光臨編 第373話 舞う天使
地上から遥か上空…。
雲の中を、ジェット機よりも速く飛び回る影が…数え切れない程飛び回っていた。
その中でも、一際速く…ジグザクの軌道を描く影があった。
「うぎゃああ!」
叫び声を上げて、影の一つが雲の中から落下した。
「スピードでは敵わん!周りを囲め!」
ジグザクに飛び回る影を追いかけるではなく、追い込むことに変えた無数の影達。
その動きを見て、ジグザクに動いていた影は雲の中で、動きを止めた。
「今だ!一斉にかかれ!」
無数の影は、止まった影に向かって、上下左右…あらゆる方向から襲い掛かる。
「フッ」
止まった影は、口元を緩めた。
次の瞬間、白き雲は…雷雲に変わった。
「うぎゃああ!」
晴天の空に、その雲からだけ雷が発生した。
そして、襲い掛かってきたすべての影に絡み付いた。
「そうか…」
雷雲が元に戻った時…無数の影が落ちて行った。
それは、黒焦げになった魔物達だった。
「スピードの問題ではない…。最初から…空で戦ってはいけなかったのだ」
黒焦げになった魔物の一匹が、移動する雲の中から姿を現した者に、目を細め、
「なぜならば…空は、あの方のものだからだ」
笑った。
透き通った白い肌に、巨大な純白の翼。そして…見る者を魅了するブロンドの髪。
「天空の女神よ!」
魔物はそう叫んだ瞬間、灰になった。
落下していくすべての魔物が、途中で灰になった。
「赤星…」
空中に浮かびながら、アルテミアは僕に話しかけた。
「何?」
僕が聞き返すと、再びアルテミアは笑い、
「行くぞ」
ただそれだけ言うと、再び翼を広げた。
「うん」
僕はただ…頷いた。
どこへでも、行くつもりだった。
アルテミアと一緒ならば…。
「何!?追撃部隊が、全滅だと!一体何をしているんだ」
報告を聞いたギラは、苛立ちを露にした。
「空で、アルテミア様に敵う訳がないだろうが!」
魔王ライの居城内にある天空の騎士団の陣地で、跪く烏天狗達にそう叫んだ後、ギラはすぐに自分の前から下げさせた。
「フン!」
終わったことをクズクズ言う性格ではなかったが、自らの部隊の象徴であった天空の女神に、数だけで安易に敵うと思ったことに苛立っていたのだ。
「仕方がありませんよ」
そんなギラの後ろから、誰かが声をかけた。
「ゾラか…」
そこに控えていたのは、天空の騎士団親衛隊隊長ゾラだった。
「我が軍は、天空の女神の真の力を知りません。故に、あの方を恐れるものが、少ないのです」
人間の間ではすこぶる評判が悪く…ブロンドの悪魔と言われるアルテミアであるが、天空の騎士団を率いていた時期は短く、さらに若かったこともあり、その恐ろしさを体感したものは少なかった。
さらに、天空の騎士団には、バイラというライの分身がいたこともあり、アルテミアは箱入り娘のようなイメージを持たれていた。
魔王軍を敵にまわしてからは、人間にモード・チェンジし、女神の力を自ら封印していたこともあり…ネーナやマリーのように恐れられる存在ではなかった。
そのイメージは、簡単には拭い去ることはできなかった。
「しかし…」
ゾラは言葉を続けた。
「天空の女神のそばには、彼がいる。赤の王が!」
そう言ったゾラの額に、冷や汗が流れた。
旧防衛軍が、魔界に侵攻し、全滅した日。
彼は、この城まで来た。
その時、見せた圧倒的な魔力。
さらに、数ヶ月にも渡り、魔王ライを封印して見せたこともあり、魔物からはもっとも恐れられる存在となっていた。
だからこそ…魔王ライがいるのに、赤星浩一は赤の王と呼ばれるのだ。
「だからどうした?」
ゾラの言葉に、ギラの目が鋭さを増した。
その視線に気付いた瞬間、ゾラは慌てて跪き、頭を下げた。
彼ら魔神にとって、騎士団長とはもっとも近く恐ろしい存在なのだ。
「赤の王だと?元々人間だった者を王と呼ぶな!」
ギラはゾラを叱りながらも、心の中ではそう呼ばれるのも仕方がないと思っていた。
(あの少年がよくぞ…あのレベルまで)
ギラの脳裏に、天空の騎士団の前に降り立ち、自分に砲台を向ける赤星の姿がよみがえる。
(しかし…彼は…優しすぎる)
妹である綾子の前で、本気を出せない赤星浩一。
綾子に貫かれた心臓の傷口から、血を噴き出し…倒れる赤星浩一。
だが、次の瞬間…アルテミアが現れた。
(だからこそ…アルテミア様を預けられるのだが…)
ギラが、心の中でそんなことを考えているとは知らずに、ゾラは頭を下げ、床を見つめながら、言った。
「だが!赤のお…赤星浩一にも弱点がございます!」
途中で呼び方を変えながら、ゾラはにやりと笑った。
「それは!赤星浩一が、天空の女神を愛しているということです。そして、恐らく!天空の女神も!」
ゾラの言葉に、ギラは眉を寄せた。
ゾラはにやつきながら、言葉を続けた。
「愛なるものは、我々魔物には無用のもの!理解できませぬ!しかし、人間は愛というもので、強くもなりますが…弱く、狂う時もございます!」
ゾラは興奮のあまり、再び顔を上げた。
「そこをつき、赤星浩一と天空の女神の仲を崩せば!彼らを互いに憎ませれば!」
「下らん」
ギラはそう言うと、ゾラに背を向けた。
「ギラ様?」
思わず立ち上がったゾラは、ギラの背中に手を伸ばした。
「愛がわからぬ我らが、どう愛を裂くつもりだ?」
足を止めたギラの背中から漂う殺気に、ゾラは思わず後ずさった。
「そ、それは…」
口ごもり、即答できないゾラを残して、ギラは部屋から出ていった。
「フン!簡単に言い寄るわ」
ギラは回廊を歩きながら、顔をしかめた。
その時、前から誰かが近付いてくるのがわかった。
まだ姿は見えないが、それが誰なのか…ギラは回廊に響く足音だけで理解した。
「サラ…」
近付いて来たのは、同じ騎士団長のサラだった。
「…」
サラは、ギラを目だけで見ると、そのまま横を通り過ぎた。
ギラはため息をつくと、歩き出した。
(我ら魔は、愛を知らない。しかし…痛みは知っている)
ぎゅっと一度だけ、自らの胸を握り締めると、すぐに表情を引き締めた。
ここは城の中である。
騎士団長である自分が凛としないと、下のものに示しがつかないことはわかっていた。
「…」
無言で歩きながら、行く宛がないことにギラは気付いていた。