第337話 タイムアフタータイム
「ち、違う!」
どんなに弁解しても、現場を押さえられては話にならない。
「最低」
梨々香の冷たい目と向けられた銃口は、明らかに殺意を含んでいた。
「仕方がないさ。部長は男なんだもの」
輝の言葉は、相変わらずホローにならない。
「…だけど、先輩の最低の行為によってわかったことがあるの!」
調子に乗った目玉の表面が、光った。
「舞!お、お前まで…」
明らかに状況を楽しんでいる目玉から聞こえる舞の声に、高坂は絶望した。
「ウフフフ〜」
妖しい含み笑いを漏らした後、目玉から飛び出ている腕で、真由の胸元を指差し、
「彼女は巨乳!」
ビシッと言い放った。
「仕方がないさ。男なんだもの」
輝が頷いた。
「やはり…最低」
梨々香は引き金に、指をかけた。
「ち、違う!」
高坂の弁解を誰も聞かない。
額に押し付けられた銃口が冷たい。
「まあ〜冗談はさておいて」
場の空気を無視して、目玉から舞の声が響いた。
「巨乳よりも驚いたことがあるの。彼女には、明らかに剣で突き刺された痕がある…それも、致命傷になったはずの傷痕が」
「え!」
目玉の言葉に、一斉に真由の胸元を見る三人。十六だけは、アイパッチのはめ具合を確かめていた。
「た、確かに…」
輝は唾を飲み込み、
「巨乳…」
思わず呟いた本音に、
「はあ?」
打田と梨々香が、睨んだ。
「お、お前な〜あ」
銃口を高坂から、輝に向けた梨々香は、有無を言わせずに、引き金を弾いた。
「ひぇ〜!」
野生の防衛本能が、輝を回避させた。
銃弾は、輝のこめかみをかすり、後ろの大木にめり込んだ。
「ほ、本当に、撃つかよ」
と冷や汗を流した輝の目が、梨々香の胸に行った。
「はあ〜」
思わずついたため息が、梨々香の怒りに火を点けた。
「ステラ!」
マシンガンを召喚した梨々香が、輝に向けてぶっ放した。
「あ〜あ」
目玉は、ため息をつき、
「折角、大人しいのに〜。魔物が興奮するだろうが…」
高坂の肩から降りた。
そして、十六の肩に飛び移ると無理矢理アイパッチを外し、再び眼窩の中に戻った。
その間…十六はフリーズしたかのように、動きを止めていた。
起動音の後に、十六は目をパチパチさせた後、舞の声で疑問を口にした。
「それ程の傷を、彼女はどうしてつけられたのか?」
「それは、気になるが…プライバシーの侵害になるな」
落ち込んでいた高坂は、気を改めると、真由のお姫様抱っこで抱き上げ、周囲に目をやった。
「先程の銃撃で、魔物どもがざわついている。囲まれる前に、移動するぞ」
「ど、どこにですか?」
先程から舞の声を発している十六が、訊いた。
「休憩所だ」
高坂は、十六達に背を向けると、林道を外れて歩き出した。
「休憩所?」
十六が眉を寄せ、
「そんなものが、どこに?」
高坂の背中に尋ねた。
「地図には載っていない。その場所を見つけるのも、試練の一つだからな」
一度、島に来たことのある高坂は、休憩所を見つけていた。
島には、合計三ヶ所の休憩所と言われる隠れ家がある。
その一つが、湖の近くにあった。
「ぶ、部長!」
梨々香の銃口から逃げながら、輝は後に続いた。
「休憩所ねえ〜」
打田も歩き出した。
「殺す!」
梨々香は銃口を向けながら、続いた。
その頃…三日月の形をした島の一番北の岬に、さやか達は戻ってきた。
そこにある休憩所は、岬の先…崖を覗き込まないと気付かない。
横になり、下に手を伸ばした辺りにある紋章に触れないと、休憩所の入り口は開かない。
「そんなところに…。よく気付きましたね」
仰向けになり、顔だけ出すと、崖の真下の海を見つめながら手を伸ばすさやかを見て、緑が後ろで顔をしかめた。
「気付いたのは、高坂よ」
さやかの手が何とか、大月学園の紋章に触れると、緑の真後ろに魔法陣が出現した。
「しばらく…休もう」
さやかは立ち上がると、後ろにいる緑、カレン…そして、少しぐったりとした浩也を魔法陣に促した。
「休憩所って…何ですか?」
高坂の後ろをついて歩く輝が、訊いた。
「隠れ家みたいなものだ。合宿所まで辿り着く体力がなくなった者の為に、用意されたと思う」
高坂は真由を抱きながら、茂みの中をかき分け、目で左右を確認していた。
「されたと思うって、どういう意味ですか?」
周りを囲む緑の深さが、数メートル向こうも見えなくしていた。その為、輝は少し怯えていた。
「場所がわかりにくいんだ。目印になるものはでかいんだが…この自然の中では、意識していないと、あることにも気付かない」
高坂は進みながら、記憶を手繰っていた。二年間ほったらかしにしていた島は、生い茂った草木が雰囲気をまったく違うものに変えていた。
「公式の地図にも載っていないのよ」
日本刀を左右に構えながら、サーモグラフィ装置を稼働させ、周囲の魔物の体温を感知しながら進む十六の口から、舞が答えた。
実世界から来た兜によって、強化改造された十六は、いろいろな機能を有していた。
「見つけた」
高坂は、進路を塞ぐようにいきなり現れた巨木に駆け寄った。
樹齢何百年かは、わからない。
その巨木の根本に、刻まれた大月学園の紋章を発見した。
「やるぞ」
高坂が紋章に手を当てると、そこから光が放射され…魔法陣が出現した。
「潜るぞ」
高坂はそう言うと、真由を担いだまま…魔法陣に飛び込んだ。すると、吸い込まれるように…高坂の姿が消えた。
「転送されるのか」
舞の声の後、
「しゃらくさい!」
十六は飛び込んだ。
「一旦休めるのは、有難い」
打田も続いた。
「やっぱり〜息が詰まるよ」
頭をかいて、輝が続こうとした。
その時、虎に似た魔物が茂みから飛び出して来た。
「え」
唖然として動きが止まった輝を後ろから、梨々香が蹴った。
「早くしろ!」
「うわあ!」
そのまま、魔法陣の中にバランスを崩しながら、飛び込んだ輝。
「ちっ!」
舌打ちしながら、梨々香はマシンガンをぶっ放した。
そして、撃ちながら魔法陣に飛び込んだ。
と同時に、魔法陣は消えた。
「うわああ!」
「きゃああ!」
輝の上に、馬乗りに梨々香が落ちてきた。
どうやら、転送と同時に避けなければならなかったようだ。
「お、重い…」
下敷きになった輝の呟きに、
「誰が、重いって!」
梨々香は股がりながら、輝の後頭部に銃口を向けた。
引き金に指をかけた瞬間、梨々香は静まり返った休憩所内に気付いた。
穴蔵のような空間の奥に、踞りながら震えている男子生徒が発見したからだ。
「先客?」
梨々香は、銃口を下ろした。
「お、お前は!柔道部の畳!」
男子生徒が誰なのかわかった打田が、駆け寄った。
「他のパーティーのメンバーは、どうした?」
彼らは、高坂やさやか達よりも先に、合宿所を出ていた。
打田の問いに、畳は震えながら、答えた。
「あ、悪魔に襲われて…パーティーは…俺以外全滅した。逃げていたら…い、幾多っていうやつが助けてくれて…ここに、押し込まれ…隠れろと…」
「幾多!?それは、幾多流のことか!」
その名前に反応した高坂が、畳に近付いた。
「ああ…多分…そう」
と頷きかけて、畳の動きが止まった。
高坂を見て…いや、正確には、高坂に抱かれた真由を見て…。
(見つけた)
畳の頭に、声が響いた。
次の瞬間、
「うわああ!」
畳は立ち上がり、走り出した。
「畳?」
止めようとした打田を突飛ばし、輝達の後ろの壁に描かれた魔法陣に向かって、飛び込んだ。
「何?」
あまりに突然の行動に、高坂も十六も対応できなかった。
巨木のそばに転送され、地面に飛び出した畳。
しかし、そこも安全ではなかった。
血塗れになった虎に似た魔物がいたのだ。
手負いの魔物は、畳に飛びかかった。
数秒後…畳だったものは、骨一つ残さずに、この世界から消滅した。