第376話 追憶
魔物を全滅させると、アルテミアは一番近い街へと降下した。舗装された道路に、ふわりと着地すると、エンジェル・モードを解いた。
「何か食べるか!」
ジーンズに、Tシャツというラフな格好になったアルテミアは、道路を歩き出すと、すぐに異変に気付いた。
「うん?」
街が静まり返っているのだ。
まるで、ゴーストタウンのように。
「人の気配はあったぞ」
アルテミアが足を止め、横を見ると、ドアの隙間から見ていた子供と目があった。
しかし、慌てて母親が抱き上げると、ドアを閉めた。
その行動で、アルテミアはすべてを理解した。
つかつかと歩き出すと、クローズとなっているカフェの前に行った。
「ア、アルテミア?」
僕も理解した。ピアスの中から、カフェの内を覗いた僕は、机の下に隠れる人々を目にした。
まるで、防災訓練のような店内に、うずくまり身を震わす人々。
「ア、アルテミア…。別の街に行こうか!」
何とかこの街から離れるように、説得しょうとした僕の声を無視して、アルテミアは怒声とともに、木製の扉を蹴った。
「いるのは、わかってんだよ!オラ!」
まるで、実世界の借金取りのように、何度もドアを蹴り、脅すアルテミア。
「ひええ〜!」
店内から、悲鳴が聞こえた。
「馬鹿にしやがって!」
アルテミアの蹴りで、木製の扉はふっ飛び、店内で回転した。
「あたしは、飯が食いたいだけなんだよ!」
アルテミアの怒声が、街中に響いた。
数分後…アルテミアは、街の中心地の広場にいた。
大層な椅子が用意され、目の前に山のような料理が並んでいた。
そして、それらの向こうで土下座する人達。
「ど、どうか…。天空の女神様。今回のご無礼は、こちらの料理で…お許しの程を」
先頭で正座する街の代表と思われる小太りの男は、明らかに怯えていた。
「どうか…子供達は…」
懇願する代表者を見て、僕は怯え方が尋常ではないことに気付いていた。
「ア、アルテミア…」
「…」
アルテミアは僕の声に気付かずに、顔を横に向けると、人々ではなく、町並みを眺めていた。
「ああ…そうか」
アルテミアは納得した。
「どうしたの?アルテミア…」
「…」
すぐには答えずに、悲しげな目をしばらく街に向けた後、ぽつりと呟くように言った。
「…ここに来たことがある…。3人でな」
アルテミアの言葉に、僕ははっとした。
ブルーワールドに来るようになって間もない頃…僕が見た夢。
人々を殺し、血を啜るマリーとネーナ。そして、上空で黒い翼を広げ…雷鳴に照らされたアルテミアの姿を。
(そうか…)
僕は、街の人々の異様な怯え方の理由がわかった。
「まあ〜仕方がないな。あの頃のあたしも、あたしだ」
アルテミアはフッと笑うと、目の前に用意された料理の山に視線を移した。
「頂くぞ!」
「ア、アルテミア?」
「折角用意してくれたんだ!全部食べるぞ」
「む、無理でしょ」
量が多すぎる。
「あたしを誰だと思っている!」
アルテミアは大量の料理に、立ち向かった。
再び数分後、出されたものをすべて平らげたアルテミアは、空になった皿の向こうにいる街の人々ににっと笑うと、
「ご馳走様」
翼を広げて、空に舞い上がった。
「アルテミア!支払いは!」
僕が慌てて訊いたが、
「いいよ」
アルテミアはそれだけ言うと、一気に街を越えた。
「アルテミア!駄目だよ!ちゃんと払わないと!」
僕の悲痛な声にも、アルテミアは答えない。
ただ街を越えると旋回し、その周囲半径数十キロを飛び回りながら、地上に思念を送った。
(野の魔物達よ!あの街は、我のテリトリーなり!もし、手を出すようなことがあれば!)
アルテミアの目が赤く輝き、魔力が放射された。
(天空の女神が、貴様らを殺す!)
その魔力と殺気に、街の周りにいる魔物達は震え上がった。
「ア、アルテミア…」
「フン!」
アルテミアは鼻を鳴らすと、旋回をやめて、一気にその空域から飛び去った。
「あたしがやった罪は消えないし、今更勇者ぶることもしない!お母様も、最後は裏切り者と呼ばれたけども、誰よりも人の為に頑張ったことを、あたしは知っている!」
街のある大陸を越え、海へと出た。
「それに、あたしのことは…お前が知ってるだけでいいよ」
アルテミアは海上で止まると、顔を真っ赤にしながらそう言った。
「ア、アルテミア」
そうはっきり言われると、僕も照れて来た。
「そうだよ!僕は、本当のアルテミアを知っているよ!世間の噂話と違うことを!」
僕の言葉を聞いて、アルテミアの顔がさらに真っ赤になる。
「アルテミアは、真の勇者だ!お母さんのティアナさんにも負けない程の!」
「あ、赤星…」
アルテミアの顔は、さらに真っ赤になり…ついには、口を手で押さえ始めた。
「アルテミアは!」
照れながらも、普段言えないことを伝えようとした僕の言葉は…すぐに、遮られることになった。
「あ、赤星…も、もう駄目…」
「え」
「うぐぅ!」
アルテミアは手を離すと、口からさっき食べたものを海に向かって吐き出した。
食べ過ぎだった。
ほとんど消化させていない食材が、海に落ちていった。
食べてすぐに、飛び回ったことも、敗因だった。
「…」
好きな人のゲロを目の前で見るという…奇特な経験をした僕は、思わず…言葉を失った。
「赤星…変われ…」
「え!」
「モード・チェンジ」
有無を言わさずに、アルテミアは僕に変わった。
「う!」
同じ体を有する僕らは、変わると同時に…気分の悪さは僕のものになった。
「う!」
また吐き気が襲ってきた。
何とか堪えながら、僕はアルテミアを恨みそうになったが、考え方を変えた。
好きな子の苦しさを、変わってあげることができんたんだから、よかったと。
本当は、都合のいい話だが…そうと思わないと、やっていけない。
惚れたものの弱味である。
(仕方がない…)
そう思いながら、何とか海に落下するのを堪えながら、僕は休める島を探した。
さすがに、アルテミアに僕のゲロを見せられない。
(それが…好きな相手に対する思いではないのか?)
少しそう思ったが、本人に言える訳がなかった。