表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
353/563

第345話 存在意義

しばらく平穏だった島に、魔物達の興奮の声が響き渡った。


「血に興奮しているのか」


アルテミアは、三日月状の島の西部に来ていた。


合宿所がある港が一番北であるが、島の形から反対側の一番先の岬よりも、西部の奥が一番、南を向いていた。


その為とは言えないが、西部の緑は濃く、青々と茂った草木が熱帯ジャングルのような様相を呈していた。


そんなジャングルの中に、アルテミアはいた。


「チッ」


アルテミアは舌打ちした。


多くの人間が死んでいくのが、わかっていた。しかし、助けに行っても手遅れであることも。


バンパイアであるアルテミアは、血の匂いに魔物よりも敏感であるが…敏感であるが故に、手遅れであることもわかるのだ。


それに…この場所から動くことが、さらに魔物を解き放つこともわかっていた。


本能に従順なはずの魔物達がなぜ、西部から動かないのか。


それは、彼らの本能が血の匂いに興奮するよりも、死に怯えているからだ。


アルテミアという死を与える存在に。


「どうする?」


移動することよりももっと重大なことに、アルテミアは悩んでいた。


いや、覚悟はしていた。最悪の結果が訪れることに。


(やれるか?)


アルテミアは、頭の中でシミュレーションを行っていた。


来るべき…魔王ライとの戦いに備えて。





「血の匂いが充満している。それだけではない。運命の速度も加速している」


程なくして夜を迎えた島の中で、1人力を蓄えていた理沙は…空に浮かんだ月を結界越しに見上げた。


「やはり…もう始まるのか」


あと6日あると思っていた理沙は、下唇を噛み締めた。


女神として最大の力を発揮する為に、月の力を集めていた理沙は、フルパワーまでチャージできないことを悟った。


(このままでは…勝てない)


女神であるはずの理沙の額から、汗が流れた。


(だけど)


理沙は上空の月を睨むと、覚悟を決めた。


(そう都合よくいくはずがない)


両手を月に突きだすと、


「我が分身である月よ!すべてに平等に降り注ぐ月の光よ。今宵だけは…少しだけ我に強く降り注いでおくれ」


その光を集め出した。







「やはり中止にする!夜が明けたら、全生徒に告げる!」


食堂にいながら、まったく食事を取っていなかった絵里香は、苛立ちと心配が頂点に達した。


「支援者達には、あたしが直接謝りに行く」


と言った絵里香を見て、リンネは心の中で笑った。


「くそ!」


食堂から結界内に入ろうとする絵里香の背中に、リンネが声をかけた。


「前田先生。夜は危険ですわ」


「な、何を悠長なことを!」


絵里香は足を止めて振り返ると、睨むようにリンネを見た。


(だって〜手遅れだから)


心の中でそう思いながらも、リンネは真剣な表情をつくり、絵里香を見ると、


「それに、どうやら…隠密部隊も全滅したようですよ」


視線を床に落とした。


「な!」


絶句した絵里香は、リンネに訊いた。


「どうして、それを!?」


「そ、それは…」


リンネはあくまでも落ち込んでいるように演じながら、勿体ぶって言葉を続けた。


「数時間前に、血だらけの人が結界を出て、埠頭から増援を呼んでいたから」


「な!」


絵里香はリンネの話を聞くと、埠頭を目指して食堂を飛び出した。


「増援部隊に、生徒達の救出を頼まれては…」


リンネは目で絵里香を追いながら、見えなくなると小声で嘲るように言った。


「半分以上は死んでますけど」


それからクスッと笑うと、長テーブルに頬杖をつき、結界の方に目を向けた。


「首尾はどうなっているの?」


「は!」


リンネの言葉に、結界の向こうから姿を見せたユウリとアイリが跪いた。


「我が炎の騎士団も、この島の周りに待機しております」

「いつでも、攻撃を開始できます」


2人の言葉に、リンネは頬杖をつきながら、軽く肩をすくめると、


「それじゃ〜あ、つまらないわ。あくまでも島の中の者達ですましてくれないと」


ユウリとアイリに笑いかけた。


「承知致しました」


2人が頭を下げた。


「お前達は、騎士団とともに待機しておけ。あくまでも、赤星浩一が復活した時の為だ」


リンネの言葉に、再び2人は頭を下げた。


「…ところで、あやつはどうしておる?」


リンネが言うあやつとは、刈谷のことである。


「は!」


アイリは頭を下げながら、


「女神ソラと接触後、まだ島に留まっております」


報告した。


「人に手を出したのか?」


リンネは、訊いた。


「い、いえ…」


そこまでの報告を、刈谷から聞いてはいなかった。口ごもるアイリと違って、ユウリが言葉を続けた。


「あやつは、手を出しておりますん」


きっぱりと言い切ったユウリに、リンネは笑いながら問いかけた。


「何故そう思う?」


リンネには、2人がそこまで刈谷から確認していないことはわかっていた。


だけど、敢えて訊いた。


心配気にちらりと、ユウリを見たアイリ。


しかし、ユウリは臆することなく、堂々と述べた。


「今のあやつは、人間。それも、とても人間らしい人間ですから」


「人間らしい人間?」


予想外の言葉に、リンネは眉を寄せた。


「は!偽善者ではなく、英雄でもなく…ただ、己に素直な人間。時に、人が見せる嘘偽りがございません。故に、あやつの周りにいる取るに足らない人間を、殺すことも守ることもしないでしょう」


ユウリは顔を上げ、


「互いに対して干渉しない…無関心でいることこそが、もっとも人間らしいと思います」


そこまで言うと、再び頭を下げた。


「フッ」


ユウリの言葉を聞いて、リンネは微笑んだ。


「…」


どういう反応が来るかわからないユウリとアイリは黙り込む。


「…やっぱり」


リンネは二人を見下ろし、


「人間の学校に行かせて、正解だったわ」


満足気に頷くと、


「とっても面白いことを言える女になったわね」


席を立った。


「リンネ様…」


「島の周りで、待機しなさい。いなくなったのがバレても、あたしが上手く言っておくわ」


そう言うと二人を追い越し、結界に入ろうとするリンネに、ユウリは体の向きを変えて口を開いた。


「恐れながら、申し上げます。ここ数日でわかったことが、ございます!人間は、屑!どんな動物よりも貪欲で、愚か!大局を見ることができずに、目先のことしか考えておりません」


ユウリは再び顔を上げ、


「我らの使命は一つ!我らが炎で、人間を焼き尽くすこと!その思いに、改めて気付かされました」


床を擦るように、リンネの方に進み、


「どうか…我ら清浄の炎に、人間を焼き尽くすご命令を!」


床に額がつく程、頭を下げた。


「ユウリ…」


リンネは振り返ることなく、口を開いた。


「は!」


「人間は…」


少しだけ横顔を向け、


「王の食料よ。屑でもね」


口元を緩めた。


「リンネ様…」


「それにね…。人間には2種類いるの。屑とそうでないもの」


リンネは前を向き、結界の向こうを睨み、


「そして、そうでないものは…最高の王への貢ぎ物になるわ」


にやりと笑うと、結界の前で止まった。そして、ゆっくりと振り向くと、


「ユウリ、アイリ…。あたし達が存在する理由は、すべて王の為。炎の意味でさえね。それだけは、覚えておいてね」


微笑みかけた。


「は!」


二人は頭を下げた。


リンネは満足気に頷くと、結界内に入った。


「さあ〜始めましょうか」


リンネはゆっくりと歩き出した。




その頃、埠頭に着いた絵里香の目の前で、続々と上陸する忍者部隊の姿が映った。


その数300。


彼らも威信をかけていた。


真の宴が始まる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ