第348話 森田拓真
「ここは…」
一瞬にして、休憩所内にテレポートしたさやかは、ひんやりと冷たい空気に思わず身を震わせた。
「高坂?」
一緒にテレポートしたはずの高坂が、近くにいなかった。
休憩所内は、うっすらとしか明かりがついていない為に、すぐには見えなかったが、やがて目が慣れてくると、様子が伺えた。
「高坂!」
一番最初に、目が認識したのは高坂の後ろ姿だった。
そして、この向こうにある巨大な氷の塊。
その中で、血だらけになりながら、あの日のままで凍り付いている人間がいた。
「森田部長…」
高坂は、凍り付けの森田に頭を下げた。
「お久し振りです」
「…」
さやかはゆっくりと歩き出すと、高坂の横に立ち、森田の姿を見つめ、
「お兄ちゃん…」
と呟いた。
2人の間に、二年前の出来事が思い出される。
涙が流れたが、感傷に浸っている場合ではない。
高坂は涙を拭うと、氷の塊に近付いた。
「高坂!不用意に近付くな!」
さやかが、高坂の背中に叫んだ。そして、カードを取り出すと、
「この島は、魔法が使えない。だけど、この中では使える!」
テンキーにパスワードを打ち込んだ。
「ここで、この塊を海までテレポートさせる!それが、一番安全な方法だ」
「お、お前…それは」
高坂は、さやかが持っているカードが普段と違うことに気付いた。
「プロトタイプブラックカード」
「そうよ!山本さんに事情を説明して借りたのよ。このカードなら、直接魔力を使える」
さやかは、カードを氷の塊に向けた。
「待て」
さやかの腕を、高坂が掴んだ。
「そんなことはさせない!直接海に捨てるなんてさせるか!森田部長の思いを何だと思っているんだ!」
ぎゅっと握り締める高坂の手の強さも、さやかは気にせずに、
「お兄ちゃんはもう死んでいるわ!息を引き取る寸前に、コールドスリープをかけたけど…もう助かることはない!」
さやかは、何とかカードを向けようとした。
しかし、いつもの高坂と違い、さやかが振り払うことができないくらいに力が強く、カードを向けることができない。
「森田部長は、死ぬ寸前まで!俺の部長だった。非力な俺の為に、あの人は引き受けたんだ!あの…」
高坂は、さやかの腕を上に上げると、後ろを見た。
凍り付けの森田の体に、巻き付いている金属のような物体。
「王パーツを!」
そして、高坂はその金属の物体を睨み付けた。
「だからこそ!お兄ちゃんの意志を無駄にしない為に!海へと!」
さやかは何とか抵抗しょうとするが、びくともしない。
高坂はもう片方の手で、さやかからカードを奪い取った。
「高坂!」
さやかから手を離すと、2人は睨み合う。
「森田部長の遺体は、ここに埋める!そして、オウパーツは…」
高坂は素早い動きで、さやかに背を向けると、走り出した。
「俺が、何とかする!」
「馬鹿!」
さやかも走り出した。
「こんなことをして、お兄ちゃんが喜びとでも思うのか!」
「俺は、情報倶楽部の部長だ!森田部長の意志を継ぐ!」
「馬鹿野郎!」
さやかは、高坂の足に向かって飛びかかった。
「部長!今こそ俺が!」
氷の塊まで、数センチとなった時突然、2人の前に魔法陣が現れた。
「ト、トラップだと!?」
高坂は唖然とした。止まろうにも、勢いがついていた。
「だ、誰が!?」
と思った時、高坂の頭に悪戯ぽく笑っている幾多流の顔が浮かんだ。
「お、お前か!」
高坂とさやかは、魔法陣に飛び込み、そのまま…結界外に、強制的に出された。
「きゃ!」
「うわあ!」
島のどこかまで、強制的にテレポートさせられた高坂とさやか。
走っている勢いのまま、地面に転がった。
「こ、ここはどこだ!」
急いで立ち上がった高坂は、周りの風景から島の位置を確認しょうとした。
しかし、そんな確認はいらなかった。
「…なるほどな」
高坂の目の前に、毛むくじゃらの大男がいた。勿論人間ではない。目が一つだからだ。
それに、高坂にはその魔物に面識があった。
二年前、校長が送った軍隊に襲いかかっていた魔物の一匹だ。
「上級魔物…。ここは西部か」
高坂の前に、立つ魔物の数は20。
「に、逃げろ…高坂」
後ろから、苦しそうなさやかの声が聞こえてきた。
「さやか!?」
振り返った高坂は、絶句した。
膝を抱えて踞るさやかが、いたからだ。
どうやら、そんなタックルの体勢で魔法陣から飛び出した為に、足を挫いたらしい。
「さやか…」
「逃げろ…。あたしが囮になる。その間に逃げ…」
「馬鹿いうな」
高坂は先程奪ったブラックカードを、さやかに投げた。
「これで、回復させろ。カードを直接患部に当てて発動させれば、無効化にはできないだろう」
高坂はそう言うと、魔物達と向き直った。
「あ、あたしが治っても…あの数じゃ…」
普段と違い、弱気なさやかに、高坂はフッと笑った。
「心配するな」
妙に余裕のある高坂に、さやかは叫んだ。
「いつもの強がりで、何とかなる相手じゃない!お前の体は、戦いには向いていない!やめろ!」
「…確かに、俺は弱い!だからと言って、それが戦わない理由にはならない」
魔物達は涎を流しながら、近付いてくる高坂を見つめていた。
「馬鹿野郎!あ、あたしの前で!死ぬな!」
さやかの目から、涙が流れた。
「さやか…」
高坂は歩きながら、制服の内ポケットから、あるものを取り出した。
「俺は…確かに弱い!だけどな!守るべき者に必要なのは、強さではない勇気だ!」
そして、高坂はそれを突きだした。
「それに、戦う術は手に入れた!」
「そ、それは!」
さやかは思わず、目を見開いた。
「装着!」
高坂の体を、ダイヤモンドの輝きが包む。
「お、乙女ダイヤモンド!?」
さやかの言葉を、高坂は否定した。
「違う!高坂ダイヤモンドだ!」
拳を握り締め、高坂は走り出した。
「くらえ!高坂ダイヤモンドアタック!」
そのまま、魔物の群れに突進した。