第341話 変動
「うん?」
湖を迂回して進む高坂達は、合宿所の方がざわめいていることに気付いた。
「何か来たのか?」
訝しげに湖の向こうを睨む高坂に、
「調べてみます」
そばに来た十六…もとい、舞が頷いた後、天を見上げた。すると、今度は右目が飛び出し、島を包む結界近くまで上がった。それから、アンテナのようなものが突きだし、黒目の部分がズームのように飛び出すと、合宿所の方に向いた。
「何でもありだな」
その様子を見ていた打田は、どんなことがあっても段々驚かなくなっていた。
「…」
映像は直接ダイレクトに脳と、大月学園にいる舞のパソコンに転送された。
舞は布団を被りながら、素早く大月学園のメインコンピューターにハッキングをかけた。
「部長!どうやら、伊賀の傭兵が百人、こちらに派遣されたようです。さらに」
舞はキーボードに、素早く指を走らせ、
「部長!この島!売却リストに入ってますよ!」
驚きの声を上げた。
「何!?」
それを聞いて、高坂は目を見開いた。
「売却って…売られるんですか?」
輝は顎に手を当てて、考え込むポーズを取った。
「え!」
打田は周りを見て、
「物好きな…」
呆れてみせた。
そんな中…。
「あ、ああ」
一番驚きそうなのに、妙なテンションで納得したように見える梨々香に、高坂は気付いた。
「矢島君」
高坂は梨々香の前まで歩き、正面から顔をじっと見つめた。
梨々香は不自然に目を逸らし、口笛を吹くという…今時誰もやらないリアクションをした。
それを見た瞬間、そこにいた全員がこう思った。
(知ってたな)
輝、打田…そして、舞がそう確信する中、高坂だけはやさしく諭すように言葉を続けた。
「…新聞部は、知っていたんだね」
「へぇ」
素っ頓狂な声を上げ、思わず…自分の顔を見た梨々香に頷くと、高坂はゆっくりと背を向けた。
「みんな…俺は、行くところができた」
そう言うと、ぎゅっと拳を握り締めた。
「すまないが…みんなは、合宿所に戻ってくれ」
と言うと、歩き出そうとする高坂を、輝が止めた。
「待って下さいよ。部長!意味がわかりません」
「そうか…そうだな」
高坂は足を止めて、フッと笑うと、4人に向き直り改めて言った。
「ここからは、俺の個人的な問題だ。だから、君達を巻き込む訳には行かない。だから…」
そう言うと、深々と頭を下げた。
「すまない」
「…」
4人の間に沈黙が流れたが、すぐに舞がそれを破った。一歩前に出て、
「あたしも行きますよ。部長1人では、心配ですから」
頭をかいた。
「まあ〜おれもいいぜ」
舞の声から、十六に戻った。
「ぼ、僕も…」
あまり力が入っていないが、輝も前に出た。
「行きます!」
そこだけ力強く言うと、輝は頷いて見せた。 自らを奮い立たす為に。
「私も行く。このまま、蚊帳の外なんて、堪えられない!」
打田は手甲をつけると、前に出た。
「う〜ん」
梨々香は悩んでいた。
しかし、もし高坂にバレた場合のことも、さやかは梨々香に命じていた。
(あいつは無茶をするはずだ。大して強くもないのにな…。その時は、サポートしてやってくれ)
その言葉を思い出した梨々香は、銃を握り締めると、
「あたしも行きます」
前に出た。
「有無」
高坂はただ頷いた。
同時刻。
隠密行動を取るはずだった忍者部隊は、結界を越えて数分後に、魔物の群れとぶつかってしまった。
3メートルはある蟷螂に似た魔物は、群れで襲いかかって来た。
さらに、巨大な蚊が血の臭いを嗅ぎ取って、上空から襲いかかって来た。
「お頭!」
忍者部隊の最後尾にいた初老の顎髭を生やした男に、最前線から戻った伝令が、戦況を伝えた。
「何!?昆虫系が多いだと!?」
魔物…特に魔神は、人間よりも進化の過程を進んでいると言われていた。
微生物から〜人間〜魔神を進化の過程とするならば、昆虫系は外れていた。
確かに…魔物の中には、昆虫類の能力を身につけているものは多い。
しかし、昆虫と魔物とは決定的な違いがあった。
体内の構造である。
だが…この世界の人間は、知らない。
魔獣因子が目覚めた人間が、魔物へと進化する過程で…体の中が、蛹の状態のようにドロドロになっていることを。
お頭と言われた男は、舌打ちすると、
「生態系がおかしくなっているのか!だとしても、我々の仕事は、人間以外を皆殺しにすることだ。ただ駆除せよ」
伝令に向けて命令を発した。
「は!」
伝令は頭を下げた。
「必要ならば、森を焼け!依頼者が求めているものは、この島の近海の地下資源!この島に価値はない。焼け野原になろうと、島があればいいのだ」
「は!」
伝令は踵を返すと再び、最前線へと戻って行った。
その後ろ姿を見つめながら、お頭と言われた男はほくそ笑んだ。
「楽な仕事よのう」
そして、研ぎ澄まされた小太刀を手にすると、
「ただ…殺せばいいだけとはな」
フンと鼻を鳴らしてから、
「行くぞ」
周りにいた部下に命じた。
「は!」
そして、すべての忍者が風の如く…森の中に突入した。
「何が起こっているの?」
井田百合花は、ざわめく木々の音にびくっと身を震わした。
五つあったパーティーの内、残っているのは、高坂のパーティーとさやかのパーティーを除けば、百合花のパーティーを残すだけになっていた。
彼女のパーティーは、知能派が多く…戦うことよりも逃げることを選択した。
「どこぞの馬鹿が、暴れているのだろうよ」
サッカー部の刈谷雄大は、鼻で笑った。
「今回のミッションは、いかに最後まで無事に過ごすかだ」
そう言った刈谷の周りの4人の生徒も、頷いた。
「そうですよね」
百合花も頷いた。
「なぜならば〜我々は、平和主義者だからだ」
刈谷は、かけていた眼鏡を人差し指で上げると、フッと笑った。
「平和主義者は何か!それは、争いに関わらずに!安全な場所から平和を唱え、決して自らの手を汚すことはない者達のことだ!だって、争いが嫌いだからね」
刈谷は、肩をすくめた。
「遠くの争いを眺めるだけだ。参加することは、我々の考えに反する」
「争いはいけないことです」
百合花は頷いた。
「だけど…戦ってくれた人には、こう言おう!ありがとうと!」
「そうです。感謝の言葉です。愛です」
人は、ずる賢く…愚かである。
しかし、それに他人への感謝をそえれば…それだけで、許されるような気がした。
もし…間違っていれば、謝り…懺悔すればいいのだ。
「戦いは、絶対駄目です。例え、魔物であっても!生きているものを傷付けたり、殺してはいけないのです!」
百合花は、周りの緑を見て頷くと、両手を広げた。
「だって、世界はこんなにも美しいのに」
確かに、世界は美しい。
しかし、その漠然とした全体像である美しさだけを語る者にはわからない。
目にできるそこまで木々が育ち、花が咲くまでの苦労を。
そして、なぜ…葉が天を向くのか。
なぜ、花が咲くのか。
そして、動物はなぜ…生きていけるのか。
無意味な争いはいけない。しかし、生きるということはある意味戦いである。
食べるということもだ。
安全に…人間だけが、安全に生きれる権利がある訳ではない。
感謝とは、犠牲者や戦ってくれるものにするだけではない。
無事に過ごすことができたことにこそ…感謝しなければならない。
世界の中で、己が生きていられるのは…単に幸運なだけである。
平和である保証も、生きることの権利も…平等であることも、当然のものではない。
なぜならば、君達は…そうあるように自らで努力しただろうか。
今の幸せを得る為に、努力をしただろうか。
「誰?」
突然、百合花達の前に…1人の女生徒が現れた。
努力なき者から、それがなくなることは容易い。
人は、本当は…世界で一番…弱い存在だからだ。