第332話 新しい力
目にも止まらない動きで、魔物の群を瞬殺した乙女プラチナ。
「…やはり…あなた…」
あまりにあっさりと魔物を瞬殺したのを見てしまった為、拍子抜けしてぽかんとしまった高坂は…ゆっくりと拳を下ろすと、感嘆の声を発した。
「高坂部長…」
乙女プラチナが眼鏡を取ると、変身を解け…理沙に戻った。
「あたしには、この世界に来た理由があります。本当は、すぐに戻るはずだったのですけど…」
理沙はゆっくりと振り向くと、唇を噛み締め、
「親友の命が狙われました。その危険は、今も続いています。だから!あたしは、まだ戻れない」
殺気にも似た雰囲気を漂わした。
それだけで、普通の人間ならば気を失っただろうが、高坂は違った。
理沙の放つ気よりも、彼女の思いに衝撃を受けていたのだ。
高坂の体が気持ちの昂りから、震え出した。
「君の言う親友とは…生徒会長のことか」
「…」
理沙はコクリと頷いた。
「だとしたら…か、彼女の命を狙ったのは、女神!?君と同じ…」
「厳密には、同じではない。女神ソラの力は、あたしを遥かに凌駕している」
理沙の言葉に、高坂は絶句した。
「な」
「それに、今のあたしの力は、乙女ガーディアンより少し強いくらい。だから…」
そこで言葉を切ると、理沙は空を見上げた。
「しばらく、あたしはこの島で、力を溜めます。ムーンエナジーを集めて」
「ムーンエナジー?」
高坂は眉を寄せ、
「月の力か…。そうだとすれば、情報倶楽部の部室で読んだことがある。この世界の月は、あなたの分身で…闇から人間達を助ける為に、夜空を照らしていると!だとしたら…それほどの力を持つあなたが、わざわざ自らの力を集めなくてもいいのではないですか?」
「そうね」
理沙は苦笑し、
「月と融合すれば…女神ソラとも戦えるかもしれない。だけど!」
その後、突然眼光が鋭くなった。
「もし!そうなれば、月がなくなり…人々は、闇の中の生活に戻ってしまう」
「うっ」
高坂は口ごもった。
そんな高坂の反応を見て、理沙は視線を少し下にした。
「月を消す訳にはいきません。もう何千年も前から、月はあそこにあるのだから…」
「…」
高坂は思わず、黙り込んでしまった。
確かに、月をなくす訳にはいかなかった。
それに、目の前の女神は、自分の力を削っても、月を創ってくれたのだ。
これ以上…何を望むというのか。
他力本願である自分を恥じた。
そんな高坂の様子に気付き、理沙は背を向けた。
「最終日まで…ムーンエナジーを集めます。そうでもしないと、まともに戦えません」
そのまま、洞窟内から消えようとする理沙に、高坂は手を伸ばした。
「教えて下さい!ソラの目的は、何ですか!」
切なる高坂の声に、理沙は動きを止めた。だけど、振り向くことはなく、
「詳しくは知らない。恐らくは、生徒為の抹殺。だけど…紛いなりにも女神の目的が、それだけとは考えられない…!?」
そこまで言ってから、はっとした。
口許に、うっすらと笑みを浮かべると、
「そう言えば…懐かしいものの存在を感じた。この島に来てから。それこそ、何千ぶりに」
振り返り高坂を見た。
「今のあたしには、関係ないものだが…。それは、この島のどこかに封印されている。隠したのは、あなた?」
「………フッ」
理沙の問いに、高坂は笑って見せた。
「図星?」
「いえ…」
高坂は、首を横に振り、
「俺ではありません」
きっぱりと言った後、まじまじと理沙の顔を見て、
「だけど…その存在を感じることができるのですね?」
逆に聞き返した。
高坂の質問に、理沙は肩をすくめた後、
「だって〜一度だけ、それを身に付けたお父様を見たことがあるから…」
目を細めた。
「あたしの姉と…揉めている時に」
「み、身に付ける!?あ、あなたのお父様に、姉!?」
高坂は、今日一番の衝撃を受けた。
「あら〜知らなかったの?あれが、何か…」
高坂の反応を見て、理沙は少し驚いた。
「うう…」
高坂は、何も言えなくなった。
そんな高坂を見て、理沙は前を向いた。
「でも…仕方がないかもね。どの部分かまではわからないから…変なところだったら、何かも理解できないかもしれない」
「変なところ?」
1人納得している理沙に、高坂は詰め寄った。
「あれは、何ですか!」
理沙は笑いを止め、少し声を低くくし答えた。
「知らない方がいい」
「なぜですか!」
そんな言葉で、納得できない高坂。
「なぜならば…あれは、人を惑わす。一度関わったならば…余程の人間でなければ、心が喰われる」
理沙の心が喰われるという言葉に、高坂ははっとした。
(森田部長!)
目を見開いたまま…凍り付いた高坂。
その反応は、背を向けていても、理沙はわかった。
「天空の女神も、その存在を気付いているようだけど…そのもの自体を知らない。今どこにあるかも感知できていない」
「天空の女神…」
高坂は、息を飲んだ。
「彼女が、味方になってくれればいいんだけど…多分、それどころではなくなる」
理沙は、遠くを睨んだ。
「どう意味ですか!俺達は、女神ソラを何とかする為に、この島に来たんですよ!この島で、総力戦を…」
「それが、愚かだったのよ」
理沙は、高坂の話を遮った。
「人間如きに、女神は倒せない。それよりも何よりも…人は、あなたのようなものばかりじゃない」
「だったら、俺達はこの島に来たのは無意味で!ただ殺されるだけだというんですか!」
思わず声を荒げた高坂に、理沙は首を横に振った。
「無意味ではないわ。だけど…無謀ではあった」
「く!」
高坂は拳を握り締め、
「だったらなぜ!あなたは、俺達に警告した!大勢の人が死ぬと!」
理沙に近付こうとした。
しかし、理沙のプレッシャーで前に出れない。
「高坂部長…」
理沙は横顔を向けた。
その悲しげな顔に、高坂の興奮が治まった。
ただその横顔を見つめた。
「できるだけ…人の犠牲を最小限におさえる為には、この島に来たことはよかったと思います。だけど、この島は特殊だった。それに」
理沙は再び、体を高坂に向けた。
「あたしも、命をかけましょう。この島での戦いに!その為には、しばらく力をためないといけない」
「命を…」
高坂の目に、微笑む理沙の顔とだぶって別の顔が映った。
「君は!?」
高坂は、その顔に見覚えがあった。
結城校長によって、停学処分を言い渡させた時…校長の娘であるリオの隣にいた少女。
虚ろな目で下を向く少女。
笑ったら…素敵なのに。
高坂はそう…印象を受けていた。
「気休めかもしれませんが…あなたに力を与えましょう!この世界で、あたしがつくった力は、一度…天空の女神にすべて奪われましたけど…」
理沙がそう言うと、外から再び洞窟内に光が飛び込んできた。
それは、高坂の後ろを回り、目の前で止まった。
「こ、これは!?」
宙に浮かぶ…ダイヤモンドの眼鏡ケース。
高坂はそれを、恐る恐る掴んだ。
「最終日まで、みんなをお願いします」
理沙は頭を下げた。
「待ってくれ!」
そのまま消えそうな理沙を慌てて止めた。
「乙女ソルジャーの力は、名前通り…女しか」
高坂の頭に、男の中西が乙女ブラックになった様子がよみがえった。
(しかし…あいつの正体は、女神だった)
考え悩んでいると、理沙が首を横に振った。
「基本…男女は関係ありません。他を守る心が、大切なのです。恐らく、女性は母性が強い。だから、変身しやすいのでしょう。その為、乙女戦士と言われるようになりましたが…正式名称は、月影です」
そして、高坂を見つめ、
「他を守る心ならば、あなたは申し分ない」
深く頷いた。
「月影…」
「はい。月の光であるあたしの側にいるという意味で、あの人が名付けました」
懐かしそうに目を細める理沙に、思わず訊いてしまった。
「あの人とは?」
「月影シルバー」
その会話の数秒後…理沙は、洞窟から消えた。
力を蓄える為に。
高坂は手に入れた力を握り締めると、洞窟から出た。
戦いの場に戻る為に…。