第346話 涙
「ちょ、ちょっと待て!」
大量に投入される科学兵器を見て、絵里香は絶句して、しばらく呆然としてしまった。
魔法の使えない島内を見越して、忍者達はガソリンで動く兵器を投入してきたのだ。
それは、大月学園で結城の下についた兜が設計したものだった。
島にいる魔物を全滅させる計画が出た時から、もしもの為に作られ、用意されていたのだ。
埠頭から入れない為、合宿所前までクレーンに吊るされて、上陸した戦車に、数多くの銃器類。特に多いのが、火炎放射器だった。
もう隠密部隊というよりは、軍隊に近かった。
次々に上陸してくる忍者達の中で、指示を飛ばしている男を発見した絵里香は、直ぐさま駆け寄った。
慌ただしく走る忍者達とは、逆の方向に走る絵里香の姿は目立ち、司令官と思われる男はあからさまに嫌な顔をした。
「何ですか!この部隊は!島にはまだ、生徒達が!」
「生徒達は、全員死んだと報告を受けている」
司令官は、近づいて来た絵里香を追い越し、ぶっきらぼうに言い放った。
「な!」
絵里香は足を止め、振り返った。
「それに、我々の仲間も死んだんだ!」
司令官は、苛立ちと怒りから声を荒げた。
「そんな馬鹿な!」
絵里香は遠ざかっていく司令官に、食い下がる為に歩きだそうとした。
すると、両脇から忍者達に腕を取られた。
「民間人は、黙っていて頂こうか!」
振り返ることはしなかったが、司令官は足を止めた。
「み、民間人だと!あたしは、大月学園の教師だ!」
絵里香は腕を振り払おうとしたが、さすがは訓練された者達である。びくともしなかった。
「もう教師風情が、口を挟める状況ではなくなったのだよ!百名以上の人間が死んでいるんだ!」
司令官の言葉に、わなわなと震え出した絵里香は、堪忍袋の緒が切れた。
「教師を舐めるな!」
「え!」
突然、司令官の耳元で声がしたと思った瞬間、激しい痛みが横っ腹を貫通したように走った。
崩れるように倒れた司令官の真横で、膝を突きだした体勢の絵里香が立っていた。
その後ろでは、2人の忍者が倒れていた。
突然の出来事に、数秒だけ唖然となった忍者達は直ぐ様、小太刀を抜き構えた。
「退け」
しかし、怯むことなく周りを威嚇した絵里香の眼力に、忍者達は構えたまま動けなくなった。
退くことはなかったが、固まった忍者達の間を、絵里香はすり抜けた。
「舐めるなよ!あたしの生徒達がそう簡単に死ぬかよ」
絵里香は、合宿所へと走った。
そうこうしている間に、忍者の先陣は強引に結界を越えた。勿論、戦車も。
しかし、結界に入った瞬間、爆音が轟き…戦車は木っ端微塵になった。
「ヒイイ!」
パニックになった忍者達がマシンガンを構え、前方に向かって引き金を引いた。
「も、森を焼け!」
火炎放射器の先端から出た炎は、森の中から吹いてきた強風に押し返され、発射した忍者達を火だるまにした。
さらに、木っ端微塵になった戦車から飛び散ったガソリンに火がつき、地面が燃えた。
「敵は森の中か!」
ガトリング砲を森の中にぶっ放つが、木々が邪魔した。
木の表面を抉った弾は、跳ね返り、一部の忍者に被弾した。
「撃ち方やめろ!」
忍者の1人が、ガトリング砲をぶっ放つ忍者に叫んだ。
しかし、その命令を聞くことはできなかった。
辺り構わず撃ちまくる忍者は、首から上がなかったのだ。
「どうなって…」
周囲を確認しょうと、首を回した忍者の頬に風が当たったと、脳が皮膚からの信号を受け取る前に、頭がスライスした。
「うわああ!」
「うぎゃああ!」
結界から、森までの数メートルが、阿鼻叫喚の地獄に変わる。
「かまいちか…」
手首を切り落とされた忍者は、片膝を地面につけながら、森の中からゆっくりと歩いてくる女に目を細めた。
炎が強くなり、燃え上がっている為に、蜃気楼が発生して、女の姿が揺らめいていた。
「ば、化け物が!」
忍者は手首に布を巻き付けると、腰につけていた小太刀を片手で抜いた。
そして、そのまま…女に向かって突進したが、途中で細切れになった。
「うおおっ!」
結界を越えた第二陣が、ほぼ壊滅状態になった仲間達を見て、思わず勢いが止まった。
「…」
口をつむぎ、状況判断に走る。
「か、風に…気をつけろ」
両足を切断され、地面に仰向けになっていた第一陣の生き残りが、声を絞り出した。
「風?」
火炎放射器や、マシンガンを持った忍者達は、火の海になった地面の向こうに目を凝らす。
「か、かまいちだ…。炎は放つな!風上に逃げろ…」
それが、両足を切断された忍者の最後の言葉になった。
「伝令!」
火炎放射器を下に向けた忍者が、叫んだ。
「全員、風に気をつけろ」
「無理よ」
忍者達の真上から、声がした。
「!」
忍者達が、顔を上げた瞬間、真上から風が吹いてきた。
頭の天辺から、爪先まで赤い線が走ったと思ったら、血が噴き出した。
「誰も逃げれない!」
風は上下左右に吹き…まるで球体のようになっていた。
その中心にいるのが、真由だった。
「あたしは、女神ソラ!人間を殺す為に生まれた!」
風の球体は、結界に触れるギリギリまで大きくなった。
その為に、結界を越えると同時に、忍者達は細切れになった。
「人間は、許せない!生きる価値はないの!」
真由の脳裏に、身に覚えのない記憶がよみがえる。
自分の肌の色を馬鹿にする人間達の…嘲りと冷笑。
いじめ。
そんな毎日を、過ごして来た。
「人間なんて!」
風は勢いを増し、結界を越えた忍者達を一瞬で、塵にした。
(リタ…)
真由の怒りが、頂点に達した時…感情の向こうから声がした。微かだが…優しい声。
「だ、誰だ?」
その声の主を確認しょうと記憶を手繰った真由の頭に、輝の顔が浮かんだ。
(泣いてるの?)
自分の瞳を覗く…輝の瞳がよみがえる。
輝の目に映る…自分の顔…。
「うわあああ!」
真由は、絶叫した。
「くそ!」
合宿所の食堂の奥にある扉を開き、正規ルートから結界内に飛び込んだ絵里香は、誰もいない風景に思わず、足を止めた。
森と結界の間は地面が削れ、草花が生えていない砂地になっていた。
忍者達の死体は塵になり、どこかに飛び散っていた。
何もないと思っていた砂地の上に、真由だけが立っていた。
「た、高木さん…?ぶ、無事だったのね!」
慌てて駆け寄ろうとした絵里香の目の前で、真由は再び絶叫した。
胸から、鮮血が噴き出したのだ。
「高木さん!」
一瞬驚き、足を止めてしまった絵里香は拳を握り締めると、再び駆け出そうした。
「ぎゃあああ!」
しかし、真由は悲鳴を上げながら、絵里香に背を向けると、森の中に逃げていった。
「高木さん!」
手を伸ばす絵里香。その位置から少し離れた場所に、結界を越えた司令官が姿を見せ、絶句した。
「な、何があったのだ?」
静まり返った結界内は、普段の夜と変わらなかった。炎も消えており、闇だけがそこにあった。
「に、二百五十もの…我が部隊はどこに行ったのだ!」
目の前の静寂が信じられない司令官は、頭を抱えた。
「…」
絵里香は、忍者達を無視して、真由が消えた方を見た。
追いかけるべきかもしれないが、闇の深さと…二百五十人の忍者がいなくなった場所に、真由が1人いた事実を目にして、疑念が確信に変わった為に、不用意に追いかけるのをやめた。
(やはり…彼女か)
夜が明けるまで一旦、合宿所に戻ることにした絵里香と違い…残った五十人の忍者は、森に進むことを決めた。
十六に装備されているのと同じ暗視ゴーグルをかけると、そのまま森の中に突入した。
「やめた方がいいわよ」
一応、絵里香は止めたが、
「いらぬお世話だ」
司令官は、忠告ををきかなかった。




