第35話 闇に潜むもの程、光を求めるが...
「クッ」
カードシステムの要である格納庫内で、どこまで続いているのかわからない回廊の手摺りに、もたれていたクラークは、痛みに顔をしかめた。
鋭い鉄の爪が、クラークの右肩を貫いていたからだ。
クラークは抜こうとして、爪に手をかけたが、焼けるような痛みに、思わず放してしまった。
「さすがは、炎の女神の爪」
クラークは、感心したように笑うと、目をつぶった。すると、クラークの肌の色が真っ赤に染まった。
「くっ!」
クラークはもう一度爪を掴むと、一気に引き抜いた。
少し血が出たが、傷口は焼けている為、大したことはない。
爪は抜けると、クラークの手の中からすり抜け、格納庫内のどこかへと飛んでいった。
「しつこいな」
クラークは、手のひらを確認した。焼き爛れているが…それ以外は問題ない。
「さすがは、最上級の炎」
クラークの体の色が、戻る。カードを取りだし、傷口にかざすと、傷はふさがった。火傷の痕は、少し残っていたが…。
「それにしても…」
クラークは、爪が消えた方向を凝視した。カードを目にかざすと、暗闇にもかかわらず、すべてが見えるようになった。
しかし、爪がどこにいったのかは、確認できなかった。カードのディスプレイを確認すると、微かな反応はあったが…大した魔力ではない。
「まあ、いい」
クラークはカードをしまうと、格納庫の暗闇に背を向けて、歩きだした。
「来たければ、来るがいいさ」
クラークは、格納庫の出入口から、長い廊下を歩きだした。
真っ直ぐ行けば、かつてのティアナの封印の部屋がある。静寂が包む廊下を、クラークは歩いていく。
ティアナの部屋の前で、一度止まり…鼻を鳴らすと、クラークは隣の部屋のノブに、手を伸ばした。
カチャ。
ノブが回り、簡単に開いた。
「おはよう」
満面の笑みを浮かべながら、クラークは部屋の中に入った。
十二畳くらいある部屋の床一面に、書かれた魔法陣。
その中央で、透明なガラス状の筒の中にとらわれた少女。
少女の名は、沢村明菜。
「あなたは一体、誰なの?何の為に、あたしをここに閉じ込めているのよ!出してよ」
明菜は怯えながらも強がり、筒の中から、クラークを睨みつけた。
クラークは肩をすくめ、ドアを閉めた。
「もっと、リラックスしてくれていいのに…君は、用が済んだら、もとの世界に戻って貰う予定だし…まあ~あくまでも予定だがね」
心の中で笑うと、クラークは召喚と呟いた。すると、明菜の手に紙コップが現れた。
驚いた明菜は思わず手を離したが、コップは宙に浮かんでいた。
「毒は入ってないよ。だけど、君の口に合うかはわからない」
クラークの手にも、コップが現れ、中身を一口飲んだ。
「な、何なの…。トリック?」
明菜は、恐る恐る宙に浮かぶコップを指で突いてみた。
「トリック…」
クラークは、その言葉を知らなかった。明菜の思考を読み、ニアンスを探った。
しばらくして、クラークは爆笑した。
「トリックか!この世界を否定する言葉だな。面白い!覚えておくよ」
明菜は、不気味がって、コップから離れた。
「君はこの世界に、しばらくいたことがあったのだが…」
クラークは、魔法陣に決して入らない。円の外で、腕を組んでいた。
「意識がなかったから、覚えてないか…。しかし、間違いなく、君はこの世界にいたのだよ。女神と融合して」
「女神って…この世界って…」
明菜には、訳がわからない。
クラークは苦笑し、
「だけど…少しは、感覚で覚えているはずだ」
腕を前に突き出すと、コップは筒の中から、彼の手の中にテレポートした。
「喉が乾いたら、遠慮なく言ってくれたまえ」
コップは、2つもいらない。
クラークの持つコップの大きさが、二倍になった。
目を見張る明菜に、クラークは深々と頭を下げた。
「ようこそ、ブルーワールドへ。ようこそ、我がトリックショーへ」
クラークの持っていたコップが銃に変わると…銃口を、明菜に向けた。
「但し…種も仕掛けもないけどね」
向けられた銃口と、クラークの視線の冷たさに、明菜は震え上がり、思わず目をつぶった。
「こうちゃん」
思わず、明菜の口から出た名前に、クラークは銃口を下ろした。
「こうちゃん…?こう…赤星浩一のことか!」
クラークの手から、銃が消えた。両手を広げ、天井を仰いだ。
「彼は素晴らしい。この世界に来てから、短期間で、目覚ましい成長を遂げた。この世界にいる、どの人よりも、彼は強い」
「こうちゃんが…」
クラークは、話し始めた。
「君たちの世界は、魔物がいないそうだね。伝承の中には、残っているが…。魔法を使えないのも、魔物がいないからだろう。だが、本当にいないと思うかい?」
クラークは、明菜にきいているが、こたえを求めていない。
「いや、魔物はいる。魔物は、人と表裏一体だから。君の世界にもね。ただ魔物は、人と違う生き物としてではなく…普通の人と違う、変わった人として存在している。君は、人とは思えない…獣ように、同じ人を殺す人間を、何人も知っているはずだ」
確かに、明菜の世界では異常ともいえる事件を起こす人々を、ニュースなどで頻繁に報道されていた。
クラークはにやりと笑い、ゆっくりと頷いた。
「君たちの世界では、魔物として覚醒することはないが…もし、世界が違っていたら、魔物になっただろう者。その者が持つ遺伝子を、私は魔獣因子と名付けている」
「魔獣因子…」
「その因子は、我々の世界にいる魔物の遺伝子と酷似している。それを、自由に引き出せるなら…人でありながら、人は人ではなくなる」
「そんないい加減なこと言わないでよ!あなたは、あたしたちの世界に、行ったこともないでしょ」
明菜の言葉に、クラークはフッと笑った。
「な、何よ…」
その笑みの不気味さに、明菜は筒の中で、後退った。
「行ったことはないが、知っている」
クラークは、額にかかった前髪をかきあげた。髪に隠れてわからなかったが、結構大きな傷がある。
「私は、この世界で生まれた者ではない。どこかの世界から、こちらに落ちてきた」
クラークは、前髪を下ろすと、
「もしかしたら、君たちの世界かもしれない。なぜなら……私の体にも、魔獣因子があるからね」
両手を突き出した。
右手は炎を纏い、左手は氷で覆われていた。
それが両手とも消えると、毛むくじゃらの太い両手に変わった。
明菜は両手で、顔を覆った。
「魔獣因子の発動は、個人によって異なる」
クラークの両手が、普通の人間の手に戻る。
怯えている明菜に、クラークは微笑みかけた。
「恐がっているようだが…君の愛する赤星浩一もまた、魔獣因子の持ち主だと思われる」
「こうちゃんが!?」
「彼は、天空の女神アルテミアと融合できるだけではなく、自ら炎を操ることができる。それも、魔法を使わなくてもだ」
クラークは、衝撃を受けて強ばっている明菜を見ながら、魔法陣の回りを歩きだす。
「異世界の者は、レベルが高いと言われているが…他の力を借りず、人が単体で魔力を発生することは、不可能!それに、女神専用の武器を使えることから、推測されることは…」
クラークは足を止め、横目で、明菜を見つめた。
「彼の因子は、魔物の中でも、最上級――バンパイアに限りなく近いか…いや、同じものだと思われる」
驚きで、目を見開いたまま…明菜は何も言えない。
「この世界にいれば、彼は…何かの要因さえ整えば、バンパイアとして、覚醒するかもしれない」
クラークは、心の中で笑った。
(そう!それは、人が人のままで、魔神と同等の能力を持つということ。その時こそ、我は…)
興奮から、悦に入るクラークを邪魔するように、明菜は中から、筒の表面を叩いた。
「こうちゃんは、そんな化け物になるはずがないわ!あの人は、虫一匹だって、殺せない」
明菜の言葉に、クラークはせせら笑った。
「虫は殺さないだろうが、魔物は、何百匹も殺しているよ」
「こ、こうちゃんは、そんな人じゃない!」
「ならば、そう思い込んでいればいい」
もう話すことはないと、いきなりクラークは、明菜を置いて、部屋を出た。
ドアを閉めると、明菜の声も聞こえない。
クラークは目をつぶり、ドアにもたれると、
「魔獣因子を持つ者こそ、この世界を変える力を持つ者。集めねば」
自然と笑いが溢れてきた。無音の廊下に、クラークの笑い声がこだました。
一通り笑うと、歩きだそうとしたクラークは、前方に気を感じて、驚いた。
廊下の反対側の壁に、ジャスティンが腕を組ながら、クラークを凝視していた。
「ジャスティン!」
クラークは、まったく気付かなかった。
(いつのまに!)
ジャスティンは、クラークと同じ安定者てある。
(チッ!ばれたか)
心の中で、舌打ちしながらも、クラークは微笑んだ。
「驚いたよ!いつから、そこに」
ジャスティンは、クラークの瞳の中を覗きながら、
「お前がどこからか、出てきた時からな」
ジャスティンの言葉に、クラークは心の中で、にやりとした。
明菜を閉じ込めている部屋は、クラークが作った亜空間にあった。それも、三次元ではない…四次元に。
「何をしている」
ジャスティンは訝しげに、クラークを見た。瞳を通して、心を読もうとしたが、ガードされている。
「別に何もしていないぜ。それとも、俺が、ここにいたらいけないとでも言うのか?俺は、安定者だ。どこにいようと、勝手だろ」
クラークはそう言うと、肩をすくめながら、ジャスティンの前から消えようとした。
「待て」
ジャスティンは、指を一本動かした。それだけで、クラークは壁に押しつけられ、身動きが取れなくなる。
「俺は、ここの責任者だ。勝手な真似はさせない」
「責任者だと!ただお前しか、いじれないだけだろが」
絶叫とともに、押し付けられている壁が、チャックにように裂けた。そして、クラークはその中に、吸い込まれた。
「くそ」
ジャスティンは、防御魔法を全身に皮のように張り巡らした。
ジャスティンの後ろの空間が裂け、手だけが出てくると、彼の腰に向けて、気を放つ。
ジャスティンの体が、くの字に曲がる。
空間移動能力。
テレポートと違い、まったく違う次元に移動でき、そこに留まりながら、まったく相手からの攻撃を受けることなく、攻撃することができる。
ジャスティンは、体勢を整えながら、
「なめるなよ」
ブラックカードを取り出した。
「召喚」
ジャスティンの手に現れたのは…ティアナのライトニングソードに似た、十字架そっくりの剣だった。
それを見た瞬間、クラークは四次元から出てきた。
「俺を殺す気か?」
「お前が、何をしてるのか!教える気がないならな」
ジャスティンの殺気に、クラークはフッと寂しげに笑い、
「時が来たら…。それまでは、友を信じろ」
クラークはしばし、ジャスティンの目を見つめると、ゆっくりと背を向けて、歩きだした。
ジャスティンは、そんなクラークの背中を見送りながら、剣を下ろした。
クラークがテレポートし、ここからいなくなったのを確認すると、ジャスティンは、先ほどクラークがもたれていた――何もない壁を見つめた。
「格納庫にも、微かな魔力を感じたが…」
その魔力も消えていた。
「何が起こってるんだ」
ジャスティンは無意識に、壁の横のティアナの部屋のドアに、目をやっていた。
「何やら…例の場所が、騒がしいようですが」
ギリシャにある防衛軍の地下――安定者の間で、クラークとジャスティンを除く、六人の安定者が集まっていた。
暗闇に、球状の椅子が飛びかい、六人は議論を続けていた。
「あの場所は、我々は入ることができぬ」
苦々しく、1人が言うと、
「なぜ、まだ入れぬのじゃ!ティアナが死んで、もう何年もたつのに」
「ティアナめ!いらぬ封印を」
1人が、椅子の手もたれを叩いた。
「しかし、あやつが後継者として、育てた二人の内…」
「1人は、我らの手の内の者」
「あやつは、あの場所に入れるからこそ、安定者に加えてやっているだけ…。本来ならば、我らの仲間になど、なれぬわ」
「あのような汚れた体」
他の安定者が椅子に座りながら、飛び回っている中…たった1人だけ、空中に浮かび、まったく動かない…白い髭をたくわえた男。
全員、フードを被ってる為、顔は見えない。
「長老は、どう思っておるのだ?」
1人の言葉に、一斉に全員の注目が、白髭の長老に向く。
「…」
長老は、何も答えない。
「チッ」
1人が舌打ちすると、椅子を長老の前で止めて、
「あんたは、どう思ってるんだ?それに、魔王は!」
長老は、安定者のリーダー的存在であり…魔王とのパイプ役にもなっていた。
「きいてるんだろが」
あまりにも無反応な長老に、話しかけた安定者がキレた。
すると、長老は、少し顔を上げた。
すべては見えなかったが、フードから覗かれた瞳の輝きに、話しかけた安定者は震え上がり、思わず椅子を後ろに下げた。
「捨て置け」
低く、威嚇するような声は、人類最高の存在である安定者の動きを止めた。
「それが、魔王の言葉であり、私の考えでもある」
その答えに、部屋は静まりかえった。