第347話 墓標
「!」
小屋の中で独り、膝を抱えていた浩也は顔を上げた。
「人が…死んでいく」
浩也の脳裏に、焼け野原になった土地が浮かぶ。
灰になる老婆と…微笑む女の人。
浩也は頭を抱え、
「また…大勢の人が死ぬのか」
身を震わせた。
「な、何だ?」
同じ異変に気付いたのは、高坂だった。
浩也達が泊まっている小屋と同タイプの場所にいた高坂は、輝達が寝静まったのを確認すると、小屋から出て地面に降り立っていた。
真夜中だというのに、合宿所の方が明るいことに気付いていた。
周りが静まり返っている為に、遠くの爆発音が聞こえて来た。
「まだ…戦っているのか?」
高坂は、半分呆れてしまった。
少しは戦いの状況が気になったが、見に行く暇はなかった。
高坂にはやることがあったのだ。
こんな夜中に、わざわざ1人でジャングル内を歩くのは、自殺行為であるが…それでも行かなければならなかったのだ。
(あいつらを巻き込む訳にはいかない)
高坂は、西部にある最大の広さを誇る休憩所を目指すつもりだった。
「いくか」
危険ではあるが、恐れてはいなかった。
前回来た時も、真っ暗な島内を探索した。確かに、あの時は、さやかと2人だったが…。
(恐れることはない)
高坂は、学生服の上着の内ポケットに手を置いた。
そして、深呼吸をすると、助走もつけずに、一気に走り出した。
落ちた枝や草を踏む音も、遠くからの爆音に打ち消されているように感じていた。
(あの場所だけは、覚えている!忘れられるか!)
高坂は、前方の闇を睨んでいた。
(何だ!これは!)
二年前、瀕死の状態だった森田を発見した高坂とさやかは、ボロボロになりながらも、彼が守っているものに気付いた。
それは、世界を揺るがす程の恐ろしいものだった。
それを目の前にして、ただ怯えるだけだった高坂に気付き、瀕死の森田が何とか絞り出すように、言葉を発した。
「そ、そ、それを…俺に」
走りながら、高坂はクソと自らに対する怒りを吐き出した。
夜のジャングルだが、思い出す度に沸き上がる苛立ちが、恐怖を上回っていた。
それに、二年前の島中を走り回ったときに、地形は頭に入っていた。草花くらいで、惑わされてることはない。
己の枝や落ち葉を踏みつける音も、もう気にならない。
そして、高坂は着いた。 ジャングルが髪の毛だとしたら、そこに小さくできた十円禿のような空間に。
その空間の中心に刺さっている十字架のような墓標。
高坂はその墓標に抱き着くと、両足に力を込めてゆっくりと回し始めた。
「そうよね。まさか…墓標が、鍵になってるとは思わないものね」
突然、右側から声がして、高坂は墓標を回しながら、驚いた。
しかし、それでも知った声であった為に、途中で止めることはなかった。
墓標を二回半回転させると、汗だくになりながら高坂は、声がした方を見ずに訊いた。
「どうしてここにいる?危険だろ?」
「それは、お互い様でしょ。それに、こっちは頼もしい助っ人がいるし」
高坂が顔を向けた方向には、さやかと九鬼が立っていた。
「なるほど…生徒会長に、道案内を頼んだのか」
フッと笑う高坂に、九鬼が口を開いた。
「本当は如月部長が、1人でいくつもりだったようですが、夜のジャングルは危険なので、無理矢理同行しました」
小屋から出ていくさやかの姿を、スクリーンで確認した九鬼は急いで後を追ったのだ。
「これで、見張りがいなくなったじゃない。まあ〜あそこの結界はそう簡単に、壊れないと思うけど」
簡易結界と言ったのは、自分を見張りにつける為のさやかの嘘だった。
もともと1人で、来るつもりだったのだ。
「来たものは、仕方がないが…けりは、俺がつける!」
高坂がそう言うと、十字架の先端が光り、墓標を中心にして魔法陣を描き始めた。
「いくぞ!」
高坂達が、魔法陣の完成を待っていると、風が吹いてきた。
「伏せて!」
九鬼の言葉にはっとして、身を屈める2人。
体の至るところが切れたが、致命傷にはなっていない。
「中に行って下さい!何とかします」
低空で、地をかける九鬼は魔法陣から飛び出した。
「生徒会長!」
「あ、あれは!?」
完成した魔法陣によって転送される寸前、顔を上げた高坂の目に木々を薙ぎ倒し迫る真由の姿が映る。
「高木君!」
「本性を見せたようね」
冷や汗を流しながらも、さやかが言った。
「装着!」
乙女ブラックとなった九鬼は神速の動きで、真由の前まで移動した。そして、再び風を発生させる前に、蹴りを放った。
「ルナティックキック零式!」
しかし、それを真由は指先一つで止めた。
「何!?」
絶句する九鬼を見ずに、
「邪魔だ!」
指先で払うと、魔法陣の中にいる高坂とさやかを睨んだ。
「フン!」
もう片方の手で風を起こすと、竜巻が発生した。
しかし、その前に、2人の姿は消えた。
「高木さん!」
いつのまにか真由の後ろを取った九鬼は、腕を回すと、そのまま腰を曲げて、ジャーマンスープレックスの体勢に持っていった。
しかし、地面に真由の脳天が突き刺さることはなかった。
風が下から沸き起こり、2人を空中に浮かべると回転し、九鬼を吹き飛ばした。
「うわああっ!」
乙女スーツが傷だらけになり、空中から地面に激突した九鬼を、上空から見下ろす真由。
「雑魚が…」
そして、一気に落下すると、九鬼の鳩尾に膝を叩き込んだ。
「ぐわあ!」
九鬼は血を吐き、膝が突き刺さっている部分からヒビが走ると、乙女スーツは砕け散った。
「無力な人間が」
真由は冷たい瞳で、見下ろしながら、九鬼にトドメを刺そうとした。
「高木さん!」
その時、真由が薙ぎ倒した木々の向かうから、輝達が姿を見せた。
「生徒会長!」
打田は、下敷きにされている九鬼に気付いた。
「真弓を倒すのは、おれだ!」
二本の刀を握り締めた十六が走り出した。
「に、人間が!」
真由が、腕を十六に向けた。
「やめてくれ!高木さん!」
輝の叫びを聞いて、ほんの数秒だけ…真由の動きが止まった。
その動揺を見逃さないものがいた。
「少しは、人間の心が残っているのかしら?」
耳元で声がして、振り返った真由の目に、微笑む綾瀬理沙が映った。
「き、貴様!」
「遅い!」
慌てて振り向いた真由の胸に、手を当てた理沙は、そこから光の塊を放った。
「うぎゃあ!」
先程痛んだ胸の傷痕を直撃し、そのまま真由をふっ飛ばすと、理沙は眉を寄せながら力を込め、さらにジャングルの向こうに移動させた。
「戦う場所を変えるわよ。真弓」
理沙は、真由が飛んでいった方を見つめながら、九鬼に言った。
「綾瀬さん…あなたは?」
立ち上がった九鬼に、理沙は微笑むと、
「話は後で」
どこからかプラチナに輝く乙女ケースが飛んできた。
「装着!」
乙女ケースが開き、理沙の体を光が包んだ。
「ま、まさか!?」
絶句する九鬼の目の前に、乙女プラチナが光臨した。
「先に行くわよ!真弓!」
乙女プラチナの姿が消えた。神速で、真由を追ったのだ。
「く!」
九鬼は落ちている乙女ケースを拾うと、前に突きだした。
「装着!」
乙女ブラックに変わると、輝達に告げた。
「高坂部長と、如月部長は結界の中です!あなた達は、避難して下さい」
「そんなことより、おれと戦え!」
十六の日本刀が斬り裂く前に、九鬼の姿が消えた。
理沙の後を追ったのだ。
「くそ!」
空振りした十六の日本刀は、地面を斬った。
「ど、どうなっているんだ?」
事態が把握できない…輝と打田。
十六を操作できる舞は、恐らく部室で寝ているのだろう。
「部長…」
輝は、異様な雰囲気を漂わす十字架の墓標を見つめた。
恐らく…その辺りに、高坂達がいるのだろうが…中に入る方法がわからなかった。