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第367話 後ろ姿

「うわあっ!」


幼き頃、ジェースはいつも特訓を受けていた。


特訓と言っても、生易しいものではなかった。


いつも死がそばにあった。


「ずるいよ。ディアンジェロ…」


岩場で血だらけになったジェースの手には、サイレンスが握られていた。


「この銃…。撃つといつも転けそうになるんだよ」


泣き言を言うジェースに、白髪の老人ディアンジェロは目を細めた。


「慣れろ」


そう言うと、ディアンジェロは銃口を向けた。


「くそ!」


ジェースは慌てて避けると、もたれていた岩に銃弾で穴が空いた。


「サイレンスは、お前の右腕で撃って初めて、真の効果を発揮する。さすれば、どんなものでも破壊できる!」


ディアンジェロは、引き金を弾き続けた。


「オウパーツすらもな」


最後の声は、呟くように言った。


(それに…お前は…)


ディアンジェロは、ジェースを拾った時を思い出していた。


彼を拾った町は、ある者達に襲撃されて全滅した。


その者達は、ディアンジェロには絶対に勝てない存在だった。


それは、2人の女神…ネーナとマリー。


特に、マリーは幼い子供の生き血を好んだ。


山のように並んだ子供達の死骸の中で、唯一生き残っていたのが、ジェースだった。


そして、そのジェースの両親をディアンジェロは知っていた。


ジェースの父親は、有名な剣士だったからだ。


彼は、女神達に瀕死の重傷を負わされながらも、ディアンジェロが助け出した息子の状態を知り、あるものをつけた。


それこそが、オウパーツだった。


とある場所で、父親が発見したものだった。


父親は、オウパーツをつけた息子をディアンジェロに託した。




「戦え!ジェース!」


ディアンジェロは、ジェースに銃口を向けながら、彼の傷口から血が止まっていることに気付いていた。


(これが…こいつが特別な理由。そして、オウパーツをつけられた理由)


父親が死んだ為に、ジェースの秘密を知る者は、ディアンジェロしかいない。


(それでいい)


ディアンジェロは、ジェースを鍛える為に、何度も撃った。







「こんな攻撃が!」


熊のようになったベアハングは、ジェースの拳を避けることなく、胸を張った。


胸のオウパーツが振動し、先程ジェースがやったように、共鳴して相殺しょうとした。


「フッ」


ベアハングは笑ったが、次の瞬間凍りついた。


「ジェース?」


廊下から音が聞こえなくなった為、ティフィンは恐る恐る扉を開け、顔を覗かせた。


「な、な、なぜだ…」


ジェースの右腕が、先程サイレンスであけたベアハングの土手っ腹に突き刺さり、背中まで貫いていた。


「な、なぜ…消えない」


ベアハングがジェースの右腕を引っこ抜こうと、両手を触れた。


すると、ベアハングは指先から、塵になっていく。


「俺のオウパーツよりも…ジェースのオウパーツの方が優れているのか…」


右腕のオウパーツの振動波により、原子レベルで分離していくベアハングの体。


その勢いは速く、一瞬でベアハングの肉体は分離された。


唯一残った胸のオウパーツだけが、廊下に落ちて転がった。


ジェースは何もなくなった空間に、突きだしていた右腕を下ろした。 そして、下に落ちた胸のオウパーツを見下ろした。


「やったか!」


ティフィンは扉の中から飛び出すと、胸のオウパーツに近付こうとした。


「おっと」


理事長室前の開いていない窓ガラスを突き破り、ソリッドがジェースの真横に、着地した。


「!」


「まだ渡す訳にはいかない」


ソリッドは回転すると、左足をしならせ、胸のオウパーツを蹴った。


廊下を飛んでいく胸のオウパーツを見ることなく、ジェースは銃口をソリッドの額につけていた。


「ほぉ〜。オウパーツよりも、俺を殺すことを優先することはな」


ソリッドは、口許を歪めた。


ジェースの右腕が再び振動し、ソリッドのオウパーツの振動を相殺していた。


「…」


ジェースは無言で、引き金を引こうとしたその時、


「ジェース!」


胸のオウパーツが飛んでいった廊下の先に、1人の女が姿を見せた。


その声に、ジェースの動きが止まった。引き金にかける指も途中で、固まっていた。


「玲奈!」


ジェースは驚きの顔を、廊下の奥に向けた。


その隙を、ソリッドは見逃さなかった。


助走をつけずに、左足の力だけで、後ろに飛んだ。自分で開けた窓から背面飛びの格好で、外に出た。


「チッ」


ジェースはソリッドの動きに気付き、引き金を弾こうと思ったが、廊下にいる玲奈のことが気になって視線を外すことができなかった。


そんなジェースを見つめる玲奈。


2人の視線が絡まる。


「ジェース!」


緊張状態になった2人の様子に気付き、ティフィンがジェースの前に浮かぶと両手を広げ、玲奈を睨んだ。


「!?」


そのティフィンの行動に、玲奈は目を見開いた。


「ティフィン。退け!」


緊張が解けたジェースは、銃口を廊下の先に向けた。


その時には、玲奈と胸のオウパーツは消えていた。


「クッ!」


ジェースは、顔をしかめた。






「フフフ…」


東校舎と学園を囲む塀の間にある道を真っ直ぐに歩いていた麗華の前に、ソリッドと胸のオウパーツを手にした玲奈が現れたのは、ほぼ同時だった。


「ベアハングがやられた」


ソリッドはそう言うと、地面に唾を吐いた。


「そう」


麗華は、別に驚いていなかった。腕を組み、鼻で笑うと、


「勝手に行動するからよ」


玲奈の方に歩み寄ると、じっと宿主のいなくなった胸のオウパーツを見つめた。


そんな麗華に目を細めた後、無理矢理笑顔をつくると、ソリッドは訊いた。


「オウパーツに、性能差はないはずだ。身を守る盾だからな。なのに、あいつの腕は、ベアハングの体を貫いた。その理由は何だ?」


その質問に、麗華は再び鼻を鳴らし、横目で冷たくソリッドを見つめた。 そんなことくらい自分で考えろと、目がそう告げていた。


「麗華!教えてくれよお」


苛立ちを抑えながら、ソリッドは懇願するように言った。


「…」


それでも口を開かない麗華に、今まで黙っていた玲奈が口を開いた。


「あたしも知りたいわ。麗華」


「…玲奈」


麗華は、玲奈に顔を向けると、おもむろに話し出した。


「…まずは、パーツの差。腕や足は攻撃に向いている。だけど、それは性能差とは関係ない。もっとも違いがあるとすれば…宿主の精神力の差」


麗華は、胸のオウパーツを見つめた。


「振動波の波長は、変えられる。しかし、それができたのはジェースのみってことね」


麗華の言葉を、玲奈が続けた。


「ええ…そうよ」


麗華は頷いた。


「波動を変えれるだと!?」


驚くソリッド。


「…」


麗華は、玲奈を見つめたまま、彼女から胸のオウパーツを取ると、それをソリッドに投げた。


「波動そのものを変えるのは難しいけど…2つのオウパーツの発動のタイミングを変えれば、波動は混ざり合う。そうなれば、簡単には共鳴できない」


「つまり、俺に二つ目のオウパーツをくれる訳だな」


ソリッドはにやりと笑うと、


「返してくれと言ったところで、もう遅いぜ」


一瞬で胸のオウパーツを身につけた。


「フン!勘違いするな。すべてのオウパーツは、王のものよ」


「そうだったな」


ソリッドは肩をすくめると、2人に背を向けて歩き出した。


「ソリッド。どこにいくの」


玲奈がソリッドの背中に声をかけたが、彼は足を止めなかった。


「フン」


麗華は、逆の方向に歩き出した。


「麗華!」


玲奈は、ソリッドから視線を変えた。


「あの2人には、オウパーツの宿主の資格がない。せめて、ジェースと相討ちくらいになってくれたらいいわ」


「麗華…」


悲しげな表情を浮かべる玲奈に、


「あなたはどうかしら?」


足を止めると振り向くことなく、訊いた。


「オウパーツの声に、従っているの?」


「あ、あたしは…」


突然の質問に、少し口ごもってしまう玲奈。


「まあ〜いいわ」


麗華は、歩き出した。


「あなたは、他の2人のように勝手な行動はしないから」


「…」


玲奈は口をつむんだ。


ソリッドの方にも、麗華の方にも行けずに、その場で立ちすくんでしまった。


「ジェース」


そして、無意識に彼の名を口にしていた。







「いつも傷だらけよね」


ディアンジェロとの特訓により、ボロボロになって帰ってくるジェースに、玲奈が訊いた。


「仕方がないだろ!相手は、あの銃牙だぜ!」


幼い手に余るサイレンスを握りしめながら、ジェースは玲奈を睨んだ。


そんなジェースに、玲奈は目を丸くした。


「ったく!組織の仕事だけじゃなくて、こんなことやってたら〜いつか死ぬぜ」


毒づきながら、自分に背を向けたジェースに、玲奈は少し顔をそらしながらも訊いた。


「そんな弱音をはく弱虫に、どうして…あたしが助けられなくちゃいけなかったのよ」


少し前の任務中で、玲奈は魔神と偶然遭遇した。


死を覚悟した時、ジェースが助けてくれたのだ。


サイレンスで、魔神の気を逸らし、その隙に玲奈は逃げれたのだ。


「お前が、俺より弱いからだよ」


ジェースはそう言うと、頭をかき、


「そう言えば…あの時も死にかけたな」


当時の状況を思い出していた。


「あたしが、弱い?あんたよりも」


玲奈は、ジェースの背中を見つめながら、唇を握り締めた。




(ジェース…)


思えば…あの頃から、ジェースの背中を追っていた。


玲奈は、ソリッドの背中でも麗華の背中でもない…ジェースの背中を思い出しながら歩き出した。


(そう…あの背中を追い越す為に、あたしはいるのよ!)


玲奈の目から、迷いはなくなっていた。



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