第331話 輝く戦士
高坂が食堂に戻ると、さやか達のパーティーが出発するところだった。
「あたし達は、左側のルートから行く」
さやかは、食堂の奥にある扉の前に立ち、部屋に入ってきた高坂に言った。
もう九鬼や緑達は、結界内に入ったようだ。
「わかった。我々は、右のルートを行こう!どうせ、どのルートも一旦は、湖に通じているからな」
高坂は頷いた。
「じゃあ…気を付けてね」
「お前達もな」
高坂に頷きかけると、さやかは扉を開き、中に飛び込んだ。
扉が閉まった後も、数秒だけ見つめてしまった高坂に、食堂内で苛立っていた十六が、テーブルを叩きながら、叫んだ。
「遅い!」
「まあ〜急いでも仕方ないけどな」
打田直美は肩をすくめながら、地下から運んできた食料が入った革袋に目をやり、
「一応、綾瀬さんと相談して、3日分の食料が入ったのにしたけど…一週間分は重くって」
リーダーとなる高坂に言った。
戦うことを前提とした場合、両手両足が使えた方がいい。
高坂は革袋を見て、
「手に持つよりも、背負った方がいいな。梅!」
合宿所のどこかにいる梅を呼んだ。
「はい。高坂様」
「いっ!」
突然、高坂の目の前に現れた梅に、輝達が驚いた。
「すまないが…リックサックはあるかな?」
高坂の言葉に、梅は頭を下げると、
「少々お待ち下さい」
再び目の前から消えたと思ったら、数秒後…五つのリックサックを持って、食堂に現れた。
「助かるよ」
高坂は、梅からリックサックを受け取ると、革袋をそのまま中に入れた。
全員のリックにも入れると、高坂は他の四人に言った。
「じゃあ、出発するぞ!くれぐれも、このパーティーから離れないように!一番大事なのは、戦うよりも…一週間無事でいることということを、忘れないように!」
「はい」
と、十六を除く三人が頷いた。
「はい!」
そっぽを向いていた十六の口から、舞の声がした。
「おはようございます…」
どうやら、今まで寝ていたようだ。
「よし!行くぞ!」
まずは、高坂から扉を開けた。
そして、結界をくぐった瞬間、高坂は絶句した。
「魔物の群れが、待ち伏せだと!?」
目の前にいる20匹以上の魔物が、立っていたからだ。
「馬鹿な!さやか達は、どうした!?」
高坂が構えると、後ろから輝がぶつかってきた。
「部長…さっさと、移動…!?」
高坂の背中にぶつかった輝は、すぐには気付かなかったが…魔物達の息吹が耳に入ってきた来た為に前を向いて、同じく絶句した。
「な!ど、どうなっているの!?」
輝の次に飛び出してきた打田が、目を丸くした。
「敵かあ!」
次に出てきた十六が、魔物に気付き、二本の刀を抜いた。
「馬鹿な…」
高坂は、前にずらっと並ぶ魔物の隙間から、周囲の様子を伺おうとした。
「どうやら…飛ばされたようね」
高坂の横に、理沙が来た。
「!?」
その言葉を確認しょうと、後ろを向いた高坂は驚き、舌打ちした。
「チッ。合宿所がないだと!?」
どうやら、扉の向こうにトラップが仕掛けられていたようだ。
島のどこかに、飛ばされたらしい。
「うおおっ!」
日本刀を握り締め、突進しょうとした十六に向かって、高坂が叫んだ。
「舞!俺達がいる現在地を調べてくれ!」
周りに、同じような緑の空間が広がる島内では位置関係を把握できなかった。
「はい!」
突進した格好で止まった十六は、首を回転させると、すぐに答えた。
「結界に阻まれて、正確な位置はわかりません」
「ま、前を向け!話せるだろうが!」
突然、視線が変わった十六が叫んだ。
羆と虎を合わせたような魔物が、爪を立てて腕を振り下ろした。
咄嗟に勘で、二本の刀をクロスさせて、その腕を受け止めた。
「馬鹿め!」
首が前に戻ると、十六はにやりと笑った。
刃の方を上に向けた為に、魔物の手は日本刀に食い込み、そのまま斬り裂かれた。
「部長!右手に真水の反応があります!恐らく!湖!」
十六の口から、舞の声が叫んだ。
「上出来だ!」
高坂は頷いた。
右手に湖ならば、左側が海になる。当初のルートを離れていない。
(それに、まだ…魔物のレベルが低い!)
高坂は拳を握り締めた。
「きゃあ!」
まだ軽くパニックになっている打田に向かって、よつんばになった魔物が突進してくる。
「打田君!」
高坂は横合いから、打田を突き飛ばすと、魔物の進行方向に立った。
「部長!」
逃げ回っている輝が、高坂の行動に気付いた。
「輝!右に行け!恐らく、さやか達も湖に向かっているはずだ!」
高坂は、突進してくる魔物を睨んだ。
「部長!」
圧倒的な強さで1人、魔物の群れと格闘している十六の口から、舞が叫んだ。
十六の両手が肘から外れ、日本刀を掴みながら、魔物の周りを飛び回る。
「舞!頼んだぞ!」
高坂も魔物に向かって、走り出した。
「高坂」
そして、飛んだ。
「ジャンピングキック!」
空中を舞う高坂の蹴りが、魔物の鼻先に当たった。
「ぶ、部長!」
輝は絶叫した。
蹴りはヒットしたが、簡単に跳ね返され…高坂の体は宙を舞い、周囲の茂みの向こうへ飛んでいった。
茂みの枝や草花がクッションになり、地面に激突してもダメージは、半減された。
しかし、落ちた場所はゆるやかな坂になっており、高坂は転がり落ちることになった。
「部長!」
輝の叫びも、虚しく…高坂は転がっている間、気を失ってしまった。
どれくらい転がったかわからないが、苔が敷き詰められた湿地帯に体の回転力をとられ、止まった時…高坂は頬に当たる冷たさに、意識を取り戻した。
「ここは…」
濡れた体で、何とか立ち上がったが、すぐに動くことはできなかった。
ましてや、転がり落ちた坂を上がる力はなかった。
「ここは…どこだ?」
高坂の記憶にも、この場所はなかった。
後ろからにんやりとした空気を感じて振り返ると、洞窟があった。
「洞窟だと!?」
高坂は眉を寄せた。
輝達のことは気になったが…自分が戻っても戦力にならないことは知っていた。
その気になれば、輝も自分よりは強い。
「ダ、ダメージがとれるまで、あの中でも休むか」
洞窟まで歩こうとしたが、足が痛み…思わず顔をしかめた。
「こ、これしきのことで…」
高坂はぬかるんだ地面に足をとられながらも、ふらつきながら歩き出した。
何とか洞窟の中に入り、入口近くで腰を下ろした瞬間、すべての力が抜けた。
「なんて…弱い体だ」
高坂は、泣きたくなってきた。
普段は強がっているが、自分の体の弱さが許せなかった。
「森田部長から受け継いだ…情報倶楽部部長の名を汚す訳には…」
話すのも辛くなってきた高坂が黙り込むと、耳に何かの音が飛び込んできた。
空気を震わすような細かい音に気付いた時、高坂は目を見開いた。
「羽音!?ま、まさか…」
首を、洞窟の奥に向けた。暗くて何も見えないが、無数の何かが蠢いている気配がした。
「ここは、魔物の巣か!?」
闇に慣れてきた目が、そこにいる魔物の姿を認識し出した。
人の大きさはある羽蟻の群れ。
「こんな害虫が…いつのまに…。二年前にはいなかったはずだ」
この島を、二年間野ばらしにしているうちに、このような魔物が発生したのであろう。
「ち、畜生」
細かく動いているのは、羽だけではなかった。
鋭い口先が裂け、細かく振動していた。あきらかに、肉を切る為にある。
「フッ」
高坂は、笑った。そして、何とか力を込め、立ち上がった。
「こいつらを出す訳にはいかない。上には、輝達がいる」
高坂は拳をつくると、魔物達を睨み付けた。
人間程の大きさがある為、飛んだとしても、洞窟の広さを考えると、一斉には飛び出せない。
「この中で、カタをつける!」
高坂は、ここで死ぬ気になっていた。
「どんなことをしてでも、外には出さん!」
覚悟を決めた時、高坂の後ろから声がした。
「そんな体になっても…仲間の為に戦うなんて…素晴らしいことね」
「え」
高坂は振り返った。
逆光の為に、すぐには姿を確認できなかったが、高坂は声で誰か理解した。
「世界をこえたいと言った時も、人を守る為と言っていたけど…本当は、信じてなかった」
洞窟内に入ると、その姿が確認できた。
「だけど、記憶をなくしても…あなたは、あなたであることに変わりなかった」
「どうして、ここに?」
高坂は、目を丸くした。
そばに来たのは、綾瀬理沙だった。
「キイイ!」
魔物が奇声を発すると、一斉に飛びかかってきた。
「勿論…あなたが、気にかかったからよ」
理沙は、高坂を守るように前に出た。
すると、外から光る物体が飛び込んできた。
理沙と高坂の横を通ると、飛びかかってきた魔物を蹴散らした。
「たかが…虫けらごときが!」
理沙が腕を前に突きだすと、光る物体は彼女の手の中に飛び込んできた。
「そ、それは!?」
高坂が思わず、声を張り上げた。
「装着!」
理沙が叫ぶと、光る物体は真ん中から開き、さらなる光を吐き出した。
真っ暗な洞窟内が昼間のように、明るくなり…百匹はいる魔物の姿をさらした。
そして、光がおさまったが…高坂の前に、先程よりも眩しい光を纏った戦士が立っていた。
だけど、この光は…目に優しかった。
「お、乙女…プラチナ!?」
絶句する高坂の前で、乙女プラチナは、魔物の群れに飛び込んでいった。
そして、数秒後…洞窟にいた魔物は消滅した。