第333話 同調者
大月学園の生徒が出発した港に、戻ってきた潜水艦を見て、後藤は煙草を吹かした。
「島か…」
ここまで辿り着いたのはいいが…島に向かう方法がなかった。
地図にも乗っていない私有地であることは知っていたが…何とか、ボートを借りてでも向かおうとした。
しかし、町の漁師に止められた。
どうやら、島の付近の海域が、荒れているらしいのだ。
「梨々香のやつ…。場所を教えろと頼んだのにな」
後藤は頭をかいた。
島には結界が張られているらしいので、ここからテレポートするにしても危険であった。
さらに、座標がわからないと、海に落ちることになる。
「一週間後か…」
後藤は煙草を吸い終わると、簡易灰皿にねじ込んだ。
「仕方がない。それまで、別の仕事をこなすか」
後藤は諦めて、海に背を向けて歩き出した。
「うおおおっ!」
勢いよく、一気に転げ落ちた坂を登りきり、輝達からはぐれた場所まで来たが…魔物の死体が転がるだけで、誰もいなかった。
パーティーの誰かの死体がないことを一応確認すると、高坂は息を切らしながらも、胸を撫で下ろした。
「――にしてもだ!俺をほって行くか」
とそこまで言って、はっとし思い出した。
打田を庇った時、輝に湖に向かえと言ったことを。
「まったく!」
高坂は右手の茂みに、目をやった。
緑は深く、奥に何があるかは見えなかったが、先程に舞に探索してもらって、この先に湖があるのは、確実だった。
「あまり安全な場所ではないが、互いを確認するには適している」
念のため、持ってきたカードを発動してみたが、島の現在地は割り出せなかった。
「それでも、信じよう」
高坂は足元を気にしながら、茂みの中に突入した。できる限り、輝達が通ったと思われる道を探す。
最初は、月影の力を使おうか考えたが、やめた。
なぜならば…これは最後の手段だからだ。
つねに、力に溺れてはいけない。
高坂はできるだけ、自らの力で道を切り開きたいと思っていた。
「―ったく、ここはどこだ?」
いきなりテレポートさせられたさやか達は、島の最北端にいた。
つまり、レベルの高い魔物しかいない場所だ。
目の前には結界と海が、広がっていた。
カードで位置関係を検索できなくても、大体はわかった。
「…」
アルテミアはテレポートアウト後、即座に謎の魔力を感じていた。
(近い!?)
神経を集中させて、その魔力を放つものを探したが、見つからなかった。
(それにしても…何だ?この感覚は)
今まで感じたことのない力だった。
(まるで、誘っているように魔力が放たれているのに…場所が特定できない。そばで、妨害しているものがあるのか?)
アルテミアが、そんなことを考えている後ろでは、カレンがじっと睨んでいた。
「如月部長」
海を見ていたさやかの後ろに、緑が来た。
「ここは…もしかしたら」
少し不安げな緑に、さやかは振り返ると、
「島の一番端だ」
頷いた。
「やっぱり…」
思い切り肩を落とす緑。
「まあ心配するな。レベルが高いと言っても、魔神クラスがいる訳じゃない。力を合わせれば、戦えるさ」
慰めるようなさやかの言葉に、緑はメンバーを見渡し、
「力を合わせてか…」
ため息をついた。
他の五人から少し離れて、ジャングルの入口に立つ九鬼は、気を探っていた。
(魔物の気配以外にも、いろんな気を感じる)
九鬼はぎゅうと拳を握り締めると、
(しかし…静かであるが、混乱しているように感じる)
森の奥から、微かにざわめくような雰囲気の理由を探した。
「如月部長!」
九鬼は後ろを振り向き、
「少し中の様子を見てきます」
さやかを見た。
「何か感じるのか?」
さやかと緑が、九鬼のそばに駆け寄った。
「はい」
九鬼は頷き、
「微かですが…怯えたような波動も感じます。しかし、それがどうしてなのかはわかりません。近付いて確かめてみます」
森へと足を進めた。
「生徒会長!だったら、我々も」
いっしょに歩き出そうとするさやかと緑に、九鬼は首を横に振った。
「いえ。あたしだけで行きます。単なる偵察だけですから」
「し、しかし…」
渋るさやかに、九鬼は笑顔を作り、
「すぐに戻ります!」
まるで風のようにその場から消えた。
「生徒会長!」
さやか手を伸ばした時には、もう森の中を疾走していた。
「!?」
それまで、パーティーの中で気配を消していたように目立っていなかった浩也が突然、顔を上げた。眉間を貫くような感覚に、思わず走り出した。
「な!」
さやかが気付いた時には、浩也も消えていた。
その速さは、九鬼以上だった。一瞬で、九鬼を追い抜いたからだ。
「チッ」
舌打ちして、後を追おうとしたアルテミアの首筋に、カレンのピュアハートが刺し込まれた。
「どこにいく?お前は、ここにいろ」
カレンの静かで殺気のこもった声に、さやかと緑が二人の方を見た。
「ば、馬鹿な!?この気は…」
アルテミアは、剣を突き付けられても気にしてはいなかった。
「有り得ないだろ!」
目を見開き、わなわなと震えだした。
「赤星!」
「人の話を聞け!」
苛立つカレンが密着した状態から、ピュアハートを横凪ぎに払った。
しかし、それよりも速いアルテミアの回し蹴りが、カレンの耳元に叩き込まれた。三半規管を揺らされ、思わずふらつくカレン。
アルテミアの反応の速さは、カレンの神経伝達より速かった。だから、端から見たら、カレンが剣を振るおうとしたことにも気付かなかっただろう。
「邪魔だ」
アルテミアはカレンを一喝すると、そのまま森の中に飛び込んだ。
「ま、待て!」
カレンは片膝を地面につきながらも、叫んだ。
「アルテミア!」
思わず口にしたその名前を聞いて、さやかと緑は絶句し、顔を見合わせた。
「あ、あの子が…天空の女神!?」
「あの…ブロンドの悪魔…」
各々に呟いてから、
「え―!」
驚きの声を上げた。
森の中を、まるで普通の道を走るように進んでいた九鬼は、一瞬で追い抜かれたことに、唖然とした。
「何!?」
乙女ブラックになっていないとはいえ、相手の速さは異常だった。
そして、森の中でも開けた場所が見えた時、そこに立つ人間の姿をとらえた。
「やあ〜」
木漏れ日の中で、立ち尽くす男の前に、浩也が止まった。
「君は?」
浩也は男の気を探ったが、違う。確かにこちらの方から、感じたはずだった。
「僕の名前は、幾多流。君と同じ大月学園の生徒だ」
確かに、同じ制服を着ていることに気付き、浩也は自分の名前を名乗ろうとした。
「僕の名前は…」
「知ってるよ」
幾多は笑い、
「赤星君だね」
「!?」
自分の名前を告げられて、浩也は少し驚いた。
そんな浩也の様子に、幾多は苦笑した。
「君に自覚はないようだけど…君は、有名人だからね。赤星浩一君」
そして、少し試すような口調で、敢えてそのフルネームで言った。
「赤星浩一?僕は…赤星浩也だ」
否定した浩也を無視するように、敢えて幾多は言葉を続けた。
「異世界から来たのに、君は…この世界の人間の為に戦った。それは、素晴らしい行為だ。普通の人間にはできないことだ」
「な、何を…」
「だけど…だからこそ、知りたい。君のその行為は、本当に無償のものだったのか…。そして」
幾多は、浩也を見つめ、
「人でなくなった今も…同じことができるのか?知りたいんだよ」
にやりと笑った。
「君の本質を」
「何を言っているだ?」
幾多の言葉の意味がわからず、苛立つ気持ちが、少し飽和状態であった魔力を外に放出させた。
その次の瞬間、その魔力を感知して、幾多を守るように2人の間に現れたものがいた。
「え」
目を見開く浩也の首筋に、蹴りが叩き込まれた。
吹っ飛ぶことはなかったが、全身から炎が噴き出した。
「そんな…どうして…」
炎の魔神である浩也に、その攻撃は無意味だったが、彼の魔力を暴走させた。
「フ、フレア!」
その時、森の木々が付け根から反り返ってできた風の道を、通ってくるものがいた。
アルテミアだ。
「うおおおっ!」
アルテミアの服装が、変わった。燃えるような赤いジャケットを羽織ながら、空中で体を捻り、回し蹴りを幾多の前にいる女に叩き込もうとした。
「母さんに何をする!」
しかし、その前にいた浩也も後ろから迫るアルテミアに、回し蹴りで応酬した。
「赤星!」
「母さんを!傷付けるな!」
2つの炎を纏った蹴りがぶつかり合い…火柱を発生させた。
森の中の隙間にいたことが幸いとなり、火柱は木々に燃え移ることはなかったが、島のどこからでも目にすることができた。
そんなことよりも、二人の蹴りがぶつかり合った波動により、島全体がまるで地震が起こったように揺れ、震動がそこにいるものすべてに伝わった。
「それで、いいの」
結界の向こう…合宿所の食堂で、怪我人が出た場合を想定し、待機しているリンネがにやっと笑った。
「偽りの平穏が終わる…」
ざわめく心を抑えながら、椅子に座り直した。
「そして、偽りの生活も…。いよいよ…復活の日は近い」