第334話 突き進む先に
「何!?」
突然島全体が揺れた為に、高坂は転けそうになった。
「何だ…今のは?」
揺れは瞬間だけだったが、気持ちを動揺させるには十分だった。
「く!」
しかし、高坂は唇を噛み締めると、走り出した。
「早く合流しなければ!」
「く!」
震源地となるアルテミアと浩也の近くまで迫っていた九鬼は、地面の揺れよりも、2人から放たれた衝撃波に、吹き飛ばされていた。
咄嗟に腕を十字に組み、衝撃波から身を守ったが、数メートル後ろに下がっていた。
「今のは?」
目を凝らし、衝撃波が飛んできた先を見つめた。
「うわああ!」
ぶつかり合った2つの蹴りは、同じ威力ではなかった。
数秒後、押し返された浩也もまた吹っ飛んでいた。
「今のお前が、あたしに勝てるか」
地面に着地したアルテミアの耳に、拍手が飛び込んできた。
「素晴らしい」
拍手をしているのは、幾多だった。
衝撃波を一番近くで受けたはずなのに、平然としている幾多に、アルテミアは眉を寄せると、顎でそばに立つ者を示した。
「この悪趣味は、貴様のか?」
「悪趣味?」
幾多はわざと首を捻った後、フレアに目をやった。そして、目を見開き、
「それは、僕の式神のことかい?」
再び首を捻った。
「まどろっこしいな」
アルテミアの目が、赤く光る。
「おっと!それは、反則だよ」
幾多は、手で目を隠すと、下を向いた。
「無駄だ!」
さらに、アルテミアの瞳が光ろうとした時、フレアが襲いかかってきた。
「この偽者が!」
アルテミアが、迎え撃とうと拳を握り締めた。
「うおおおっ!」
すると、横合いから、浩也が突っ込んで来た。全身を真っ赤に燃やして。
「く、くそ!」
アルテミアは、フレアの攻撃を避けると、足をかけてバランスを崩させた。
「お母様!」
慌てる浩也に向けて、フレアの背中を蹴った。
「だ、大丈夫!」
フレアを受け止めた浩也の体が、さらに燃え上がる。
「何!?」
驚くアルテミアに、幾多が声をかけた。
「どうするの?このままでは、彼の体は魔力のメルトダウンを起こすよ」
「貴様!何の目的だ!」
アルテミアは、浩也とフレアの間にかかと落としを叩き込むと、2人を離した。
「大した目的ではないよ」
幾多は、肩をすくめ、
「ただ…彼に会いたいのさ」
何とかフレアを守ろうとする浩也を見つめ、嘲るように笑った。
「本当の彼にね」
「くそ!」
再びフレアから離された浩也は、右手を突きだした。
「来い!」
すると、回転する2つの物体がどこから飛んできた。
それを掴もうとしたが、アルテミアが横取りした。
「え!」
赤いジャケットから、黒のスーツ姿になったアルテミアは、チェンジ・ザ・ハートを掴み、浩也を睨み付けた。
「こいつ!」
拳をつくり、殴りかかってくる浩也を無視して、アルテミアはチェンジ・ザ・ハートを槍に変えると、後ろに向けて突きだした。
「え」
そのあまりの速さに、後ろにいた幾多は反応できなかった。
普通ならば、死んでいただろう。
しかし、そのアルテミアの動きを読んでいる者がいた。
「何の真似ですか?」
アルテミアは、後ろを見ずに言った。
「九鬼先輩」
「させない!」
乙女ブラックになった九鬼が、槍を受け止めていた。
「邪魔をしないで頂きたい!」
まだ美亜の姿をしているアルテミアは、本来の力を発揮していないが、モード・チェンジを使いこなすことにより、圧倒的な戦闘力を見せ付けていた。
また姿が変わったアルテミアが、気合いを入れると、槍を掴んでいる乙女ブラックもろとも持ち上げると、空中から襲いかかって来るフレアに叩き込んだ。
「な!」
受け身を取る余裕もなく、フレアとともに、九鬼は地面に激突した。
「!」
その様子を見て目を見開いた幾多は、初めて怯えたような表情を浮かべた。
「これが、天空の女神!?」
絶句する幾多に、アルテミアは首を横に振り、
「これくらいで怯えるな!殺すぞ」
ぎろっと睨んだ。
「な!」
幾多は、初めて後ろに下がった。
勿論、恐怖からだ。
赤星浩一と出会い…丸くなったアルテミアであるが、本来は魔王の娘にして、翼あるすべての魔物を率いる女神である。
一歩間違えば、人間の天敵になっていたはずだ。
「お母様!」
幾多に向けられた殺気に気付き、フレアはすぐに立ち上がると、アルテミアの背中に攻撃を仕掛けた。
炎を纏った蹴りが、アルテミアに叩き込まれた。
しかし、防御すらしないアルテミア。
「フン!」
気合いを入れると、それだけでフレアを吹き飛ばした。
「お母様!」
地面に転がるフレアを見て、怒りから浩也の魔力が上がる。
「フフフ…」
その様子を見て、幾多は笑った。
「何をしている…逃げろ」
変身が解けた九鬼が、ふらつきながら、幾多に向かって言った。
「逃げる?」
幾多は眉を寄せ、
「どうしてだ!こんな面白い茶番劇を目の前にして、チャンネルを変える視聴者がいるかい?」
両手を広げた。 もう先程の恐怖は、興奮にかき消されていた。
「何?」
九鬼は、幾多を軽く睨んだ。
そんな九鬼を見て、幾多は鼻を鳴らし、
「君は昔から、何事にも首を突っ込み過ぎる。時には、少し距離を置き、見守ることも大切だよ」
「お前」
九鬼の口調が変わった。
しかし、幾多はもう九鬼を見ていなかった。
「君も見なよ。今からが面白い」
「うわああ!」
咆哮とともに、一気に魔力のボルテージが上がる浩也。
その様子を見つめながら、アルテミアは切な気に目を細めた。
(やはり…お前は、浩一ではないのだな…)
「よくも、お母様を!」
マグマさえもこえた熱気を身に纏い、自分に向けて突進して来る浩也。
(それでも…あたしは)
アルテミアはチェンジ・ザ・ハートを分離させると、胸元でクロスさせた。
すると、チェンジ・ザ・ハートは十字架を思わす…シャイニングソードに変わった。
(赤星!)
そして、シャイニングソードを横凪ぎに振るった。
その瞬間、浩也の体から炎が消えた。シャイニングソードが、魔力を吸収したのだ。
(お前の為に!)
浩也の胸に、一本の傷が走り…そこから、鮮血が噴き出した。
「は!」
アルテミアの蹴りが、浩也をふっ飛ばした。
背中から、地面に落ちる浩也。
(いや…自分の為か)
アルテミアは蹴りを放つと同時に、浩也に背を向けて歩き出す。
勿論、フレアに向かってだ。
「させない!」
九鬼はアルテミアに向かってジャンプすると、空中で変身した。
「ルナティックキック!」
「邪魔だ」
アルテミアはシャイニングソードの柄で、九鬼の蹴りを受け止めると、そのまま払い避けた。
「くそ!」
九鬼は着地と同時に、違う型の蹴りを放とうとした。
しかし、次の動作に移ることはできなかった。
変身が解けたのだ。
それも、眼鏡が半分に割れた為だ。
強制的に、乙女ケースに戻った眼鏡が、修復されるまでにしばらく時間がかかる。つまり、乙女ソルジャーにはなれないのだ。
「それでも!」
前に出ようとした九鬼は突然、視界が回転した。
そのまま、気付いた時には衝撃とともに、地面に倒れていた。
アルテミアは眼鏡を斬っただけでなく、九鬼の顎に柄を当てて、軽い脳震盪を起こさせたのだ。
「さあ〜終わりだ」
アルテミアは、フレアの前に立ち、シャイニングソードを振り上げた。
「お母様!」
浩也が絶叫した。
(例え…お前に恨まれても!)
アルテミアが一気に、シャイニングソードを振り下ろそうとした時、再び後ろから声がした。
「モード・チェンジ!」
「!?」
アルテミアの動きが一瞬、止まった。
後ろにいる浩也が、指輪のついた腕を突きだしていた。
勿論…天空の女神に変わる為だ。
(赤星!)
アルテミアは、目を瞑った。
そして、そのまま…剣を振り下ろした。
一瞬で、フレアは真っ二つになり…消滅した。
「うわあああ!お母様あ!」
浩也の泣き叫ぶ声に、アルテミアは耳を塞ぐことなく、ただ…目を強く瞑った。