第36話 本当の旅立ち
(どうする?)
授業が終わり、悩みながらも、家に帰ろうと、僕は校門に向かって歩いていた。
(うん?)
僕は何やら周りが、きな臭いことに気付き、足を止めた。
先生達が、校舎内を走り回っていた。
「やはり、いないか…」
心配そうな顔をしている先生達の顔を見ながら、その横を通り過ぎようとした僕の肩を、後ろから誰か叩いた。
びっくとして、振り返った僕はとっさに、カードを取り出した。
「赤星くんだったね」
「い、飯田先輩」
肩を叩いたのは、笑顔の直樹だった。
僕は、出したカードを手のひらで隠した。
「確か…君は、沢村さんの友達だったね」
「幼なじみです」
笑顔から一転して、真剣な表情になった直樹は、
「沢村さんを知らないかな?いつのまにか、いなくなっているだ。鞄は、教室に残っているし…」
僕は、言葉が出なかった。先ほど明菜が、異空間に引き込まれるのを見ていたからだ。
(だけど…今、どうしたらいいんだ)
直樹は、顔色の変わった僕を訝しげに見ていた。
その視線に気付いた僕は、慌てて顔を背けた。
「知りません」
「赤星くん…?」
そのまま、言葉が続かない二人。
「直樹!どうした?」
立ち尽くす二人に気付いて、校門の方から、中谷美奈子が近寄ってきた。
どうやら、演劇部総出で、明菜を探してるらしい。
直樹は、美奈子の声にはっとして、僕に話しだした。
「今日は、おかしな事件が、多発している。病院に運ばれた者もいる。沢村さんも、何かに巻き込まれたかもしれない。知っていることがあったら、教えてほしい」
直樹だけでなく、美奈子も近づいてくる。
僕は、校門に背を向けて、走りだした。
「し、知りません!」
「赤星くん!」
僕は、直樹の声を振り切って、校舎に向かって走りだした。
その手に、カードを握り締めて。
(やるしかない)
僕はカードを確認した。ポイントは、ほとんど減っていない。アルテミアキラーの戦いを経て、レベルも109になっていた。
(いけるはずだ!あの世界に)
「直樹」
呆然として、赤星を見送った直樹のそばまで、美奈子が来た。
「部長…」
「あいつは確か…」
美奈子は、走り去っていく赤星の右手を凝視した。
「沢村さんの幼なじみです」
「そうか…」
美奈子は呟くように言うと、赤星が見えなくなるまで、その背中を見つめた。
赤星を見ていると、脳裏に何かがぼんやりと浮かんできた。
それは、思い出そうとしても、思い出せないもの。忘れようとしても、忘れられないもの……そんな気がした。
美奈子は、心を決めた。
「直樹…。しばらく、あたしが、学校に来なくなっても、心配するなよ」
「え?」
直樹は、美奈子の顔を見た。
美奈子は、ウィンクすると――そんな自分が馬鹿らしくなり、大笑いしてから、走りだした。
「部長!」
美奈子の足は速く、すぐに道を曲がり、見えなくなった。
「ちょっと待ってください」
後を追おうか、少し悩んだだけで、タイミングが遅れた。さらに、
「ナオくん」
同じく明菜を探している里緒菜が、駈け寄ってきた。
「明菜。見つかった?」
少し息を切らし、汗をかいてることから、里緒菜がかなり真剣に探していることが、わかった。
「あっ…いや、まだ…」
口籠もる直樹に、里緒菜は首を傾げたけど、直樹の何とも言えない…困ったような表情に、里緒菜はこれ以上、きくのをやめた。
「確か…ここだ」
僕は、明菜が消えた廊下に来ていた。ここは、かつて在校生が多いときは、教室として使われていたが…今は、単なる倉庫になっていた。体育の授業に使う用具を取りに来るときか、放課後の部活の用で来る以外は、通ることもない廊下だ。
人もいないことだし、僕はファイアクロウを、装着した。
まったく何事もなかったような空間を、凝視する。
右手の爪が、一つ欠けていることを確認し、
「呼び合え!爪のある場所までの道を!切り開け」
右手を突き出した。
僕が念じると、爪の先の空間が、揺れた。
僕はゆっくりと、さらに右手を突き出す。
すると、まるで水面に手を入れたように…空間に波紋ができた。その波紋が広がっていくと、廊下の向こうの景色が揺らぎ、それに合わせるように、暗い空間が見えた。
その中に、大量の武器のような物が、揺らめいた。
「格納庫…?」
そこに、明菜と明菜をさらったやつもいるはずだ。
一気に、ファイアクロウで空間を切り裂こうとした時、
「それが、異世界への道か」
僕は、突然の後ろからの声に、ファイアクロウを空間に差し込んだまま、振り返った。
「演劇部の部長さん!?」
思いがけない人物の登場に、思わずファイアクロウを、空間から抜いてしまった。
「ここから…明菜は、異世界に連れていかれたんだな」
美奈子はつかつかと、赤星に近づいてくる。
「い、異世界って…何のことです」
今なら、しらばっくれられると、嘘をつこうとした。
その時、美奈子は手に持っていたものを、僕に突き出した。
「ポイントカード?」
美奈子が持つもの… それは、正しく異世界の物だった。
「それを一体、どこで?」
僕は思わず、美奈子に詰め寄った。
「わからない。2日前…突然、下駄箱の中に、入っていた。使い方とともに」
美奈子は、僕の目や様子を見つめながら、自分の言葉を確認していた。まだ自分でも、異世界を完全に認めているわけではなかった。
「このカードに触れた日に、家に帰り、眠ると…夢を見た」
美奈子は、カードを僕に渡した。
「突然、見たことのない草原に、あたしは立っていた。そこで、誰かに武器を渡され、耳元で囁かれた。戦えと…」
僕は、カードをまじまじと見た。
ポイント残高は、0。レベルは30を示していた。
(いきなり、30!下級レベルなら、魔物を倒せる)
僕は、ロバートの言葉を思い出していた。
(異世界から来た君は、強い)
僕は、カードを握り締めた。
「あたしは、人に命令されるのが嫌いだから、無視したけどね」
美奈子は、僕を観察しながら、カードを見て、
「少しポイントがあったんだけど…すぐに0になり…目が覚めた」
「戦えと…言ったんですね」
僕は、カードを調べようと、ディスプレイのボタンを押した。
すると、エラーの表示が出て、カードは僕の手の中で、煙のように消滅していく。
消滅する前に、カードはメッセージを表示した。
{仲間になれ…赤星浩一}
僕は、消えていくカードに力を込めて、握り締めた。
「ターゲットは、僕かあ!」
誰かはわからないが、僕を狙っていることは、間違いなかった。
怒りに震えている僕の横に、美奈子は立ち、先程僕が爪を刺し込んだ空間に、手をかざしてみた。
何の感覚もない。ただ空気があるだけだ。
「赤星くん。ぼやぼやしてる暇はないわ。さっさと、異世界とやらに、行きましょう」
美奈子の言葉に、僕は我に返り、美奈子の横顔を見た。その怖いくらい真剣な顔に、少したじろいだ。
「部長さん。あの世界は、危険です。そんな危険な世界に、あなたを連れていけません」
僕の言葉に、美奈子は僕の顔を見、きりっとした目で僕を睨んだ。
「そんな危険な世界に、あいつを置いていけるか!あたしは、部長なんだ!部員を助ける義務がある!」
「部長さん…」
僕は、美奈子の決意に感動した。不覚にも、涙が出そうになったけど、連れてはいけない。
僕は、自分のカードに命じた。
「スリープ」
僕の目を見ていた美奈子の全身の力が、抜けてきた。
「あ、赤星…て、てめえ…」
美奈子の瞳が、閉じられていく。
「すいません…」
倒れる瞬間、僕は美奈子を受け止め、静かに廊下の窓側の壁に、もたれさせた。
「ごめんなさい。もしかしたら、命を失うかもしれない…。そんな危険な世界に、普通の人を連れてはいけないんです」
僕はもう一度、ファイアクロウを出すと、空間を刺した。
爪は空間に埋まり、僕は奥まで刺し込む。そして、一気に、下まで切り裂いた。
僕には、わかっていた。
今から、異世界に行くのは、これまでと違うことに。
アルテミアと融合し、彼女の保護の下に呼ばれ、目が覚めると、自分の世界に戻れる…そんな甘いことは、二度とないことを。
(僕は、自分の肉体のまま、あの世界にいくのだ)
それは、傷つければ、死ぬことを意味していた。
(でも…)
僕は、左手でカードをつまんだ。
レベルを確認してから、胸ポケットにしまうと、僕は左手の爪も刺し込んだ。
「いくぞ!アルテミア!」
切り裂いた空間に、一気に飛び込んだ。
アルテミアとともに戦い、得た力。
(そう簡単に、死ぬものかよ)