第371話 操る仮面
「エルさん!」
校舎内を探していた九鬼の耳に、微かだが銃声が飛び込んでいた。
いや、銃声とは思わなかった。
異質な叫び声。
その違和感に、九鬼は駆け出し、校舎から飛び出した。
「うん?」
その銃声は、勘のよい者に響いていた。
裏門に向かって走っていた輝は、足を止めた。
「どうした?」
一緒に走っていた緑も足を止め、振り返った。
「やっぱり…やめませんか?」
真剣な顔を向けた輝の頭を、緑が小突いた。
「あほか!」
「うおおおっ!」
引き金を弾いた瞬間、サイレンスの勢いで跳ね上がった右腕のオウパーツが発動した。
真っ直ぐに振り下ろしたジェースの右腕を、玲奈から奪った左腕で受け止めた。
「はははは!」
女は笑うと、左足に力を込めた。地面を蹴る力が、ジェースの右腕を再び突き上げる。
「ジェース!」
ティフィンが思わず、叫んだ。
「たった一部分のオウパーツだけで!我に勝てるか!」
女は身を捩り、左足で蹴ろうとしたが、慣れていないのか…咄嗟に右足に変えた。
その動きが、ジェースに逃げるチャンスを与えた。後ろに飛びながら、引き金を弾いた。
しかし、胸のオウパーツに弾かれた。
「銃弾が効くか!」
女は、空振りした右足を地面につけた。
「試してみるよ」
サイレンスの勢いを使い、結構な距離を稼げたジェースは、片膝を地面につけると、サイレンスを両手でしっかりと持ち、引き金を数回弾いた。
地面を抉り、数センチ後ろに下がったが、サイレンスを連射するにはそれしかなかった。
それに、ジェースの正確な射撃が、同じ箇所に次々と撃ち抜くはずだった。それも、オウパーツで守られていない腹の部分を。
しかし、女は…振動波を出すことなく銃弾を塵にした。
「!?」
ジェースは驚愕した。
「アハハハハ!」
再び高笑いする女の後ろに、黒い影が走った。
「ルナティックキック!」
右足のレッグラリアットが、女の延髄に決まった…はずだった。
「何!?」
蹴りを放ったのは、九鬼だった。しかし、足の感触から、まったくダメージを受けていないことがわかった九鬼は、女から離れた。
女を挟んで、正面にジェース。後ろに九鬼。
2人は同時に、目を見開いていた。
「アハハハハ!」
笑い続ける女の全身が、オウパーツに包まれていく。
「すべてのオウパーツを集めなくても!4つもオウパーツがあれば、全身を包むことは可能!」
メタリックなボティは、いつのまにか始まっていた黄昏時のオレンジの輝きに、乱反射した。
「クッ!」
ジェースはサイレンスの弾がなくなったことに気付き、弾丸を込めた。
その様子を目を細めながら、女は言った。
「無駄を詰めるな!この体に、銃弾は効かぬわ!」
「まだわからないぜ」
ジェースは、サイレンスを女に向けた。
「やはり…エルさんなの?」
女の声を聞き、九鬼は確信した。
「エル?」
九鬼の言葉に、女は振り返り、クククと笑った後、
「我は、王よ!そんな名前ではない!だが、しかし!この体は素晴らしい!」
突然、女の体の大きさが倍になった。
「王の体の資格がある!」
にやりと笑うと、女は一瞬で九鬼の目の前まで移動した。
「!?」
さすがの九鬼も避ける間がなかった。
赤ん坊の頭くらいの大きさになった女の拳が、九鬼の顔にヒットする寸前、黒の乙女ケースが盾となった。
「!?」
オウパーツの攻撃を受け止めた黒の乙女ケースの表面に、無数のヒビが走った。
それを見ても、九鬼は動じることなく叫んだ。
「装着!」
割れたのは、表面だけだった。中から現れたのは、銀色に輝く乙女ケース。そして、ケースが開くとさらに目映い光が放たれ、九鬼を包んだ。
その光を切り裂いて、銀色の戦士が姿を見せた。
「乙女シルバー!推参」
「乙女…シルバー!?」
ジェースは、女越しに九鬼の姿を見つめた。
「月の鎧か!大した防御力もない癖!」
至近距離で、何度も殴りかかる女の拳を九鬼は余裕で避ける。
「当たらないだと!?」
絶句する女に、九鬼は冷ややかな視線を浴びせながら、
「過ぎた力は、人を不幸にするだけだ。ほんの少しの与えられた力にも、感謝できなければ…人は、単に欲望を満たすだけの愚か者になる!」
「単なる人間が!偉そうに!」
女の全身を包むオウパーツが、発動した。
「フッ」
と同時に、九鬼のオウパーツも発動し、オウパーツの振動波を相殺した。
「貴様!」
4つのオウパーツが、完全に一つになった為に、別々の波動を放つことができなくなった女は、振動波の効果がないことに苛立った。
「あたしは、今も感謝している。あの時、もし…足を失わなければ、オウパーツを身につけることはなかった。そして、この場で塵になっていただろう」
九鬼は右足で、女の足を払った。
「すべてに、感謝を」
バランスを崩した女を、そのまま九鬼は投げた。
「我が…地面にひれ伏すなど…あってはならん!」
地面に叩きつけられたが、土を爪で抉りながら、何とか顔を上げた女の目に、月の下で舞う九鬼の姿が映った。
「月影キック」
ムーンエナジーを纏った右足が、上空から飛来する。
「愚か者目が!」
女は右手を突きだして、蹴りを受け止めた。
その次の瞬間、表情が凍り付いた。
「わ、我の体が!?」
「ルナティックキック三式!」
蹴りを受け止められると判断すると、手のひらに当たる寸前、九鬼は爪先を立てて回転し出したのだ。
「オウパーツが、削られている!?」
銃を構えながら、ジェースは驚いていた。
振動波を相殺することは、ジェースにできた。しかし、それでもオウパーツに傷をつけることはできなかった。
それなのに、今…目の前であのオウパーツが削られている。
例え…完全な状態でなくても。
唖然としているジェースの頭に、再びディアンジェロの言葉がよみがえった。
「魂を込めろ!」
サイレンスをただ撃つだけのジェースに、ディアンジェロは言った。
「オウパーツは、サイレンスを撃つ為にあるんじゃない!」
ディアンジェロは、ジェースが空けた岩の穴を見つめ、
「銃も生きている。撃ち方によって、威力も変わる!」
その後、ジェースの右腕に目をやった。
「お前は、お前にしか撃てない弾丸があるはずだ」
「俺だけの弾丸…」
ジェースは、銃口を女に向けながら、少しだけ目を細めた。
「フン!」
気合いとともに回転を増し、ドリルのようになった時…九鬼の耳に、エルの声が飛び込んで来た。
「九鬼さん…。やめて下さい」
「え」
その声に、九鬼の回転が緩まった。
「フッ」
女は笑うと、まだ回転している九鬼の右足首を左手で掴み、そのまま怪力で地面に叩きつけた。
「何!?」
地面に跳ね返り、えびぞりになる九鬼を、女は踏みつけた。
「甘いわ!アハハハ!」
再び高笑いをする女のオウパーツが、発動した。
痛みの為に、上手く相殺できない九鬼のシルバーの表面が、塵になっていく。
「一瞬で終わりだ!」
「させん!」
今まで倒れていた十六夜早百合が、立ち上がると、両腕を発射した。
「九鬼真弓を倒すのは、この俺だ!」
しかし、早百合の体から発射された両腕は、オウパーツの振動波によって、当たる寸前に塵になった。
「何がしたい!」
女は、早百合の方を向き、馬鹿にしたように笑った。
しかし、早百合の目は、女を見ていない。
「さっきとしろ!」
踏まれている九鬼に向いていた。
「ああ!」
九鬼は、女の意識が早百合に向いた一瞬の隙に、女の足を捻ると、バランスを崩さし足下から脱出した。
そして、後ろ手で地面を弾くと、倒立の形で足を突き上げた。
「ルナティックキック二式!」
下から、女の顎をかかとで蹴り上げると、九鬼は回転し地面に立った。
「お、おのれぇ〜!」
女の体が後ろに反り返った。その瞬間、ジェースの方に顔を向いた。
「魂を込めろ…」
ジェースは、銃口を女に向けた。
右腕のオウパーツが発動し、ジェースの手にあるサイレンスを振るわした。
そして、ゆっくりと引き金を弾いた。