第360話 絡まる足
「王パーツ…」
授業が終わり、生徒会室に向かっていた九鬼は、4人組のことを考えていた。
(あたしは、どうすればいい?)
単純に、オウパーツを奪えばいいのか。
それとも奪われないように、すればいいのか。
自分の在り方がわからなかった。
右足についたオウパーツから伝わる命令にも似た痛みは、九鬼に戦うことを命じていた。
(なぜ…戦う?)
単純に、月影バトルのように力を奪い合い、自分のものにするとも違った。
(すべてのオウパーツが、揃ったとしても…最後は、王に捧げられる。つまり、生け贄か)
九鬼はそう結論付けようとした時、目の前に誰かが現れた。
「よおっ」
そいつは、4人組の1人だった。髪の毛をツンツンに立て、2メートル近くある男。
もやしのように細い体であるが、力弱さは感じなかった。
九鬼は足を止めると、男との距離を計りながら、訊いた。
「何か用ですか?」
その言葉に、男はクククッと笑った。
「そうだな〜」
顎を上げ、少し考える仕草を見せた次の瞬間、男の左足が鞭のようにしなった。
「!?」
九鬼は驚きながらも、咄嗟に腕でカードをしょうと…いや、しなかった。
無意識に、右足が出ていた。
金属がぶつかるような振動音がした。
次の瞬間、2人の左右の壁にひびが走った。
「ははは!賢明だな!オウパーツで受けてなければ、お前の体は破壊されていた!」
「く!」
九鬼は顔をしかめた。
蹴りを受け止めた右足が、痙攣を起こしていたからだ。
「オウパーツの使い方も、わからないやつが!」
男は再び、左足を繰り出そうとした。
九鬼は右足を動かせない。
「終わりだ!」
男の左足が伸びきる前に、九鬼は前のめりに倒れるように飛び込んだ。
「な、何!?」
体に密着された為に、蹴りを当てることができなかった男は舌打ちすると、間合いを取る為に後ろに下がろうとした。
しかし、その動きにも九鬼は合わせてくる。
「甘い!」
しかし、男の離れる動きが速い。そして、蹴りの軌道も変わった。
「密着さえしていなければ!」
男の左足が天高く伸び上がる。
「いつでも当てれるわ!」
かかと落としの体勢で、さらに膝を曲げることで、九鬼の体に叩き込もうとしていた。
その動きを足の付け根の筋肉の動きで見切った九鬼は、両手の親指を立てた。そして、足が上がったと同時に、付け根に指を突き刺した。
「!?」
男はあまりの激痛の為に、足を振り下ろすタイミングが狂った。
「フン!」
九鬼はすぐに指を抜くと、痺れが取れていない右足で、男の右足を払った。
「くそ!」
そのまま簡単に転けると思われた男は、左足を即座に下ろすと、力を込めた。
すると、左足が廊下にめり込んだ。
めり込んだ足から、ひびが廊下の表面に走った。
咄嗟にジャンプした為、ひびが九鬼の爪先が触れることはなかった。
「振動波か」
九鬼は、その様子を見ながら、オウパーツの特色の一つを理解した。
「き、貴様!」
男は左足を抜くと、九鬼の右足に払われた己の右足を見た。
九鬼が、オウパーツの能力を使うことができていたら、自分の右足はなくなっていただろう。
その分析が、男のプライドを傷付けた。
「許さん!」
左足を覆っていたズボンの布が消し飛び、金属に似たオウパーツが剥き出しになった。
床から足を抜くと、腰の捻りを加えた蹴りを放った。
(速い!)
九鬼は、まだ痺れている右足では間に合わないことを悟った。
腕一本を犠牲にしても、この身を守ることを即座に決め、九鬼は右腕を上げた。
「何をしてる!」
その時、九鬼と男のいる廊下に、鋭い声が響いた。
「!?」
九鬼の腕に、男の左足は触れる寸前で動きが止まっていた。
「何勝手なことをしてる!我々の意思は、つねにシンクロしていなければならない!個人的な行動は、禁止されているはず!」
廊下に現れたのは、4人組の内の1人…黒髪の女だった。
「玲奈か…」
女を見た瞬間、男は足を下ろした。
そして、フンと鼻を鳴らすと、男は女の方ではなく、反対側に歩いて行った。
「ソリッド!」
玲奈と言われた女が叫んだが、男は足を止めなかった。
「クッ!」
九鬼は無傷で終わった腕を見て、顔をしかめた。
「…」
玲奈はそんな九鬼をちらっとだけ見ると、背を向けて歩き出そうとした。
「ま、待って!」
九鬼ははっとすると、慌てて声をかけた。
九鬼の声に、玲奈は足を止めた。
「このオウパーツの能力とは、何なの?」
多分敵であるはずの玲奈に、なぜそんなことを訊いてしまったのか。
その理由は、簡単だ。
知らないからだ。
そして、知りたいからだ。
その素直な質問に、玲奈は背を向けたまま答えた。
「オウパーツとは、最強の盾。すべての攻撃を否定する」
「最強の盾…」
「すべてを否定するということは、すべてを拒絶するということ」
「そうか!」
九鬼は、先程のソリッドと言われた男の左足の振動波を思い出した。
「あれは、否定する力か!」
「…」
玲奈は頷くことなく、足を進めた。
九鬼はその後ろ姿を見つめながら、それ以上は訊けなかった。
「否定する力…」
九鬼は、視線を足許に目を落とした。
オウパーツをつけられてから、黒のニーソで隠した足を見つめ、九鬼は目を瞑った。
「…」
無言で廊下を歩く玲奈は、自らの左腕を無意識に押さえた。
左手だけにした手袋。制服で隠した腕は…やはりオウパーツで包まれていた。
玲奈が腕に触れた瞬間、全身に震えが走った。
まるでオウパーツが、装着者である自分をも、拒絶するような感触。
しかし、玲奈は己を見ることなく、顔を上げると廊下の左側にある窓に顔を向けた。
「ジェース!?」
窓ガラスの向うから、ジェースとカレンの姿が目に飛び込んできた。
「どうして…ここに来たの…」
玲奈は、自らの左腕を抱き締めた。
すべてを拒絶するオウパーツ。しかし、オウパーツ同士は引かれ合う。
その矛盾が、装着者を苦しめていくことになる。