心動編 第355話 次へのプロローグ
極楽島との死闘から、一週間が過ぎた。
再び平穏な日々が戻ってきた。
いや、それは表面的であろう。
魔王ライ復活の話は、公には公表されなかった。
その理由は、簡単だった。
復活すれば、すぐに人類に総攻撃をかけると思われていた魔王軍が鳴りを潜めていたからだ。
その理由を、人類は知らない。
「…だけど、復活したんだから…いずれは始まるだろうな」
輝は呟くように言うと、屋上の手摺にもたれた。
休憩時間、ほんの数分でも1人になりたかったので、輝は屋上に来ていたのだ。
真上にある太陽は、眩しいが…闇よりましだと、輝は思っていた。
「でも、暑いな…」
犬のように舌を出す輝。
「あ〜あ」
そんな輝の隣に、休み時間の平穏を壊す者が来た。
梨々香である。
「まだ部長…。許してくれないよ」
がくっと肩を落とす梨々香に、かける言葉がない…というよりは、ここ一週間、同じことを言われ続けているから、声をかける気にもならなくなっていた。
空の女神との戦い時、たった1人だけ小屋の中で爆睡していたからだ。
そんな梨々香に落胆の表情を見せた後、新聞部長如月さやかは深くため息をついた。
「まあ〜いいわ」
と言った後、無視はしていないが…梨々香に対する態度が明らかに違っていたのだ。
「今まで…どこか馬鹿にしながらも、そこに愛情があったのに…今は、氷のように冷たいんだ!」
と叫びと、頭を抱える梨々香を見て、輝は軽く欠伸をすると、
「まあ〜いいじゃないか。生きて帰れただけでも」
手摺から離れ、出入口に向かって歩き出した。
「部長に嫌われるくらいだったら、死んだ方がましだあ!」
再び絶叫する梨々香を残して、輝は屋上を後にした。
階段を降り、自分の教室がある階の廊下に足が着いた瞬間、見えない壁の向こう側から、誰かが飛び出してきた。
「ご、ごめんなさい」
思わずぶつかりそうになった生徒を、輝は知っていた。
綾瀬理沙である。
「い、いえ…こちらこそ…」
輝が頭を下げると、理沙はそそくさと自分の教室に向かって早足で歩き出した。
そんな理沙の背中を、輝はしばらく見送ってしまった。
同じ極楽島で戦った仲間であるが、今の理沙はあの時の理沙でない。
親友である九鬼の危機を知り、この世界に意識だけを転送させた月の女神が、理沙に憑依していたのだ。
月の女神の話であると、神となった自分が留守にすると、実世界が混乱するらしいのだ。
だから、肉体を向こうに残し、意識だけを飛ばしたらしかった。
空の女神が死んだことで、月の女神は自らが創った世界に戻っていった。
「真弓…あなたは戻らないのね」
世界を結ぶ道を開け、その前に立つ…相原理香子の姿に戻った月の女神は振り返り、後ろに立つ九鬼を見た。
「うん…。あたしは、この世界で戦うわ。魔王も復活したし…」
九鬼は、理香子を見つめ、
「大したことはできないけど…ほんの少しでも、人々の役に立ちたいから」
微笑んだ。
「わかった」
理香子は頷くと、
「それでも、みんな…待ってるからね。あなたの帰りを」
九鬼に微笑み返した。
「ありがとう」
その会話を最後に、理香子は実世界に戻った。
それは、九鬼逹が赤星浩一に会った直後だった。
気を失っている綾瀬理沙は、さやかに抱き抱えられていた。
「さあ〜」
アルテミアの隣にいた僕が、一歩前に出た。
「ここからが、本題です」
僕は、月の女神が去った余韻を打ち消すような衝撃的なことを、周りにいる生徒逹に告げた。
「この島を沈めます」
「ええ!」
僕の言葉に、一斉に驚く生徒逹。
「お、おはようございます」
そんな空気の中、寝惚け眼の梨々香が森の中から、姿を見せた。
「はあ〜」
その様子を見て、さやかは大袈裟にため息をついて見せた。
「?」
みんなの緊張した雰囲気に、ただ…首を傾げる梨々香。
「待ってくれ!」
僕の提案に、高坂が口を挟んだ。
「この島には、先輩が封印されている!島を沈めたら」
狼狽える高坂を見て、僕は目を瞑り、地下にある休憩所を探った。
「なるほど…オウパーツを身につけている人を凍り付けにして、封印しているのか…。だけど!」
僕は目を開き、
「彼は、死ぬ間際の痛みを抱えたままで…凍り付けになりながらも意識を保っている…。そうか!オウパーツは生きた人間にしか寄生しない!それに、凍り付けにすることで、オウパーツが行う回復能力の発動を抑えているのか」
「な!」
ただ探っただけで、そこまで理解した僕に、高坂は素直を驚いた。
「仕方がなかったの」
今度は、さやかが目を逸らしながら口を開いた。
「オウパーツは、人の心に干渉する。傷付き、弱っていた森田部長はすぐに、オウパーツに乗っ取られたでしょうから」
その話に、生徒達が無言になる中、ジャスティンとアルテミアは違った。
「赤星。それで、島を沈めるとは?」
「どういう意味かな?彼ごと島を沈めるのか?それとも、彼からオウパーツを外した後、沈めるのかい?」
ジャスティンは、僕の目を探るように見つめた。
少し見透かされているようなジャスティンの言葉に、僕は微笑み、
「勿論、彼を苦しみから救いますよ。それから…」
続けた言葉に、ジャスティンとアルテミアも絶句した。
「な!何だと!?」
思いもつかない方法で、オウパーツを森田部長から剥がすと、島とともに封印された。
森田部長が安らかに眠りについた為、合宿所にいた彼の式神…梅も消えた。
合宿所の埠頭から、迎えに来た潜水艦に乗り込んだ為、生き残った生徒達は、島が沈む瞬間を見ることはなかった。
「やるぞ」
上空に浮かぶアルテミアは、六枚の翼を広げると、島に向かって気を放った。
数分後…極楽島は、海上から消えた。
生き残った魔物達が、海の中を泳いで逃げて行くのを、空に浮かぶアルテミアが確認した。
「行くぞ」
アルテミアは頷くと、陸に向かって飛び去った。
「まったく〜あんなことを思い付くなんてな」
美亜の姿をしたアルテミアは、西館と中央館を繋ぐ渡り廊下にいた。手摺に頬杖をつき、グラウンドの方を見つめていた。
「まあ〜お前らしいか」
アルテミアの右耳に、雷の形をしたピアスがついていた。
「あれが、一番いい方法だよ」
ピアスから、僕の声がした。
「そうだな」
アルテミアは頷いた。
森田部長から剥がしたオウパーツは、僕の肉体…つまり浩也の体につけて、島の休憩所内に封印して、海に沈めたのだ。
「オウパーツを集めている連中も、迂闊には手を出せないだろうからね」
僕が話している途中、渡り廊下の下…中庭を歩いて来た男子生徒がアルテミアに気付き、恥じらいながらも手を振ってきた。
アルテミアの正体が一部の生徒にバレてから開き直ったのか…美亜でありながらも数段綺麗になっていた。
もともと女神である。確かに、綺麗のレベルも違う。
アルテミアは一応、軽く手を振って愛想を振り撒く。
「…」
思わず無言になってしまった僕に、アルテミアは視線を空に向けると、
「男だったら、それくらい気にするな」
「…」
まだ何も言えない僕に、アルテミアは空を見上げながら、にやりと笑っていた。
「教室に戻るか」
手摺から離れると、背伸びして渡り廊下を歩き出すアルテミア。
その下の渡り廊下では、
「やったな」
先程の男子生徒が喜びながら、通り過ぎて行った。
その向こうで、4人の男女の集団が中庭に入ってきた。
大月学園の学生服を着ながらも、先頭を歩く女子生徒は、鉄の仮面を被っていた。
「まずは、右足のオウパーツの宿主と接触する。我々に協力するならば、仲間にする。もし、抵抗するならば…奪う!」
鉄の仮面の女は、仮面の中でフッと笑った。
「それに…感じる!右腕のオウパーツの波動をな!」
オウパーツを被っているからか…鉄仮面の女は、4人の内で一番感受性が優れていた。
「海に沈んだ…腰のオウパーツ以外は、すべて集める!そうすれば…自ずと腰のオウパーツも引かれて、海から現れるわ!」
鉄仮面の女は、興奮から歩く速度を速めた。