第366話 振動
「わかりました…。当校は、あなたを生徒して迎えます」
黒谷理事長は、ジェースの編入を認めた。
その理由はただひとつだった。
月の女神によって、人類の為につくられた学園が、人類の危機になるかもしれないオウパーツを持つ少年を野放しにする訳にはいかなった。
(最後のパーツは、島とともに海中にある。願わくは、この学園ですべてのオウパーツを回収して、封印する)
黒谷は、理事長室から去っていくジェースの後ろ姿を見つめ、
(それが、月の防人である我らの使命)
決意を固めた。
そんな強い視線を背にしながら、理事長室を出たジェースは、廊下の向こうから別の視線を感じて、立ち止まった。
「どうした?ジェース」
ジェースの変化に気付いたティフィンが、声をかけた。
「ティフィン…。外で待ってくれ」
ジェースは廊下の窓に目をやり、
「来客が来たらしい」
学生服の中に、手を伸ばした。
「お、お前!学校の中で!」
驚くティフィンに、ジェースは叫んだ。
「早く行け!」
次の瞬間、女の悲鳴に似た銃声が廊下にこだました。
「フフフ…」
廊下の端に、熊のような大男が姿を見せる寸前に撃たれた銃弾は、確実に男の急所にヒットした。
しかし、当たった部分から硝煙が立ち上るだけで、まったくダメージを受けていなかった。
「この世界にある数多くの銃…。そのすべてのもとになったといわれる伝説の銃…サイレンス。異世界から来たとも言われるが…」
廊下に現れた男は、ベアハングである。ベアハングはにやりと笑い、
「オウパーツの前では、無意味だ」
そのままジェースに向かって、突進してきた。
「チッ」
舌打ちすると、ジェースもベアハングに向かって走り出した。
「ジェース!」
ティフィンは逃げることを忘れて、ジェースの背中に叫んだ。
「オウパーツ以外なら!」
ジェースは走りながら、ベアハングの額に向かって引き金を弾いた。あまりの威力の為に、サイレンスを撃つ度に腕が跳ね上げる。
「無駄だ」
ベアハングの胸についたオウパーツが振動し、空間を歪めた。
放たれた銃弾は、振動波によって粉々になった。
「それにだ!」
ベアハングは、両足で廊下を蹴った。
「サイレンスは撃った瞬間、無防備にさせる!」
勢いを増したベアハングは、右腕が上に上がった体勢となったジェースの胸元に飛び込む。その手には、いつのまにかナイフが握られていた。
「終わりだ!ジェース!」
「なめるなよ」
ジェースは腕が跳ね上がった勢いに逆らわずに、後方に背中から倒れるように飛んだ。
理事長室は廊下の一番奥にある為に、すぐにジェースの跳ね上がった手は、壁につくことになる。
しかし、ジェースはサイレンスを回転させ、銃底を壁に激突させると、今度はその勢いを利用して、襲いかかってきたベアハングの真下に滑り込んだ。
そして、再び銃口をベアハングに向けた。
「馬鹿目!至近距離でも!」
と言った瞬間、ベアハングは絶句した。
オウパーツの振動波が、発生しないのだ。
「!」
ベアハングははっとした。
突きだされたサイレンスを握る右腕もまた…オウパーツでできているのだ。
「共鳴させて!消しただと!?」
「ご名答」
ジェースは、胸のオウパーツを通り過ぎて腹に銃口が来た瞬間、引き金を弾いた。
「ぎゃああああ!」
女の金切り声のような銃声が、撃たれたベアハングの叫びをかき消した。
ベアハングの巨体が、廊下の先に激突した。
「クッ」
しかし、撃ったジェースもダメージを受けていた。
サイレンスを撃った反動で、肩を廊下の床に強打していた。
「ジェース!」
窓の外で、唖然としながら戦いを見ているティフィン。
「何事ですか!」
廊下での騒ぎに気付き、理事長室の扉が開いたが、立ち上がったジェースは、左手で扉を途中で止めた。
「ティフィン!」
「うん」
ティフィンは頷くと、開いている隙間から理事長に飛び込んだ。勿論、邪魔をさせないようにする為だ。
扉が閉まったのを確認すると、ジェースは再び銃口を前に向けた。
そこには、土手っ腹に穴が空いたベアハングは立っていた。
「少し疑問に思っていたことがあった。お前達は、オウパーツをつける前は、そこまで強くなかったはずだ。例え…数人かがりでも、お前達に不覚を取ることはあり得なかったはずだ」
組織から逃げている時に、ジェースはベアハングとソリッドと遭遇した。
その時、余裕だと思っていたのに、ジェースは苦戦したのだ。
「ククク…」
ジェースの言葉を聞いて、ベアハングは笑った。
ジェースは、顔をしかめた。
なぜならば、土手っ腹に空いた穴が塞がって来ていたからだ。
「貴様と違い…我々は、オウパーツの声を完全に遮断することはできなかった。それを知った組織の上層部は、あることを思い付いた!それが!」
傷口が治るだけではなかった。
ベアハングの体自体が、変わっていくのだ。
「魔獣因子!」
ベアハングの見た目が、熊の魔物そのものになる。
「魔獣因子だと!?」
ジェースは、銃口を向けながら、目を見開いた。
「この世界には、ないものだった。しかし、ある人物から、その因子を存在を知った組織は、人間を魔物に変える実験を行った!幾度とない失敗を得て、我々にその成果はいかされたのだ!」
ベアハングの穴が塞がった。
「我らこそが、オウパーツを身に付け、人間を超えた存在!ライなどに渡す必要があるか!すべての人間を従えるのは、我々だ!」
「き、貴様!」
人間じゃなくなったベアハングを見た瞬間、ジェースの中の何かが切れた。
「うおおおっ!」
ジェースの咆哮に,右腕のオウパーツが反応した。
サイレンスを左手に持つと、振動音を増し、まるでドリルのようになった右腕を…ベアハングに叩き込んだ。
「うん?」
微かに学園内に漂うオウパーツの波動を感じ、麗華は足を止めた。
「始まったか…」
フッと笑った麗華の前に、高坂が駆け寄って来た。
「先輩!」
高坂は敢えて、先輩と言った。
その呼び方に、麗華は何も言わず、ただこう訊いた。
「何?」
高坂は唾を飲み込むと、一呼吸置き、麗華を見つめ、
「あなたに訊きたい!あなたはもう…情報倶楽部の人間ではないのですか?」
「フッ」
高坂の質問に、麗華は口許を緩め、
「あたしは、オウパーツの装着者。それ以外に意味はないわ」
逆に高坂を憐れむように見つめた。
「だったら!そのオウパーツが、もし魔王の手に落ちたらどうします!」
「仕方がないわ。恐らくは、さらに無敵になるわね」
「人間はどうするんです!」
高坂は、麗華の方に一歩だけ前に出た。
「赤の王が、オウパーツを得れば…人間の為に戦ってくれるわよ」
まるで他人事のように言う麗華に、高坂はわかっていたとはいえ…愕然とした。
「あ、あなたは!」
「勘違いしないでね。あたし達は、すべてのオウパーツを真の王に届けるだけよ。それにより、人間がどうなろうが知ったことではないわ!」
「クッ!」
高坂は、麗華の言葉ですべてを悟った。
例え、オウパーツによって精神が侵されているとしても…。
「あなたはもう!情報倶楽部の人間ではない!」
高坂は、ダイヤモンドの乙女ケースを突きだした。
「装着!」
ケースが開き、目映い程の光が溢れると、高坂の全身を包んだ。
そして。
「高坂!ダイヤモンドパンチ!」
「馬鹿な…後輩ね」
麗華のオウパーツから振動波が発生し、襲いかかる高坂の体を包んだ瞬間、変身が解けた。そして、そのまま地面に倒れた。
「な!」
変身が解けただげではなく、全身が小刻みに震えて動けない高坂。
「月の鎧がなければ、塵になっていたわよ」
そう言うと、自分の横を通り過ぎようとする麗華に、高坂は最後の力を使って訊いた。
「あなたは…人間が…どうなってもいいのか…」
その質問に、麗華は足を止めた。
「下らない質問ね」
麗華は、高坂を見下ろし、
「自殺する人間もいる。つまり、自己破滅ね。だったら…すべてを壊したい人間もいる。人間だから、人間を守る必要はないのよ」
「だが…人間は…人間からしか生まれない」
「あのね…」
麗華は、視線を前に変えると、
「あたしは、どっちでもいいのよ。このオウパーツを王に渡せればね」
そのまま歩き去った。