第364話 憂鬱な闇
「王よ…」
闇の中…久々に戻った城の中で、ライは玉座に座っていた。
その前に、跪くサラ。
「クッ!」
ライは顔をしかめた。その瞬間、闇に包まれた玉座の間に、赤く禍々しい光が二つ出現した。
「リンネはなぜ!奴らを殺して、オウパーツを奪わないのだ!」
空気を…いや、空間さえも震わす程のライの怒りの波動を受けながらも、サラは表情一つ変えずに、控えていた。
「なぜだ!」
玉座から立ち上がったライに気付き、サラはおもむろに口を開いた。
「恐れながら申し上げます。王よ」
サラは少しだけ、顔を上げた。
「オウパーツは、単なる防具。あなた様のお力ならば…無用のものかと…」
「き、貴様!」
サラの言葉を聞いた瞬間、ライの両目の輝きが増した。
サラの全身を凄まじい衝撃が貫いた。
しかし、それでもサラは、微動だにしない。
「我は、王だ。王は、不覚を取ってはいけない!今回、封印されたことで、我は思い知らされたのだ!油断も、思い上がっても駄目だ!すべてを圧倒的に、何もさせぬ前に始末しなければならない!」
わなわなと震えながら、興奮気味に話すライに、サラは悲しみを覚えた。
(やはり…ライ様は…)
サラの脳裏に、王になる前の空牙の頃の姿がよみがえる。
少し惚けながら、おどけて見せるが…その芯にあるものは、揺るぎなく圧倒的な強さを持っていた。
サラ達を率いながらも、凛とした後ろ姿に、どれほどの魔物が頼りがいがあると思ったことか。
それは、バイラの時も変わらない。
それなのに…今のライは、感情に支配され、ただ力を振るうだけの存在に見えた。
「王よ」
サラは、ライの魔力の衝撃波が荒れ狂う玉座の間で立ち上がった。
騎士団長でなければ、即死している程の力に、サラの全体を包む赤い鎧が砕け、傷だらけの裸体を露にした。
しかし、サラは毅然とした態度で、ライを見つめ、
「お気を鎮め下さい」
諭すように言った。
「貴様!」
ライは手を突きだした。圧倒的な魔力が、サラに向かって放たれた。しかし、それでも、サラは避けなかった。
直撃し、血塗れになりながらも、サラはライに向かって歩き出した。
「王よ…。落ち着いて下さい。あなたは、この世界の神です。何も恐れることはございません。あなた様に敵う相手など、この世界にはおらぬのです」
「だ、黙れ!」
ライの突きだした手の中に、荒れ狂う魔力の衝撃波が集まり、渦を作り出す。
「王よ」
サラは項垂れ、覚悟を決めた。
もともとこの身は、ライが創ったのであった。彼が、最初につくった側近として。
だからこそ、どんな相手に殺されるよりは…ライに殺されることは、本望であった。
(願わくは…本来のお姿を取り戻してほしい)
ゆっくと目を閉じたサラは、死を覚悟した。
しかし、サラは死ななかった。
「避けぬか…馬鹿者」
サラのすぐ目の前で声がした。
「!」
はっとしたサラが、目を開けて顔を上げた時、玉座の間から嵐は消えていた。
「勝手に死ぬな。もう誰も…我が目の前で…」
ライの突きだした腕は、サラの耳の横を通り過ぎていた。
復活したばかりで、完全に力が戻っていないライは、今の剣幕で魔力を使い過ぎてしまったのか…。手を突きだしたまま、崩れるように倒れていく。
「ライ様」
慌ててサラは、ライの体を受け止めた。
剥き出しの乳房の間に、ライの顔が埋まる。
その瞬間、サラの瞳から一筋の涙が流れた。
そして、サラはライの頭を抱き締めた。
「空牙様…」
自然と出たのは、その名前だった。
ぎゅっと、自らの胸にライの顔を押し付けた時、気を失ったライが呟くように言った。
「ティアナ…」
その名を聞いた瞬間、サラの全身が固まった。
それは、わかっていたことだった。
だから、サラはライから離れることなく、少しだけ深呼吸をした後、もう一度ライの頭を抱き締めた。
(この身は…あなたの為に…。我こそが、あなたの盾になります故に…今だけは)
再びサラの目から、涙が流れた。
しかし、それを拭うことはしなかった。
ライの怒りの波動は、城にいた騎士団長達には感知されていた。
「サラよ…」
ライのそばにいるだろうサラの身を、ギラは案じたが…玉座の間に行くことはない。
なぜならば、自分達の生奪権は、ライにあるからだ。
「…」
リンネは、何も言わずに無言で城の中の回廊を歩いていた。
「リンネ様…」
ライの波動を感じ、震えるユウリとアイリに、リンネは口に開いた。
「心配するな。何もあるはずがない」
リンネは、ライの変化をわかっていた。
しかし、ライは自分に自由を与えたが、本音はぶつけないことも理解していた。
(所詮…あたしは、魔王の人形)
ライの母…輪廻に似ていることを、彼女は知らない。
しかし、特別扱いされていることは、わかっていた。
自分がやったことをすべて許すライが…自分を見ていないことも気付いていた。
(それでも…あたしは、王の炎)
そして、魔王の気を感じなくなった時、リンネはユウリとアイリに告げた。
「王パーツは、いらなくなったかもしれないわね」
「え?」
「どういう意味ですか?」
ユウリの問いに、リンネは口元に笑みを浮かべながら答えた。
「だって、神のご加護っていうでしょ?ご加護は、神が与えるもの。神自身に、護りは入らないのよ」
「リンネ様…」
ユウリは、リンネの口調に嬉しさを感じたが、それを口にはしなかった。
「あたし達は、そんな神を脅かす者を排除するのみ」
リンネの口調が変わった。虚空を睨むと、うっすらと瞳が赤くなった。
「赤星浩一とアルテミア」
リンネの歩くスピードが、少し速くなった。
「我々炎の騎士団が、排除する!」
そう言った瞬間、リンネの姿が回廊から煙のようにが消えた。