第340話 幽玄の先に
「こんな場所があったんですね」
岬に隠されていた休憩所内で、緑は感嘆の声を上げた。
さやかは、革袋から飲み物を取り出すと、全員に配りながら、
「休憩所と言っているが…本来そう使うべき場所は、島の至るところにあるよ。但し、木の上だったりするし…別に結界も張られていないから、普通に襲撃されることが多い。だから、交代で見張りをつけたりして気を抜けない…。はい」
最後に浩也に水を渡した。
「あ、ありがとうございます」
浩也は水を受けとると、頭を下げた。その様子を、真横で心配そうにカレンが見守っていた。
「じゃあ〜ここは、何なんですか?」
緑は、正方形の休憩所を見回した。
「さあな〜」
さやかも休憩所内を見回すと、
「でも、ここを発見した時…使われた形跡がなかったんだ。どうして、こういう空間を作ったのは謎だな」
近くの壁にもたれた。
「…で、どうしますか?これから」
緑はいきなり、会話を変えた。
「そうだな」
さやかは首を曲げると、後頭部を壁に付け、少し考え込んでいるフリをした。
目は、部屋の奥で乙女ケースを握り締める九鬼を映していた。
(戦力的には、ベストだな)
さやかの脳裏に、出発前の絵里香と交わした会話がよみがえる。
体育館の裏に呼び出されたさやかは、絵里香からある任務を頼まれていた。
(でもな…)
さやかは、躊躇っていた。
絵里香が告げた内容は、衝撃的だった。
(お前にしか頼めない)
絵里香はそう言った後、深々と頭を下げた。
(だけどな…)
さやかは、承諾はしなかった。しかし、島を売却する動きがあると知らされ…断ることもできなかった。
(確かに…それは、高坂には言えないな)
さやかはため息をつくと、顎を下げて、視線を緑に合わせた。
そして、おもむろに話し出した。
「行く場所は決まっている」
「ど、どこですか?」
さやかの睨むような視線と強い意志を感じる言い方に、思わず怯んでしまった緑。
さやかは壁から離れると、緑の横を通り過ぎ、腕を組みながら、休憩所にいる人々に話しかけた。
「この島の最西部にある最大の広さを誇る休憩所…いや、結界。そこに眠るものを確保し…」
そこまで言ってから、唇を噛み締め、
「海の底に捨てる!永遠に、見つけることができないようにな」
虚空を睨んだ。
「海に捨てる?」
緑は首を傾げ、
「な」
「何を捨てるんだ?」
言葉を続けようとしたが、それをカレンに遮られた。
「山本可憐…」
呟くように言うと、さやかはカレンを見つめた。
カレンは、浩也のそばから離れると、ゆっくりとさやかに近付き、
「今回の合宿の危険度は、学校行事をこえている。気を探ればわかるが…犠牲者も出ている」
さやかの真横で足を止めると、他のメンバーには聞こえないように囁いた。
「学校側の思惑よりも…あんたの隠し事が知りたいな」
「フン!」
カレンの言葉に、さやかは鼻を鳴らすと、前を向いたまま、
「それを今から、話すわ」
一歩前に出た。そして、休憩所内を見回し、
「みんなは知っているかな?魔王の鎧を」
島に隠された秘密を話し出した。
「お姉様」
島の最西部を目指して歩くアルテミアの前に、頭上から真由が下りて来た。風を纏い、重力を感じさせない動きを見て、アルテミアは目を細めた。
「やはり…貴様か」
「御姉様よりは上手く化けれたでしょ?」
スカートの両端を持って、お辞儀する真由を見て、アルテミアは鼻を鳴らすと、回し蹴りを放った。
「怖〜い」
大袈裟に避けて見せた真由に、アルテミアは軽くキレた。
アルテミアの指先が光ると、電気が走った。
「無駄ですよ」
真由の指も輝き、2人の間で電流がスパークした。
「あたしは、ソラの女神ですから」
クスッと笑う真由を見て、アルテミアは逆に怒りを静めた。
襲って来なくなったアルテミアに気付き、真由は残念そうに肩を落とした。
「もう遊んでくれないのですか?」
じっと自分を見つめる真由を、アルテミアは軽く睨んだ。
「御姉様〜こわ〜い」
大袈裟に身を捩る真由に、再びキレそうになったが、アルテミアはぐっと抑えた。
「つまらないですわ」
真由はそんなアルテミアに、口を尖らせ、
「さっきのように、感情を露にして下さいな。あの〜」
ここで突然、
「人形にしたように」
にやりと笑った。
「…」
無言のアルテミアはまったく初動を感じさせずに、真由の前に来ると、右ストレートを放った。
「ひや!」
真由の鼻先にヒットし、彼女をふっ飛ばした。
「さ、流石は…天空の女神」
倒れることはなかったが、数メートル後ろに下がった真由は、流れた鼻血を気にせずにただ…不敵に笑った。
「人形のことになると変わるのね。でも、心配することはないわ。もうすぐ宴が始まる」
「宴だと?」
アルテミアは眉を寄せ、再び近付こうとした。
「心配しなくていいのよ。御姉様にとって、悪い話じゃないから」
真由は、後ろに下がると、
「楽しみにしておいてね」
そのまま…テレポートした。
「チッ」
軽く舌打ちすると、真由の思念を追って追跡しょうとしたが、アルテミアは動きを止めた。
「うん?」
そして、合宿の方を見つめた。
「来たようね」
リンネは食堂の中で、微笑んだ。
埠頭から島に上陸した百人の黒装束の兵士達。
潜水艦ではなく、巨大な船でやって来た彼らは、リンネや絵里香に挨拶することなく、合宿の横から結界に次々に飛び込んでいった。
「前田先生」
食堂に、梅が心配そうな顔をして姿を見せた。
「心配いらないわ。生徒には、手を出さないから」
絵里香ではなく、リンネが答えた。
「彼らの目的は、魔物の一掃だから」
そう答えた後、リンネはとても小さな声で、言葉を続けた。
「表向きはね」
島に上陸した忍者達と、魔物の激突は…ほどなくして、始まった。