第351話 刃に刻まれた思い
「高坂ダイヤモンドパンチ!」
上級魔物を蹴散らす高坂の後ろ姿を見ながら、さやかはため息をついた。
「まあ〜元々…度胸はあったからね」
「高坂ダイヤモンドチョップ」
まるで、紙切れのように魔物の体を切り裂いた。
「高坂ダイヤモンドキック!」
「でもねぇ〜」
少しさやかは、呆れていた。
「高坂ダイヤモンド目潰し!」
「いちいち自分の名字を叫ぶ必要があるのか?」
首を傾げたさやかの後ろから、魔物が襲いかかってくる。
ブラックカードによって回復したさやかは、ひらりと避けると、逆に回し蹴りを叩き込んだ。
「さやか!」
魔物を蹴散らしながら、高坂が叫んだ。
「このジャングルを越えたところに、凄まじい魔力を持った存在がいる!」
高坂の顔にかかった眼鏡のレンズが、島の状況を伝えてきた。
「それに…月の反応が2つ!恐らく、そこに生徒会長達がいる」
「わかったわ!」
さやかは魔物の攻撃を避けながら、カウンターで攻撃を放っていた。
強いと言っても女である。一撃で仕留める力はない。その為、相手の力を利用するしかなかった。
「お兄ちゃんはどうするのよ?」
先程入った休憩所は、西部の中にある。
今、高坂とさやかは西部でも、ジャングル地帯を避け、海岸線に沿いながら、南部を目指していた。
九鬼達の戦場に向かっているが、休憩所の近くを通ることになる。
「部長に仕掛けられたトラップをどうにかしないと、さっきと同じ二の舞になる!今は、生徒会長の方へ向かおう」
魔物の顔面に、正拳突きを叩き込みながら、高坂はぞろぞろとわいて出る魔物達に、顔をしかめた。
「きりがない!さやか!」
高坂は、後ろで戦うさやかの腕を掴むと強引に引き寄せ、無理矢理オンブした。
「ち、ちょっと!何よ!」
突然の行動に狼狽え、じたばたするさやかをしっかりと押さえつけると、高坂は腰を屈め、前を睨んだ。
「ぐずぐずしている暇はない!一気に突破するぞ!」
「え?」
後ろにいるさやかの意志を確認することもなく、高坂は走り出した。
「高坂ダイヤモンド!火の玉アタック!」
高坂はさやかを背負いながら、魔物の群れに突進した。
「だ、だから!いちいち!名前を叫ぶな!」
無意識にムーンエナジーを全身に纏うと、技の名前通り火の玉のようになった高坂は、そのまま一気に駆け抜けた。
(死んだな…あたし)
さやかは、覚悟を決めた。
「浩也!?」
島に来てからの浩也の様子が気になり、女部屋と反対側にある部屋の扉をノックしてから開けたカレンは、眉を寄せた。
「チッ!いない」
舌打ちすると、カレンは小屋から出ることにした。
「ま、待ちなさいよ」
女部屋で仮眠を取っていた緑が、まだすっきりしない頭を叩きながら、床の扉を開けようとするカレンに、近づいてきた。
「ど、どこいくつもり!それに、如月部長は?生徒会長もいないじゃないの?ど、どうなっているのよ!」
「暢気な女だ」
カレンは扉を開けると、数メートル下の地面を見つめながら、
「戦いに決まっているだろが!」
一気に飛び降りた。
「ち、ちょっと!」
慌てて、緑は床に開いた扉から、顔を覗かせると、地面に着地したカレンに叫んだ。
「今、夜だぞ!」
その言葉に、
「それが…どうした?」
カレンは胸元にかかったペンダントから、ピュアハートを抜き取ると、前方の闇を横凪ぎに払った。
居合い抜きのように素早い斬撃は、闇に潜んでいた魔物達を切り裂いた。
「そんなことが…あたしを止める理由になるか」
そして、その斬撃の勢いそのままに、カレンは闇に向かって飛び込んだ。
「な、何よ!」
カレンの見事な攻撃に惹かれながらも、緑は毒づいて見せた。
「あ、あたしだって…」
緑は地面を見つめて、唾を飲み込むと、
「情報倶楽部の一員なんだからね!」
勢いと決意に任せて、扉から…飛び降りるのは止めて、木を伝いながら、下に降りた。
「え、えっと…」
しかし、どこに向っていいのかわからない。
少し途方に暮れていると、夜の静まり返った空間に2つの音が聞こえてきた。
一つは、魔物の断末魔。
その声が一番近い。恐らくカレンが戦っているのだろう。
そして、その声と違う方向から…懐かしい声が聞こえてきた。
思わずカレンの方へ走りだそうとしていた緑は、眉を潜めた。
そして、声が聞こえてきた方に顔を向け、首を傾げた。
「高坂ダイヤモンド…?」
「うわあああ!」
合宿所前までテレポートしてきた浩也は、塵となった人間の気配に絶叫した。
「…敏感な子」
その様子を森の中から見ていたリンネは、クスッと笑った。
「でも…その方がいいわね。やり易いわ」
「全員!退避せよ!」
浩也を見ているリンネの後ろ…森の奥から、声が近づいてきた。
どうやら、先程進軍した忍者部隊が引き上げて来たようであった。
「夜が明けてから、再び攻め入る!各自、結界を越えたら傷の手当てと、武器の補充を行え!」
命からがら逃げてきた司令官の後ろには、30人の忍者がいた。
「それに、本部から増援を…うん?」
一瞬で気配を消したリンネは、その寸前…軽い殺気を司令官に向けた。
その殺気に無意識に気付いた司令官が、顔を向けると…視線の先にいる浩也に気付いた。
「生徒か…。まだ生きている者がいたのか?」
泣き叫ぶ浩也に、目を細めながら、司令官達は森を出た。
司令官がちらっと後ろを見ると、忍者の1人が前に出て、浩也に駆け寄った。
「生き残っているのは、君1人か?」
一応、念の為に警戒しながら、そばまで来た忍者の質問に、浩也はただ泣くだけで答えない。
それを恐怖からの錯乱状態ととらえた忍者が、肩をすくめながら、司令官の方を向いた瞬間、
「騙されないで!」
木陰の中から、ボロボロになった服を着て、引きずるような歩き方で、リンネが出てきた。
そして、震える手で浩也を指差し、こう言った。
「この子は、魔神よ。さっき、あなた方の仲間を1人で全滅させたわ!」
「ま、魔神!」
司令官は後退り、残りの30人は、銃や小刀を構えた。
「こ、この生徒が!?ば、馬鹿な」
リンネに言われても、非力そうな浩也にそんな力があるとは思えなかった。
「ほ、本当よ!」
足を引きずりながら、浩也との距離を少し縮め、さらに怯えながらも、まくし立てた。
「早く!早く!撃って!」
その狼狽する声に、浩也ははっとした。
「お、お前は!?」
浩也の頭に、フレアとの最後が浮かんだ。突然、目の前に現れて、フレアに襲いかかった女。
「うおおっ!」
思い出した浩也はリンネを睨みながら、咆哮した。
次の瞬間、リンネの体が燃え上がった。
「な」
その様子に、唖然としたのは…浩也だけではなかった。
周りにいた司令官達も驚きながらも、次の動作に移っていた。勿論、攻撃である。
銃弾が浩也を襲った。リンネに目をやっていた為に、反応が遅れた。
銃弾はすべて当たり、新しい玉を装填する間に、小刀を持った忍者達が無軌道で、浩也の前や後ろを通り過ぎた。
至るところが斬れ、鮮血が舞った。
「え」
浩也には、訳がわからなかった。なぜ…攻撃されているのか。
炭になったリンネは、仰向けになりながらも、にやりと笑っていた。
そして、リンネや浩也達から少し離れた場所に、刈谷が木陰で佇んでいた。
「我々の炎は、あなたのもの。ご命令とあらば…あなたさえも燃やしてみせましょう」
刈谷は、深々を頭を下げた。
リンネに点いた炎は、自ら発火したのではなく、刈谷が放ったものだった。
「魔神を退治せよ!」
ほとんど無抵抗な浩也に、次々に攻撃をしかける忍者部隊。
(そうよ!それでいい!攻撃を続けなさい)
リンネは笑っていた。
(そして、お前は…人間を殺すのよ!そうすれば、例え…赤星浩一が復活したとしても…以前のようにはなれない。守れなかった罪の次は、自らの血塗られた手を恨むがいい!その時こそ…)
リンネの体が、完全に崩れ落ちたとほぼ同時に、浩也は叫んだ。
魔力が上がり、炎が全身を包んだ。
銃弾は、当たる前に蒸発し…小刀の先は、融けて落ちた。
「お、お前達は!どうして僕を!」
浩也の魔力を感じ、人間である司令官達は震え上がった。
「な、何もしてないのに!よくも!」
浩也を覆う炎がまるで球体のようになり、爆発しょうとした時、風が吹いて来た。
「か、風だと!?」
自らの体だった灰が巻き上がりながら、リンネはその風を発生させているものを探した。
風は、浩也の炎を煽ることなく、逆に押さえつけた。さらに、周りにいた忍者達をふっ飛ばした。
「お前は、人を殺してはいけない。どうしても、やむを得ない時は、あたしが殺そう」
風が止んだ時、浩也の前に立つ…1人の女がいた。
「それが…あたしの役目だ。例え…お前に怒られようとな」
フッと笑う女を見た瞬間、風にかき消されたはずのリンネが復活した。
「アルテミア!」
その声に、ふっ飛んで地面を転がっていた司令官が思わず、顔を上げた。
「て、天空の女神だ、だと!あり得ない」
他の忍者達もはっとして、すぐさま立ち上がると、戦闘体勢に入った。
「もういい!邪魔だ!」
リンネが、浩也とアルテミアに向かって一歩足を踏み出した瞬間、司令官と忍者達は燃え上がった。
「役立たずが!」
一瞬で燃え尽きた司令官や忍者達がいなくなったことで、合宿所の前には、3人しかいなくなった。
「な、何かあったの?」
合宿所内で外の異変に気付き、結界を出ようとした絵里香は、何かの力に邪魔されて出ることができなかった。
「これ以上…面倒をかけるな!」
アルテミアは合宿所の方を見ないで、前に立つリンネを睨んだ。
「お前とは、いつも…変な場所で会うな」
「それは、こっちの台詞よ」
リンネも睨み返した。
「お、お前だけは許さない!」
二人とは違う方向から、声がした。
「な!」
風で絡み取っていたはずの浩也の炎が、逆に巻き込み吸収すると…さらに威力を増し、テレポートより早く、アルテミアを追い越して、リンネに襲いかかった。
「なめるな!」
同じ炎の属性同士。リンネは相殺できると思っていた。
相手は、完全に目覚めていないのだから。
しかし、結界は違った。
浩也のパンチを手で受け止めた瞬間、リンネは自らの炎が焼けるような感覚に、目を見開いた。
咄嗟の防衛本能が、リンネを回避させた。
手を払うと浩也とアルテミアの頭上を飛び越え、合宿所の横に着地した。
「な、何だ!今の熱さは」
絶句しているリンネの真横から、声がした。
「う、上野先生!大丈夫ですか!」
食堂から出れなかったので、合宿所の横の隙間から直接結界をこえた絵里香は、ボロボロになっているリンネに驚いた。
「よくもお母様を!お前のせいで、お母様は!あんなことに」
疾走する浩也の手に、いつのまにかライトニングソードが握られていた。
「うおおっ!」
突きの体勢で向かってくる浩也を見た瞬間、リンネはそばに来た絵里香に手を伸ばした。
「赤星君!そんなものを、先生に向けては…きゃ!」
軽く悲鳴を上げた絵里香を羽交い締めにすると、盾のように、浩也の方に向けた。
「さあ!殺せ!人間ごと!あたしをな!」
リンネは、にやりと笑った。
全身のどこかにあるコアを刺されない限り、リンネは死ぬことがない。
(人を殺せ!赤星浩一!)
「あ、赤星君!」
絵里香の姿は、怒りから浩也の目には映らない。
「うおおっ!」
ライトニングソードは、胸元から背中までを貫通した。
「な、何!?」
リンネは目を見開いた。
ライトニングソードは、確かに貫通していた。
但し…リンネと絵里香ではなかった。
「お前は…人間を守る為に、この世界で戦っていた。そんな…お前が…」
ライトニングソードが突き刺さっていたのは、アルテミアだった。
「人を殺してはいけない。守れない命はあるだろう。救えなかった命もあるだろう…」
アルテミアの口から、血が流れた。それでも、アルテミアは浩也に微笑んだ。
「だけど…お前は奪っていけないんだ!赤星!」
アルテミアが叫んだ瞬間、口から血が大量に吐き出された。
「あああ…」
浩也の頭にないはずの記憶が、同じようなことがあったことを思い出していた。
あの時も…アルテミアは笑っていた。
そうだ…笑っていた。
「ア、アルテミア!」
僕は、絶叫した。