第350話 月の下に集まりし者達
(やめろ!)
真由に噛みつく己の姿を、第三者のように心の中で見た輝の叫びは、どこにも届かなかった。
「ガルル…」
犬のような声を聞き、真由は笑った。
「今さらかよ」
輝の後頭部を掴むと、強引に離そうとするが、深く刺さった牙が抵抗した。
「なめるな!」
それでも力任せに、強引に離すと、輝を後方に向けて投げ捨てた。
首筋の肉が抉れたが、すぐに細胞が増殖し、傷口を再生すると、さらに皮膚が硬化し、全身を覆った。
「これで、あたしに死角はない」
ゆっくりと輝に向かって、歩き出す。
投げられても、四つ足の格好で地面に着地した輝は、食い千切った肉を捨てると、近付いてくる真由を睨んだ。
そんな輝のそばに来ると、真由は目を細めた。
「人間を捨てたと思ったら…今度は、単なる獣に成り下がったか…。浅はかな」
と言いながら、真由の指が動いた。
その動きを、輝は見逃さなかった。横にジャンプすると、攻撃を避けた。
見えない空気の槍が、輝のいた場所に突き刺さっていた。
「チッ」
軽く舌打ちした真由が両手を広げ、竜巻を発生させようとした瞬間、
「させない」
理沙が、真由の前に瞬間移動してきた。そして、指を合わせて、真由の動きを止めた。
「貴様!まだ動けたのか!」
力比べの体勢になる2人。
理沙はフッと笑い、
「あんたが、指先で風を操っているのはわかっている!」
思い切り力を込めた。
「プラチナボンバー!」
「な、何!?」
真由の両手が押され、足の踵が地面を抉った。
「力は、あたしの方が上のようね」
「な、なめるな!」
真由の目が光ると同時に、彼女の全身も発光した。
「きゃあ!」
悲鳴を上げて、思わず手を離した理沙。
「電流!?」
何とか立ち上がった打田は、遠くから冷静に真由の攻撃を分析していた。
「あたしは、空の女神!」
真由が吠えると、理沙の足元に竜巻が発生した。
「し、しまった!」
電流を浴びた為に、バランスを崩した理沙は簡単に渦に巻き込まれて、上空に巻き上げられた。
「貴様のような旧世代の女神とは、格が違うわ」
翼を広げて飛び上がると、竜巻の流れに沿って回転する理沙の体に飛び付いた。
その瞬間、竜巻の流れが変わった。
逆方向にドリルのように回転し、上から下へ流れていく。
「終わりだ!」
体の自由を奪われながら、脳天から地面に激突した理沙。
声を上げる暇もなく、地面に突き刺さると、変身が解け…そのまま地面に倒れた。
「ガルル!」
興奮状態になった輝が、後ろから襲いかかるが、裏拳で迎撃された。
「く、くそ!」
地面に倒れた瞬間、輝は涙を流した。
「どうして!こんなことをするんだ!」
「うん?」
突然、凄まじい魔力を感じて振り向いた真由の目に、白髪になった輝が突進してくる姿が見えた。
「うおおっ!」
狼のような咆哮を上げると、輝の右手が輝き、光の塊になる。そして、悠然と立つ真由の胸元に、爪を立てて右手を叩き込んだ。
「なるほど…これが、お前の真の力か」
輝の右手の指は、真由の硬化した皮膚を突き刺さっていた。
真由はにやっと笑うと、
「惜しかったな。あたしが硬化する前ならば、倒せたかもしれないな」
輝の右腕を取った。
「高木…さん」
輝は、真由の瞳を覗いた。
(やっぱり…泣いている。本当は)
輝が悲しく微笑んだ瞬間、全身を電流が走った。
「犬上!」
打田が叫んだ。
(ああ〜)
輝は黒焦げになりながらも、心の中で願った。
(誰か…彼女を助けて上げて)
ゆっくりと膝から崩れ落ちていく輝に向かって、真由は左手を向けた。
「止めだ」
雷撃が放たれる瞬間、森の中から何かが飛んできた。
「うん?」
横目で、それを確認した時には、もう遅かった。
真由の肩に当たった瞬間、大爆発を起こした。
「行くぞ!」
森の中から、4人の影が飛び出してきた。
「どうなっても、知りませんからね」
木の影に隠れながら、バズーカを向けていた女は、ピンクの乙女スーツを身に付けていた。
「まずは、理香子を救出する!」
乙女レッドこと結城里奈は、眼鏡のレンズに映る真由のレベルを見て、冷や汗を流しながら、他の乙女ソルジャーに叫んだ。
「まともにやっても、絶対勝てないからね!」
「だりぃな〜」
1人ゆっくりと森の中から姿を見せた乙女グリーン花町蒔絵は、大欠伸をしながらも、かけた眼鏡と背中にショルダーバックのように装着されたキャノン砲からビームを発射し、片手で光のリングを投げまくっていた。
「チッ!」
無軌道な攻撃が効かなくも、真由を翻弄した。
周りの地面が爆発し、土埃が真由の視界を奪った。
「乙女スプレー!」
いつのまにか、真由のそばまで来た乙女ブルーこと五月雨夏希が、スプレーを真由の顔の傷口と目に向かって噴射した。
「今よ!」
慌てて逃げる夏希の合図に、二つの黒い影が草原を疾走した。
「蘭花!胸元を狙うわよ!」
乙女ブラックになっている九鬼の言葉に、もう1人の乙女ブラックである黒谷蘭花が、顔をしかめた。
「あたしに指図するな!」
「わかったわ」
九鬼は軽く口元を緩めた後、きゅっと唇の端を上げた。
「いくぞ!」
蘭花の声に合わせて、
「おお!」
九鬼は頷くと、同時に飛んだ。
「ダブルブラックキック!」
2人の乙女ブラックの蹴りが、スプレーによって視界を失っている真由の胸元を蹴った。
「うわああ!」
ふっ飛ぶ真由。
着地した2人の横に、乙女パープルこと平城山加奈子が立つ。
「止めだ!乙女包丁!乱れ桜!」
倒れた真由の頭上から、無数の包丁が落ちてくる。
「舐めな!」
包丁はすべて、真由が放った雷撃によって消滅させられた。
「く!」
顔をしかめた加奈子の目に、怒りを露にした真由が立ち上がろうとした。
「乙女バズーカ!」
乙女ピンクこと竜田桃子が木陰から飛び出すと、再びバズーカをぶっ放した。
直撃したが、桃子は恐怖から、バズーカをマシンガンに変えると、引き金を弾いた。
「犬上君!」
その隙に、九鬼は黒焦げになった輝を抱き上げると、打田のそばまで移動させた。
「犬上君をお願い!あなたも下がって!」
「わ、わかった」
打田が頷くと、九鬼は再び真由に向かって走り出した。
「何とか間に合ったでしょ?」
倒れていた理沙がふらつきながらも立ち上がると、そばに来た里奈の言葉に苦笑した。
「本当にぎりぎりよ。予定が早まったことは送信したはずよね?」
「あはは!」
笑って誤魔化そうとする里奈を、理沙は軽く睨んだ。
「例のものは?」
理沙の少し怒ったような言い方に、突然里奈は狼狽え出すと、あるものを差し出した。
「あっ、はい!」
「ありがとう」
それは、黄金の乙女ケースだった。
それを握り締めると、理沙は真由と戦う乙女ソルジャー達を見つめ、
「向こうへ帰る道が閉まる前に、早く帰った方がいい。そんなに時間はないはずよ。あとは、あたしと真弓で何とかするから」
歩き出した。
「でも、あの子…乙女シルバーになれていない」
里奈は、乙女ブラックとして戦っている九鬼を心配そうに見つめた。
「大丈夫よ!」
理沙は振り返り、里奈に笑いかけると、走り出した。
そして、戦っている乙女ソルジャー達に叫んだ。
「みんな!ありがとう!もう大丈夫だから!」
理沙が、真由と乙女ソルジャー達の間に立つと、攻撃は終わった。
砂埃だけが、草原に残った。
「撤収!」
里奈が叫ぶと、乙女ソルジャー達は急いで真由に背を向けて走り出した。
「九鬼!」
そして、森の中に戻る前に、彼女達は変身を解くと、次々に自分の乙女ケースを九鬼に向けた。
「あたし達の力を上げる!」
「またね!九鬼!今度は、この世界の観光スポットに行きたいよ!」
「だりぃな〜」
「あたしはもう来ません!」
「乙女ブラックは、あたしだけだ!」
各々に逃げながら、九鬼に別れの言葉を投げ掛けた。
「覚えておけ!お前を倒すのは、俺だ!」
加奈子だけが足を止めて、九鬼を指差した。
「ええ」
九鬼は頷いた。
「フン」
鼻を鳴らした後、加奈子は九鬼に背を向けて走り出した。
「またね!みんな…ありがとう」
九鬼は、みんなが去って行く方に頭を下げた。
「感動してる場合じゃないわよ」
砂埃が晴れていく中、姿を見せた真由を見つめながら、理沙は戦慄を覚えていた。
先程の乙女ソルジャーの怒涛の攻撃は、まったく真由にダメージを与えていないが…怒りに火を注いでいた。
「き、貴様ら!」
血管が額に浮き出た真由に向かって、理沙は黄金の乙女ケースを突きだした。
「ここからが、本番よ!」
「ああ」
九鬼は拳を握り締めた。
力が溢れてくる。
「装着!」
「いくぞ!」
黄金の光が理沙を包み、九鬼の黒いボディーの色が変わっていく。
「雑魚がどうしょうが!雑魚だ!」
真由が二人を睨みながら、叫んだ。
「ならば!己の体で、確認してみろ!」
乙女シルバーに変わった九鬼が、真由を睨み返した。
「月の力を見せて上げる」
乙女ゴールドになった理沙が、九鬼の横に立つ。
「いくわよ!」
そして、2人は同時に走り出した。