第363話 扉と扉
「どうした?ジェース」
理事長室の扉を見つめたまま動かないジェースに、ティフィンが声をかけた。
「いや…何でもない」
ジェースは首を横に振った後、扉を叩いた。
「オウパーツ…」
部室から出た高坂は、体育館裏を歩きながら、考え込んでいた。
「まったく…いろんな問題が起こるわねえ」
そんな高坂の前に、さやかが姿を見せた。こちらも、腕を組んで。
「さやか…」
高坂は少し驚き、足を止めた。
「今、オウパーツはつけているのは、転校生の4人に…生徒会長」
「いや…転校生は3人だ。1人は、復学扱いになる」
高坂の言葉に、さやかは口を閉じた。
「さやか…」
高坂は、さやかの目をじっと見つめ、
「お前は知っていたな。俺が入る前の情報倶楽部に、森田部長以外に、部員がいたことを」
強い口調で訊いた。
さやかは組んでいた腕を解くと、肩をすくめて見せた。
「詳しくは知らなかったわ」
「勿論…オウパーツのことも、最初から」
「真!」
「なぜならば、二年前!最初に極楽島に部長が向かったことを、俺に教えたのは、お前だから」
「そ、それは!」
口ごもりながらも、何とか言葉を絞り出そうとするさやかを見て、高坂は歩き出しながら、言った。
「言い訳はいい。だが、部長が守ったものを、俺の代で好きにはさせない!」
「真!」
振り返り、後を追おうとしたが…少し躊躇ってしまった。その動きが、高坂とさやかの間に、一瞬で距離を開けた。
「ああ…」
手を伸ばしながら、頭を垂れるさやか。
そんな様子を、木陰に隠れて見ている者がいた。
幾多流である。
「フン」
軽く鼻を鳴らした後、幾多は落ち込んでいるさやかに気付かれないないように、足音を立てずに体育館の奥へ歩いて行った。
「相変わらずだな。真は…」
そう言った後、幾多はクククッと含み笑いをもらした。
「お前らしいよ。世界が変わっても、お前は変わらない。その本質のブレのなさは、感心するよ」
そして、口許を歪めると、幾多は情報倶楽部の入口を通り過ぎた。
「しばらくは、傍観者となるか。今の状況で、舞台に上がっても、単なるエキストラに過ぎないからな」
両肩をすくめると、体育館の角を曲がり、グラウンドの端の方へ歩き出した。
「ジェース!」
ジェースの姿を目にした玲奈は、階段を駈け下り、理事長室のある校舎に向かおうとした。
「玲奈!」
一階に足がついた瞬間、横合いから巨大な影が進路を塞いだ。
「ベアハング!」
すぐに、相手を見切った玲奈は叫んだ。
「退いて!」
「すまないな…。玲奈」
ベアハングは軽く頭を下げると、
「この先に、行かせる訳にはいかない」
両手を広げた。
剥き出しになった胸のオウパーツが、玲奈の目の前に現れた。
「邪魔よ」
玲奈は、左腕を突きだした。機械が起動するような甲高い金属音が、空気を切り裂いた。
二つの守り、拒絶する力は、互いを跳ね返そうとした。
しかし、突進力を加えた玲奈の拳が、ベアハングの巨体を押した。
「玲奈!」
左側の手摺の向こうから、誰かが飛び出して来た。
ベアハングの胸を押すために、真っ直ぐに伸びた玲奈の左腕に、かかとが落とされた。
「ソリッド!」
玲奈の拳は、ベアハングの胸から離れた。
「フッ」
ベアハングは、玲奈に殴られた勢いも利用して後ろに下がった。
「ケケケ」
逆に、ベアハングがいたところに、ソリッドが着地した。
「き、貴様ら!」
少しバランスを崩した玲奈に向けて、ソリッドは左足を突きだした。
それを、玲奈は反射的に左腕で受け止めた。
「やる気なの!」
「フュ〜」
ソリッドは改めて、玲奈の反応の良さに感心した。
いつのまにか、剥き出しになった玲奈の左腕を形成するオウパーツを見つめ、
「流石だな。組織の中でも、1、2を争う程の実力を持つ女…」
左足を下ろした。
玲奈は、彼らの行動の意味を知り、腕を下げた。 すると、オウパーツの表面の色や質感が変わり、人間の皮膚と変わらなくなる。
「一番ではないわ」
玲奈は、ソリッドを睨んだ。
「The Aceのコードネームは、彼のものになったわ」
「そのエースが、裏切り…そして、我々の同志を殺した」
ソリッドは、左足の発動状態をやめない。
「フン」
玲奈の雰囲気が、変わる。華奢な体でありながら、その体から漂う殺気が、まるで全身にオウパーツをつけているかのような印象を与える。
(そうだ…)
そんな玲奈を見て、ソリッドは思い出した。
(組織は、最終的に…すべてのオウパーツを、こいつにつける予定だった…)
じっと見つめるソリッドの視線に気付き、玲奈は数ミリだけ前に出た。
「玲奈!」
後ずさったソリッドの向こうに、ベアハングの姿がないことを確認すると、玲奈は舌打ちした。
「あたしとジェースを会わさないつもり?」
そして、ソリッドを冷たく見据える瞳に、再び蹴りを繰り出したくなるが、ぐっと我慢した。
仲間内で、やり合うつもりはなかった。
それに、五体満足ですむ相手でもなかった。
「ジェースのオウパーツは、お前に渡す。だから、しばし待って!」
ソリッドの言葉を聞いて、玲奈の雰囲気は元に戻った。
「そお」
玲奈は腕を組みと、殺気を一切なくした。
そして、その次の瞬間、玲奈はソリッドの後ろにいた。
「!」
冷や汗を流すソリッドの後ろで、玲奈は言葉を続けた。
「だけど…そう簡単にいくのかしら?」
クスッと笑うと、理事長室とは逆の方向に廊下を歩き出した。
しばらく、その場で固まってしまったソリッドは、苛立ちをそばにあった階段の手摺に向けた。
左足のオウパーツは、手摺を簡単に破壊した。
「今は、やり合う時ではない」
ソリッドも歩き出した。
理事長室に行く方向とも、玲奈が去った方向でもない。
廊下の窓を飛び越えて、外へと飛び出した。
数分後、上から階段を降りてきた教頭は、絶句した。
一階の下から踊り場までの手摺と、壁が塵になっていたからだ。