第362話 王パーツ
「引かれ合うか…」
そう呟くように言ったベアハングは、フッと笑うと、麗華とは別の方向に歩き出した。
「俺は、そうは思わない!」
ベアハングは歩きながら、自らの胸を拳で叩いた。
「オウパーツは、引かれ合うのではない!奪い合うのだ」
ベアハングは、歩く速度を上げた。
「麗華よ!お前のオウパーツは、頭にある為に、洗脳されやすかった。お前の言葉が、オウパーツの真意に近いのだろう」
そして、胸をかきむしると服が破れ、オウパーツが剥き出しになった。
「しかし!我が胸につくオウパーツは、違う!常に、我が心臓を鼓動よりも熱く叩き、こう告げている!」
ベアハングは、にやりと笑った。
「王になれと!人間の王になれと!オウパーツを集め、麗華の仮面だけは、被らなければ!我は我のままで、王になれる!ははは!」
そう口走るベアハング自身も気付いていない。
その思いも、本当に自分自身が出した答えなのか…。
純粋に、力のみを与える月影の力と違い、オウパーツは精神に干渉した。本人さえ気付かないレベルで。
「まずは、ジェース!貴様からだ。組織を裏切ったお前を!八つ裂きにしてやるわ!」
「うん?」
理事長室までカレンに案内されたジェースは、妙な気配を感じ、今歩いてきた廊下に振り返った。
「どうした?ジェース」
ティフィンが、ジェースの視界の中に飛び込んできた。
「いや…何でもない」
ジェースは、首を横に振った。
「じゃあ…あたしは、ここまでだ」
理事長室をノックしょうとして、躊躇ったカレンは、ジェースの背中に声をかけた。
「理事長に、理由を説明したらいい」
「あ、ああ…」
廊下の先を見ていたジェースが、拍子抜けしたようにカレンの方を見た。
「わざわざ有り難うございました」
ティフィンは、カレンの前まで空中で移動すると、頭を下げた。
「いや…大したことはしていないから」
カレンは少し照れながら頭を下げると、歩き出した。
ジェースとティフィンの横を抜け、数歩歩いてから、カレンは足を止めた。
「そうだ。もし何かあったら、ここの生徒会長の九鬼真弓に相談したらいい」
「生徒会長?」
ティフィンは首を傾げた。
「ああ。あいつは、君と同じオウパーツを身に付けている」
「オウパーツを!」
カレンの言葉に、驚くティフィン。逆に、ジェースは落ち着いていた。
「…」
無言のジェースに気付き、ティフィンは軽く足で頬を蹴ろうとした。
しかし、ジェースは人差し指でそれを受けると、跳ね返した。
「クッ!」
指先に跳ね返されて、空中をぶっ飛ぶティフィンは、何とか回転して勢いを殺すとカレンのそばで止まった。
「ジェース!」
怒りで、顔を真っ赤にするティフィン。
そんな2人のやり取りを見つめながら、カレンは前を向き歩き出した。
「オウパーツが…」
そう呟くように言うと、ジェースは理事長室の分厚い木の扉を見つめ…追憶の中に沈んだ。
「人がもっとも恐怖を感じるのは…血の匂いでも、絶望でもない」
硝煙とも、煙草の臭いともわからない漂う煙の中、男は歩いていた。
「原始の恐怖は、音だ。映画もまた、映像よりもサウンドで、演出する」
男は、銃口を闇に向けた。
「きゃああああ!」
女の金切り声のような悲鳴が、轟いた。
いや、悲鳴ではない。
それは、銃声だった。
女の悲鳴のような銃声を上げる銃。
その銃を人々は、こう言った。
サイレンス。
その銃声を聞いた人達は、凍り付き、誰もが黙るからだ。
ウーマンズサイレンス。
それは、ある組織の殺し屋の持つ…女の横顔が刻まれた銃の名前。
ジェースに記憶はなかった。
いや、いつ生まれたという幼い頃の記憶がないのだ。
ただ…覚えているのは、女のような銃声だけ。
その声は、ジェースにとって子守り歌だった。
そして…成長したある日。
ジェースは…いつものように人を殺した。
何とか思い出す記憶ができた時、彼はある組織にいた。
そして、月夜の晩。
月を背にして崖の上から、逃げる親子の内…父親を撃ち殺した。
ただいつもの如く…組織の命令で。
月夜の逆光に照らされて、相手からは、ジェースは見えなかったはずだ。
頭がふっ飛んだ父親よりも、ジェースの方…つまり、月を睨んでいる子供がなぜか、脳裏に残った。
ジェースが、七歳くらいの頃…組織こそが正しいと思っていた頃だ。
普通のように、誰かを毎日殺していた。
ご飯を食べさして貰う条件が、生き残ることだったからだ。
父親がなぜ…逃げていたのかを、ジェースに教えたのは……その時生き残った子供だった。
優秀だった子供は処分せずに、組織は育てることに決めた。
「あなたが、ジェースね」
今日も人を殺し、施設に帰ってきたジェースに、女の子が笑顔で話し掛けてきた。
「この施設で一番強いって、みんな噂してるよ」
一度殺したターゲットのことは覚えていないが、その女は覚えていた。
(殺していないからか…)
だけど、別に何の感慨もない。
無視して、女の側から離れようとすると、女はジェースの前に回り込み、
「あたしの名は、ひかる。七歳よ」
妙に馴れ馴れしいひかるの笑顔と、握手を求めて来る仕草に、握手は拒否したが、名前だけ告げた。
「ジェースだ」
「お歳は?」
「知らない…」
この施設にいる子供に、歳などない。関係ない。毎日生きるか死ぬかだからだ。
「だったら…多分、あたしと同じ歳くらいだから…七歳で!同じ歳がいいから!」
満面の笑顔で、ひかるはジェースに歳をくれた。
(銃と身体とコードネームだけの俺に…歳をくれた女)
「ジェース…。あたしのお父さんは、あるものを壊そうとしたの。どうしてって?…だって、そんなものがあるから人は奢り高ぶるっていうのが、お父さんの口癖だった。過ぎた力を求めるから、人間は不幸になるの」
ひかるの父は、組織の技術部門の責任者だった。
彼はあるものの存在を発見した。それは、神話の時代から伝説にはなっていたが...人間の目には触れたことがなかったもの。
最初発見したものを見た時、組織の者達は狂乱した。そして、全総力を上げて、残りの部分を捜索した。その結果、集まったのは5ヶ所のパーツ。
それこそが、オウパーツであった。
残りは2つ。
しかし、その5個のパーツが揃い、禍々しい光を放つのを見た時、ひかるの父は震撼した。
これは、人間には扱えない。
しかし、組織は実験を止めなかった。オウパーツを、組織が育てていた子供達につけることにしたのだ。どうなるかわからなかった為に、体のできていない幼い子供につけることにした。さらに、一人に数個をつけるのをさけ、4人の子供に各パーツを装着させることにした。
その4人の中に、ひかるが候補に入っていた。それを知った父は、何とか順番を最後にしたが...いよいよ娘の番となった時、逃走した。ひかると...彼女が装着することになっていた右足を持って。
その逃走の途中、ジェースが撃ったのだ。
しかし、父親の死体からは、右足のオウパーツは見つからなかった。
生き残った娘から聞き出そうとしたが…ひかるも知らなかった。
「…そして、お父さんは月に殺されたの」
ひかるはつねに、ジェースに付きまとった。
彼女が、組織からいなくなるまで…。
彼女を思い出す時、ジェースはふと足を止め、空を見上げた。
「あたしは、いずれ…月を破壊したい」
月を見上げながら、そう語ったひかるの横顔をジェースは、忘れられなかった。
「そうか…」
ジェースは笑った。
「肝心な事は、覚えてない癖にな」
それから数年後…ジェースは組織の命令で、とあるメモに示された住所に向かった。
灰色の冷たい外色のビルに入ったジェースは、エレベーターが壊れていた為、階段で最上階に向かった。
ビジネスビルのようだが、人の気配がしない。
深夜だからではなく…生の香りがしないのだ。魔物の気配もしない。
この世界で、人が人を殺すことは最大の罪とされた。
咎人となる為に、ジェースは組織にこう鍛えられた。
負け犬の匂いを嗅げと、強者は巧みに気配や匂いを断つ。
しかし、負け犬はそんなことはない。
死の香りが新鮮な程…近くにお前の殺すべき者がいる。
(血の匂いは、溢れているが……新鮮ではない)
途中、いくつかの死体を目にした。組織の刺客の成れの果てのようだ。
ジェースは、最上階についた。
そこには、分厚い鉄の扉があった。
ジェースは、それを押し開けた。
中に入ると、夜空が見えた。
屋上ではないが、天井が刳り貫かれていたのだ。
「久々ね。ジェース」
壁の奥に置かれたパソコンの前に、ひかるはいた。
もう七歳ではない。
少なくても、五年近くは経っていた。
「あたしが組織を抜けてしまったから…淋しかったわ。会えなくて…」
ひかるは苦笑すると、空を見上げた。
「あなたが、王の資格を得ているとわかったから…あたしは、組織を抜けたの。どうしてって?だって、あいつら…月を殺しては、いけないっていうから…お父さんを殺した月を」
「ひかる…」
「なあんてね!」
ひかるは笑うと、いきなり銃口をジェースに向けた。
「ジェース!あたしが、知らないと思ってたの?お父さんを殺したのが、月に紛れたあなただと!」
ひかる目が血走り、ジェースを射ぬく。
「組織は、お父さんが殺された日に、あたしに約束してくれた!生き残ったら、あたしにお父さんを殺したやつを、教えてくれると!」
ひかるはゆっくりと、ジェースとの間合いを詰めてくる。
「施設にいた仲間達と毎日殺し合い…戦士になったあたしは、真実を知った!だけど、あなたは王の腕!特別な存在!」
ひかるの目から、一筋の涙が流れた。
「組織は、あたしに殺すことを許さなかった!だから、組織を抜け、あなたを殺すことにしたのよ」
ひかるは、いつのまにかジェースの右の死角に移動していた。
「お父様の敵!」
「ひかる…」
銃口は、ジェースのこめかみに狙いをつけられていた。
「俺を殺したら…許してくれるのか?」
「許す?なぜ?どうして?どうして!許さなくちゃいけないのよ!」
ひかるは絶叫した。
「そうだな…」
ジェースは笑った。
「さよなら、ジェース」
ひかるは、引き金を弾いた。
部屋に轟いた銃声は、確実に撃たれたことを告げたが…。
「ど、どうして?」
ジェースが軽く上げた右腕が、銃弾を跳ね返していた。
「お前は…王の腕が、どちらか知らなかったのか?」
ジェースの右腕には、オウパーツがついていた。
「チッ」
舌打ちとともに、後ろに回ったひかる。
しかし、ジェースはいない。
「ひかる」
ジェースは、ひかるの後ろにいた。
「ジェース!」
「ぎゃあああ!」
女の断末魔のような銃声がフロアに轟き、ひかるの首から上を吹き飛ばした。
哀れな死骸となったひかるの体が、首から血を噴き出しながら、床に倒れた。
パチパチ。
その時、拍手が上から起こった。
「さすがは王の腕…オウパーツを持つお方だ」
吹き抜けになった天井から、1人の男が飛び降りて来た。
「そして…その腕でないと撃てないと言われる銃…サイレンス。見た者に、永遠の静けさを与える…。まあ〜皮肉ですわ」
男はナイフを取り出すと、ひかるの死体に近づき、
「こいつの父親知ってますか?右足のオウパーツを盗んだだけでなく…他のオウパーツの在処を示す記録を消去した後、自分の娘の肋骨に特殊な魔法で刻み込みやがったんですよ。子供のとき、死んだら解剖する予定だったんですけど…生き残るし」
男はひかるの胸を裂き、肋骨を抉りだした。
「あった、あった。本当…頭でよかったですわ。胴体でしたら」
肋骨を上着の内ポケットにいれ、笑顔で振り返った男は、ビクッと体を震わした。
男は狼狽えながら、
「困りますわ!あんたの相手は、同じオウパーツを持つ者と決められてます。わたしが、戦った日にゃあ〜他の方々に怒られます」
「他の方々?やつらか…」
ジェースは顔をしかめた。
「そうでしたねえ」
男はにやりと笑った。次の瞬間、男の手に、無数のナイフが現れた。
「オウパーツを手に入れたら!わたしも、王になれる資格を得れる」
ナイフを投げようとする男に、ジェースは背を向けた。
「死ぬ気ですか?」
銃声がまた響いた。
「え…」
男は、後ろから頭を撃たれていた。
ゆっくりと近づき、倒れた男の体から、ひかるの肋骨を抜き取ったのは…田所純一だった。
「やれやれ〜やはり、組織は病んでますね」
純一は頭をかくと、
「それに、オウパーツは危険ですね。女の子を平気で殺す…咎人にするんですから」
倒れているひかるの死体に手を合わせた。
「…」
ジェースは答えない。
純一は肋骨に刻まれた文字を確認することなく、カードを取り出すと、魔法で粉々にした。
その際、じっとカードを見つめるジェースに、純一は言った。
「君は、待たないのかい?」
「フン」
ジェースは、顔を横に向け、
「お前こそ、さっきのを、警察に持ち帰らなくてよかったの?転職したばかりだろ」
ジェースの言葉に、純一は苦笑した。
「警察は、組織と繋がっている。だから、俺は簡単に転職できたんですよ。在処を知られたら、利用されるだけ。だから…破壊した方がいい」
その時…月が二人の真上に来た。思わず、純一は空を見上げた。
「地上より綺麗だな」
「…」
純一の呟き、ジェースは背を向けると歩き出した。
「お前こそ、どうする?」
遠ざかる背中に、純一は叫んだ。
「組織は、オウパーツの在処を聞き出せと、命じたのだろ!?このまま手ぶらで帰っていいのか?」
「フッ」
ジェースは、空を見ずに歩きだした。
「ジェース!」
純一の鋭い声に、ジェースの足が止まる。
純一は、目を細めて訊いた。
「どうして、殺した?」
その問いに、ジェースは笑い、
「それ以外の方法を、俺は知らない…いや、俺達は知らない」
また歩きだした。
「俺は…殺し屋だ。そして、ひかるもな。銃を抜いたら、殺してもいい。それが、組織の教えだった…」
ジェースは殺す以外の術を知らない…知る必要もない。
今は。
「そうか…なら、仕方ない」
純一は、ひかるの死体に目を落とした。
「だがな…お前は生きろよ」
そして、純一の呟くように吐き出した言葉に、ジェースは再び足を止めると、
「お前もな…」
それだけ告げた。
組織に育てられ…組織の教えしか知らない。
だから、殺した。
無機質な自分。
しかし…ひかるは、違った。
(お父様の仇!)
彼女はとても、人間臭かった。
そう思った瞬間、ジェースは思考を止めた。
咎人に、考えることは必要ないからだ。
「フゥ〜」
ジェースが去った後ため息をついてから、煙草を取りだし吸おうとした瞬間、純一は動きを止めた。
「いつから…いたんですか?」
「そうだな…。君と同時くらいだ」
吹き抜けの空間の角に、腕を組んだ男がいた。
「誰も気付きませんでしたよ。さすがは、元ホワイトナイツの1人…」
煙草をしまった純一が、感心したように言うと、男はゆっくりと歩き出した。
「クラーク・パーカー」
「元ホワイトナイツは、余計だよ。今は、安定者の1人になったからな」
角で身を潜めていたのは、クラークだった。
「おめでとうございます。異例の出世ですね」
純一が頭を下げると、クラークは首を横に振り、
「一番の末席。ただの盾みたいなものだ。その代わりに、君には防衛軍を辞めて貰ったしな。すまない」
クラークは頭を下げた。
「いいんですよ。それくらい…。もう防衛軍には、未練はありませんし…」
そして、ひかるの死体に目をやり、
「人間を守る組織が…人を殺す咎人をつくるなんて」
純一は顔をしかめた。
「…」
クラークも、ひかるの死体に目をやった。
「俺は、それが許せなかった」
ぎゅっと拳を握り締める純一に、クラークは言った。
「防衛軍は、魔王の側近と底で繋がっている。だからこそ、オウパーツを研究し…残りの部分を探す為の部署ができた」
ジェース達が育てられた組織は、防衛軍の一部署だった。
「そして、研究を重ねていく度に…人間でも、この力を扱えるかもしれない可能性を見つけた。1人の幼子を保護した時に」
「それが、ジェースですね」
「そうだ」
クラークは頷いた。
「彼は、オウパーツを身に付けて…正常でいられた唯一の人間。だからこそ、彼と同じように、幼い頃からオウパーツをつけた子供達を育成した。しかし」
そう言った後、クラークは虚空を睨んだ。
「人間は、人間の力だけで、戦わなければならない。純粋な人の力のみで!」
力強くそう言った後、クラークは自分の手を見て笑った。
「俺に言う資格はないがな」
「クラークさん…」
その件に関しては、純一は何も言えなかった。
クラークは笑い、
「だからこそ…この右足は、封印するよ」
いつのまにか、手にしていた木箱を純一に示した。
ひかるの父は…クラークに右足のオウパーツを託していたのだ。
ひかる殺害から、数年後…ジェースは組織から逃亡した。
逃亡の直前、育ての親とも言えるディアンジェロから、IDカードを渡されていた。
すぐに、組織は追っ手を出そうとしたが…それは、できなかった。
ジェース逃亡の直後、1人の訪問者が組織の扉を叩いたからだ。
その訪問者は、鉄仮面を被っていた。
「この神具は、人のものにあらず!」
その呼び掛けに呼応した三人の宿主は、組織を壊滅に追い込んだのだ。
そして、4人は…残りのオウパーツを得る為に、ジェースを追ったのである。