玉座に座るライの殺気だけが、城中に充満していた。
その気を感じた魔神達は、人間達に怒りをぶつけることで、何とか萎縮するのを防いでいたのだ。
そんな中、王であるライの言葉が、思念として伝えられた。
(人間を皆殺しにせよ!そして、人間の味方にする赤星浩一とアルテミアも抹殺せよ!この命令を果たせぬ場合は!)
ライの思念を頭で感じながら、魔神達は息を飲んだ。
(貴様らを抹殺する!)
「な!」
絶句する魔神達の前に、空から2人の人間に似たものが降りて来た。
男と女の姿をした2人の神。
(彼らは神にして、あなたなる人間を産むことができるアダムとイブ)
その姿は、人間と変わらない。しかし、2人から感じる魔力は騎士団長を凌駕していた。
全裸だった彼らが、地面に降り立つと、白い布が絡み付いた。
その布を靡かせながら、女の方が一歩前に出た。
「我等は!お前達が、今いる旧人類を抹殺した後!新しい人間をつくる為に、王に創られた者なり!」
男も一歩前に出て、無言で女の隣に立った。
「そう我等は!新たな世界を創る者なり!もし!貴様らが、人類抹殺に失敗したならば!貴様らを殺し!新たな魔神を造るだけだ!」
2人の人間の姿をした者の両目が、妖しく光った。
「ま、魔神を造るだと!?」
1人の甲虫に似た魔神が前に出て、2人を指差し、
「我々は、魔王ライ様に創られた!貴様らごときに!我々が創れるか!」
「ウフフフ」
女は笑うと、男の方に近づいた。そして、男の首に手を回すと、キスをし…人間のような性行為を始めた。
数分後、女の腹が膨らんだ。その腹を擦りながら、ニヤリと笑うと、女の股の間から、血まみれの肉の塊が落ちた。
その塊は、5つに細胞分裂をすると、一気に2メートル程の大きさに、膨張し…見たことのない魔神に変わった。
「ウフフフ…」
女は産まれたばかりの魔神の頭を後ろから撫でながら、命じた。
「さあ〜お前の力を見せておあげ」
産まれたばかりの魔神は、目の前で顔をしかめている甲虫に似た魔神をじっと見つめた。
すると、姿形がそっくりとなる。
「コピー能力か…」
カイオウが目を細めた。
「きええ!」
奇声を上げて、甲虫に似た魔神に襲いかかる産まれたばかりの魔神。
「クッ!」
自分そっくりになった魔神を見て、身を捩る甲虫に似た魔神の前に、誰かが飛び込んで来た。
「下らんな」
腕を突きだすと、産まれたばかりの魔神を吹き飛ばした。
「これは、これは…騎士団長ギラ殿」
女の言葉に、魔神達の間に割って入ったギラは、鼻を鳴らした。
「フン!魔力は、同じくらいだが!知性が無さすぎる」
ギラの言葉に、女は笑い、
「知性などいらないのですよ。忠実に、命令さえきいたらね」
集まった魔神達を見回し、
「こんな王の命令も遂行できないもの達よりも、ちゃんと動いてくれますよ」
ギラに目をやった。
「それは、どうかな?」
ギラも女の目を見た。
「じゃあ〜試して見ればいい!」
産まれたばかりの残りの4人の姿が、変わった。
その見た目は、ギラと変わらない。
「ただ殺すことしか頭にない!4人の己に!殺されるがいいわ」
4人のギラは、手から雷撃を放った。
その威力に、広場にいた魔神達は一斉に逃げた。
そんな中で、平然としているのは、4人の騎士団長だけだ。
特に、4人の目の前にいるギラは、微動だにしない。
自らの攻撃に匹敵する雷撃を、4人から受けながらも、その場が動くことはなかった。
「な」
唖然とする女の目の前で、攻撃が止むまで受け続けたギラはフッと笑うと、一歩前に出て…手刀だけで4人を切り裂いた。
「ああ〜坊や達!」
肉片になったギラに似た魔神達に駆け寄る女。
その女を見下ろしながら、ギラは言った。
「知性だけではない。経験値も足りん!」
そして、まだ一言は話していない男の方に目をやりながら、
「この世の中で、常に負けない自信があるのは、己自身だけだ。例え何人いようが、己に負けるか」
反応がないのを確認すると、2人に背を向けた。
「…」
男は、肉片にすがる女を一瞥した後、ギラの背中を見つめた。
「一つ、質問したいんだけど?」
ギラと入れ替わりに、リンネが近付いて来た。
男の前に止まり、腕を組むと、
「あなた達は、人間も産むことができるんでしょ?」
探るような目で、男の顔を覗いた。
男は横目で、まだ肉片から離れない女の様子を確認してから、頷いた。
「はい…」
「そう」
リンネは目を細め、
「そのあなた達が造る人間は、今の人間と変わらないのかしら?」
「はい…。基本的には」
男は、頷いた。
「基本的?じゃあ〜。少しは違うことがあるのね?」
「はい…。王が望む人間は、多くの子を産み…魔物達の玩具がなくならないようにすること。そして…子をつくる行為以外は、人間を群れさすことをさせない。人間は団結すると、力を持つからと」
そこまで話を聞いたリンネは、顔をしかめ、
「わかったわ」
話を中断させた。
「…」
すると、再び黙り込む男を見て、ギラのようにすぐ離れるのをやめた。
そして、リンネは眉を寄せながら、男に最後の質問をした。
「ところで…あなたの連れ合いは、産んだ子供の死体に悲しんでいるけど…あなたは、何の感情もないのね」
「…」
リンネの質問に、しばし無言で見つめた後、男はおもむろに口を開いた。
「…人間の男とは、産まれたばかりのものには何の愛情も感じないものと聞いております。育てる過程で情がうまれると…。産まれたばかりのものに、ああいう感情を持つのは、おかしいと…」
「あ、あなた…」
リンネは、目を見開いた。
「人間の男とは、そういう存在だと認識しております」
「…そうかもしれないけど」
リンネはため息をつき、
「そんな人間は、つまらない男よ」
男に背を向け、歩き出した。
そんなリンネを見送りながら、男はただその場で立ち尽くしていた。
広場に集まった魔神達は混乱し、戸惑っていた。
「今日はこれで、解散だ!お前達は、ただ今いる人間を抹殺することだけを考えよ!」
そんな魔神達の前に立つと、サラは城から去ることを命じた。
「は…は!」
おかしな雰囲気が漂うこの場から、一刻も早く立ち去りたい魔神達は、素直にサラの言葉に従い、城内から消えた。
「王は…ご乱心か?」
サラの横に、カイオウが来た。
「!?」
サラは眉を寄せた。
「あんなものは、魔神でもない。そして、人間でもな。戯れで創られたとしても、存在が醜く過ぎる」
「カイオウよ…」
サラは、去っていく魔神達を見送りながら、カイオウの方を見ずに言った。
「我らに、王の深いお考えは理解できない。それに…」
サラは歩き出した。
「王のことを疑うことも!中傷することもするな!カイオウ…貴様であろうと許さん!」
「!」
サラの殺気のこもった口調に、カイオウは息を飲んだ。
そして、その後ろ姿をしばし見送った後、カイオウはため息をついた。
「忠誠心だけではあるまいて…」
サラの背中を見つめながら、カイオウは逆の方向に歩き出した。
「悲しい女だ…」
すべての魔神がいなくなった後…広場には男女だけが残った。